第5話 休息(葉寅)
"三週間後に行われる町内バンドグランプリで優勝出来なければ廃部"
などというふざけた難易度の条件を突きつけられてしまった翌日。
龍次は一人、校内にある喫煙所のベンチに腰掛けていた。
「……あー、やってらんねえマジ。法螺貝とアコーディオンとシンバルでどうしろっつうんだよシャコタン行進曲かよ」
別に俺たちゃ廃校救うためにアイドルになったり戦車乗りまわすつもりはねーんだよ。とぶつぶつ愚痴を吐きながら、目の前の自販機で買った缶コーヒーを傾ける。
高校であるからには、ここの喫煙所は基本的に教師や用務員用のものだ。
だがあまりにも居心地がいいせいで、龍次はたまにこうして休憩所代わりに扱っていた。
もちろん煙草は吸っていないし、吸うような理由も持ち合わせていない。ボーカルを兼ねることもあるくらいだったから、煙で喉を侵すなどとんでもない話だった。
なら何故喫煙所かといえば、単純にそういう雰囲気に憧れているだけである。
「……恨み言ぶつくさ言っててもしゃーないのは分かってんだが、こうも壁が立ちふさがると」
この学校にイチかバチかで転入してきた時、龍次は思いっきり"バチ"を引いたと思った。何が悲しくて法螺貝吹き荒れる部室で"琵琶持って出直してこい"などともはや言語が通じているのかどうかも怪しいような暴論と共に追い出されなければならなかったのかと。
今思い出しても理不尽さに首をかしげざるを得ないような事態だったのだが。
結局もう一度転校するようなことは、家の金銭的事情や自分の状況を鑑みても強引に実行するわけにもいかず。なんだかんだ、ここの軽音部に通うことになって。
「あークソ、廃部にでも何でもなりやがれってレベルの部活のはずなんだがなここは!!」
結局のところ、情が沸いてしまっているようだった。
情が沸いている、というか。こいつらともっと遊んでいたいと、いつの間にか思ってしまっていたというか。むしろ絆されていたのかもしれない。
「……優勝出来るかどうかはもう怪しいとかいうレベルじゃねえが、どうすれば形になるかな」
龍次は腕を組んだ。
本当ならこのまま眠ってしまいたいくらいには参っているのだが、それでもあからさまに切羽詰まったこの状況を打破するためには、そう投げやりになってもいられなかった。
「まず明らかにメイン張れる楽器が俺しかいねえだろ。バックにアコーディオン持ってきて。シンバルは最悪リズムさえ……クソ! どう足掻いても法螺貝が邪魔すぎる!!」
頭を抱えるしかない状況だった。いや、分かっていたけれども。
と、そんな感じに一人で龍次がキマっていると。
たったったった、と誰かが駆けてくる音。以前柔道部に追われた時を鑑みるに、体重は軽そうな足音だ。自分で思い出して龍次は憂鬱になった。
「……こ、ここにいたんだね、龍次」
「あん? 葉寅か。なんだお前そんなに息荒くして――」
ちらりと目をやれば、ブレザーの男子制服に身を包んだ一人の少年(性別不明)。
肩で息をしており、上気した頬がやたらと色っぽく。
「――これでお前が男だったら立ち直れなくなるんだよなあ」
「え、な、なに?」
「いやこっちの台詞だろ」
若干頬を赤くしながら視線を逸らす龍次だが、そんな彼の挙動に気付いた様子もなく葉寅は隣に腰かけた。懸命に呼吸を整えているところを見ると、どうやら相当な距離を走ってきたように感じられる。はて、何かそんな急用でもあっただろうか。
疑問交じりに葉寅を見ると、彼(彼女?)は自らが駆けてきた方向を一瞥して――誰も来ていないことを確認してほっと溜息をついた。
「え、なに、追われてたの」
「ひゃ!? え、う、ううん別に?」
「いや今の明らかに逃走者の挙動だったんだがな」
「あー……はは……」
どんよりと、その短髪を揺らして落ち込む葉寅。顔の上半分が暗黒に包まれ、「ははっ」と自嘲気味に笑う姿はなんとも不気味で。龍次は缶コーヒーの残りを飲み干して、葉寅の言葉の続きを待った。
「……強引な告白って辛いね」
「そもそもお前ほんと性別どっちなんだよ」
「やだよ教えないよ」
ちろりと舌を出した葉寅の表情はしかし明るいものではなく。どこかどんよりと曇り空のようなその顔を一瞥して、龍次は一つ嘆息すると。
「まあそんなことより」
「そんなことより!?」
盛大に無視した。
「いやどっちの性別からだろうが明らかに"自分モテてます"みたいな発言をそんな顔でする奴は敵だ敵。俺なんか優勝したってファンレターなんか……あいつらに比べたらもう……カスみてえな……」
「自分で言ってて落ち込んでるし!!」
なにやってんのもー、と呆れる葉寅に先ほどまでの疲労はなく、龍次はそんな葉寅をじろりと睨みつつも立ち直った。
