第6話 改めてバンド名を決めょぅ

 今日は珍しく、放課後すぐに四人のメンバーが集まっていた。

 そのうち三人――龍次、葉寅、まどかが神妙な顔でパイプ椅子に座り、優子の動向を見守っている。彼女は視線を一身に受けて満足げに頷くと、手元に丸めた模造紙を握りしめながら、頷く。


「じゃあ、これから会議を始めるわ!!」

「こんだけものものしくしたんだからまともな議題なんだろうな」

「我が軽音部の行く末を決めようっていうんだから、まともに決まってるじゃない!」


 ふんす、と胸を張る優子。


 ジト目のまどかが呟く。


「……しょーじき不安」

「大丈夫だよまどか、ボクもだから」

「それ何も大丈夫じゃねえんだけど」


 葉寅と龍次による役立たずなフォローがコンボして、しかし優子はそれに気づくことなく壁に模造紙を張り付けた。


「議題は、これよ!!」


 バン、と叩かれた壁に三人の注意が向く。

 そこに書かれていたものとは。


『バンド名をきめょぅ』


「使いまわしじゃねえか!!」

「わざわざもう一度書けなんて書き取りの先生みたいなこと言うのね!」

「先生じゃなくてもこんな尻すぼみの奴見せられて突っ込まねえ奴がいるか!」

「尻見せて突っ込まないやつはいな――」

「言ってねえよ!!」


 最後まで言わせるわけにはいかなかった。


 相変わらずの優子と龍次の問答を聞き飽きたのか、葉寅が少々諦めたように嘆息する。

 その音がやたらと響いたせいか、三人の注意が今度は葉寅に向いた。


「な、なに」

「そんな嘆息するくらいならよぉ」

「あんたが決めてくれるのよね、葉寅」

「えー、ばりっばりストライクにとばっちりなんだけど……」


 ずずい、と寄ってくる二人の顔。

 若干退き気味に頬を掻きながらしかし、葉寅は思考する。


 ここで無難なバンド名だとかを答えたところで反対されるのは分かり切ったこと。


 なら寝る前にいつも妄想していたような、このメンバーでやるならこんな名前が良いなと夢想していた名前を言えばいいかといえば、それはそれで少し恥ずかしい。


「……じゃあ一度みんな紙に一つずつ希望を書いて、それを照らし合わせるのはどうかな」

「ふむ、悪くないわね」


 指を立てて提案したその言葉は、思いのほかあっさりと受け入れられたようだった。

 それに安堵する葉寅をおいて、龍次は顎に手を当てる。


「筆箱くらいはあるが、紙はどうし――」


 びりびりびりびりっ!


 ――ようか、と聞く前にまどかが壁に貼られた優子直筆の模造紙を破いていた。


「まぁどかああああああ!! あたしの達筆! 達筆を!!」

「あれを達筆というお前の厚顔無恥っぷりもぷりっぷりすぎてぷりんぷりんのオマール海老だけどよ、まどかも割と容赦ねえな」

「……はい、紙」

「うん、分かってるからそこで涙目になってる優子をどうにかしような」

「処分?」

「謝ってやれよ!!」

「……なんでオマール海老なの馬鹿じゃないのって思ってごめん」

「俺にじゃねえよ!! 熱い飛び火だなおい! いや熱いっていうのはこの場合――」

「どうでもいい」

「貴様ァ!」


 龍次の魂の咆哮も右から左に素通りしていくようで、ぷかりと欠伸を一つ。

 優子は優子で自分の達筆……と自分では思っている粗末な字を破られておかんむりだ。


 収拾がつかなくなった事態に手を下すのは案の定葉寅しかおらず。


「はいはい、とりあえず書こう。ね」


 ぱんぱん、と手を叩く姿はまるで子供をあやす保母か何かのようだった。


「……つったって突然バンド名決めろと言われてもな」


 がしがしと頭を掻きつつシャーペンを握る龍次。

 その隣でさらさらと先に書き終えてパイプ椅子をゆりかご代わりにしてのんびりするまどか。


「って早ぇな」

「んー、あまり考えてもしょうがないし」

「葉寅は?」

「ごめん待って。どうしようかな……」


 バンド名。


 改めて考えると、思うように浮かんでこないもので。

 ぽくぽく思考する組は葉寅と龍次の二人。


 反面、優子とまどかはさらりと書き終えたのか窓の外を眺めたり法螺貝を磨いたり。


「よし、これでいいだろ」

「うん、ボクもできた」


 しばらくして、ようやく唸っていた二人も書き上げると。


「……で、これどうすんだ」

「せーので見せよう」

「ふむ」


 じゃあ、と四人で集まりせーのの掛け声に合わせて紙を開いた。


優子が、『最強のバンド』

葉寅が、『ものがたり』

龍次が、『IS』

まどかが、『法螺貝な人たち』


 一瞬の沈黙。


「一個一個処理していこうか、なあおい……!」


 頭を抱えた龍次が、声の震えを必死に抑えながら言う。


「まず優子、お前なんだこれ舐めてんのか」

「素直に行こうと思ったのよ。やっぱりこう、てっぺん取るなら強そうな方がいいじゃない」

「強そうか!? 『最強のバンド』って本当に強そうか!?」

「最強じゃない!」

「捻りがないどころじゃねえんだよなぁ!? もうそれなんかの説明だよ! バンドについたタグだよ! いやそれでもダサいけどよ!!」

「ダサい!? それならあんたの『IS』ってなんなのよ!! インヒューレン○スキル!?」

「なんでそっちの知識しかねえんだよ! IMAGA STARTに決まってんだろ!!」

「なんで日本語と英語ごっちゃになってんの馬鹿じゃないの!?」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!! ローマ字にしとけばかっこいいじゃねえか!」