「……これ以上何を詰め寄っても無駄か。とにかく、お前のことよりも部活のことだ」
「え、あ、うん。なんか釈然としない言い方ではあるけれど、事態の拙さ考えたらね……」
ふむ、と一つ頷いて。
「まず、率直に言ってまどかが役立たずだ」
「のっけから辛辣」
「法螺貝をどう運用しろってんだ!!」
「そりゃそうなんだけどさ。あー、でもあの子」
「なんだよ、解決法があるのか、あの猫をどうにか出来るような……」
「猫っぽいけど。いや、それはいいや。お互い脱線しすぎだよ」
「誰のせいだよ」
「え、ボクのせいなの。お互いって言ったよ?」
「お互いがお互いを思うからこそお互いなのであってお前のそれは片思い的なお互いだからカタタタ片互い」
「何を言ってるかさっぱりだけどすんごいムカつくね」
じゃなくて、と頬を膨らませながら葉寅は続ける。
「龍次的にはどうしたいの」
「お前シンバルじゃなくてもうちっとまともな楽器ねえのかよ」
「シンバルはちゃんと楽器だ!」
「軽音部的にだよ!」
「えー……だってほら、金と金がうち合わさる時の衝撃とか最高じゃないか」
「なんでお前吹奏楽じゃなくて軽音部なんだよ……」
「人一杯とかほんと勘弁」
「孤独なるシンバリストかお前は」
「孤独なるシンバリストってなに」
「うるせえうるせえうるせえ!!」
しかし実際のところ、葉寅としても龍次の言い分が分かるのも事実で。
流石にアコーディオンとシンバルと法螺貝じゃあ、正直に言って町内とはいえバンドグランプリの優勝は不可能に近いと分かっていた。
隣で、うむむむむと唸りながら顎に手を当てて悩む彼に、葉寅は言う。
「まあ、うん。龍次もギターの練習は欠かさずにね」
「ちゃんと毎日ベランダで夜風を感じながら旋律を奏でてるよ! 言うなれば夜風という楽譜を彩る者――待った今のなし」
「夜風という、なに?」
「いやほらあるだろこう、夜風っていうのが流れるじゃん? それが五線譜みたいになってるじゃん? それに俺が音を奏でて載せていくって分かるだろ? 分かれ?」
「ロマンチストってやっぱり実績が伴ってないと恥ずかしいんだね」
「一応高校ナンバーワンバンドのギターなんですがねえ!?」
忘れ去られていることではあったが、彼は高校一年生の時にU18のグランプリで優勝している猛者である。それが忘れ去られる辺り、彼の"量産型バンドマン"的な見た目が大きく影響していた。
「……まあでも」
唇に手を当てて、葉寅はぽつりとつぶやいた。
なんだよ、と龍次が向けた目に対して軽く微笑みつつ。
「龍次がこの部活を捨てないでいてくれるのが、ちょっと嬉しく思うよ」
「何をあたりまえのこと言ってやがる。馬鹿野郎俺だってアトがねえんだ。なりふり構わずやるしかねえんだよ。それに――」
そんな葉寅の表情が思いのほか恥ずかしくなったのか、龍次は少々目を逸らしながら鼻を鳴らして続ける。
それに、と。その後に続く言葉の方が本心なのだろうなと葉寅は口角を緩めて。
「それに、今更あの場所に無くなられても困るんだ」
「うん、うん。それが聴けて安心したよ、ボクは」
「なんだよその保母さんみてえな顔は」
「ボクの性別はさておき、まあ慈愛に満ちた表情ではあるかもね。いくらでも見ていいよ」
「一瞬で飽きるわ」
「ひどい!!」
胸を張った葉寅をあからさまにげんなりとしながら追い払う龍次。
時間を見れば、もうそろそろ部活が始まる頃だ。
軽く伸びをした龍次は立ち上がると、缶コーヒーをゴミ箱に捨てて歩き出す。
「そろそろ行くぞー」
「って言いながら先に行くのはどうかと思うんだけど」
「お前が目立ち過ぎて変な視線にさらされるのが嫌なんだよ。もっとポジティブな瞳のシャワーを浴びていたい」
「いやこれ絶対龍次に対する奇異の視線だから」
「お前に決まってんだろ性別不詳!」
「ボクはそんなに目立ってないから! 一人だけ学ランの龍次だから!!」
ぎゃーぎゃーと言い合いながら、二人で歩く。
こんな日常が続けられるようにと、龍次は内心で思った。
だからこそ、町内バンドグランプリは何とかしなければならない、とも。
部室に戻ったらちゃんとほかの二人とも会議して、とこれからの展望を考えつつ、意外と悲観していない自分に気付いて微笑んだ。
「なに笑ってるのさ」
「なんでもねえよ。今日こそまともに楽器弾けるといいなぁ」
部室棟に入っていく二人の行く先が、夕日に照らされて綺麗だった。
ちなみに、部室に入るなりまどかと優子が叩いて被ってジャンケンポンと遊んでおり龍次が切れ気味に「解散じゃオラアアアアア!!」と色々台無しにしてしまったのはまた別の話。
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