「あんたの知能指数だったらそれでいいかもしれないけどめちゃめちゃダサいから!」


 がるるるる、といつものように威嚇し合う龍次と優子。

 しかしここで争っていても不毛だ。

 龍次は気を取り直して――否、怒りを思い出して叫ぶ。


「っつかまどか!! お前はほんっとに法螺貝のことしか頭にねえのか!」

「……法螺貝を、推していきたい」

「なんでそんな政治家みたいな顔してんの!? "推していきたい"じゃねえよ無能プロデューサーか貴様!!」

「……法螺貝には、いろんなものが詰まってる」

「すっかすかだよ!! 風通りが良くて芋虫も笑顔でスルーだわ!」

「ごめんどういうこと」

「説明させんな、こういうのは流れなんだ」


 熱くなるとつい余計なことを言う男、船河龍次。


 それはさておき。


「……しっかし、まともなのは葉寅のしかなさそうだな。ちょっと可愛い感じしちゃうが」

「最強のバンド、いいと思うんだけど……!」


 拳を握りしめて納得いかないとばかりに歯を食いしばる優子を置いて、とりあえずは葉寅の"ものがたり"を採用するしかないかと龍次は彼(?)の方を見て――


「うん、じゃあこんな感じかな」


 満足気に頷く葉寅の前には。



『最強のバンドIS法螺貝な人たちものがたり』




「なんでつなげちゃったの!?」

「え、いやみんなのを挙げてくっつければ揉めないかなって」

「幼稚園の班名決めてんじゃねえんだぞ!? というかなんとなく文章になってる!! クソだせえ!! こんなゴミストリーは初めてでもはや感動すら覚える!!」

「ゴミストリーってなに」

「化学反応で燃えないゴミが生まれたような感覚だよ!! 分かれ!!」

「えっと……ご不満なら――」



『最強の人たちなものがたりIS法螺貝バンド』



「並べ替えクイズしてんじゃねえんだぞ!!」

「我儘だなあ」

「我儘!? お前さっきもご不満とか言ってたけどそれ以前の問題だろこれ!! あと法螺貝バンドになっちゃってるから!! 救いようがさらに無くなってる!!」

「じゃあどうしろっていうのさ……」


 唇を尖らせながら葉寅は紙をちぎり、並べて。


『最強法螺貝ものがたり』



「どうしてそこをピックアップしたの!? 俺ら消えたし!! 法螺貝がなんか無双する話になっちゃってるからァ!!」

「じゃああまりで作るか」

「深刻な素材不足なんですけどねェ!!」



『人たちISバンド』



「それみたことか何も分からねえ!!」

「人たちはバンドなんだなって」

「エキサイト翻訳かよ!!」


 いくらなんでもおかしいだろ!! と頭を抱える龍次の脳内には"IMAGA START"というなんとも間の抜けたチーム名に対する反省は微塵もないらしく。


「もっとこう、先進的でスタイリッシュでありながらこう王道を往くようなさ、こう、あるだろ」

「……もういっそシェイドにするとか」

「なんで俺が古巣に喧嘩売らなきゃいけないの!?」

「既に売ってるんじゃ」

「そういうことでなく!!」


 龍次が去年まで所属していたバンドの名前が"シェイド"。お前らを抜いてトップになってやると啖呵じみた喧嘩は確かに売っていた。


 いや、だからといって名前を被せるのは新手のアンチか何かの仕業であってまともな闘い方ではない。あたりまえのことである。


「……じゃあ、どうする?」

「どうするっつったってな……なんかもう、どう転んでもあかん気がしてきた」


 まどかが面倒そうに上目遣いで問いかけるのにも、龍次にこれといった打開策はない。

 葉寅の『ものがたり』で良かったのに、なんだかそれを言い出せる空気でもなく。


 日が沈みかけた茜空を眺めていた葉寅が振り向いた。


「もうそろそろ下校時刻だし、持ち越しにする?」

「持ち越しか。まあ、そうだな……ん?」


 ふと、龍次は。

 そこで何かに気が付いた。


「……おい優子」

「なによ」

「お前さ、町内バンドグランプリに"エントリーした"って言ったよな」

「……うん。それが、なにか?」

なんて名前で・・・・・・?」







 目を逸らし、明らかに頬から汗を垂らした優子に三人の視線が突き刺さった。




「あ、はは……」

「まさかとは思うが」

「大丈夫よ!!」


 嫌な予感に耐え切れず口を開いた龍次を押し止めて。


 優子はサムズアップして言い放った。



「カッコカリは付けたから!!」





 そういう問題じゃねえ!! とちゃぶ台返し宜しく叫んだ龍次の咆哮と共に完全下校の鐘が鳴り響き、



 今日は解散せずに済んだ、『最強のバンド(仮)』の活動が始まるのだった。

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