第4話 雀宮優子、死す
「町内バンドグランプリ……?」
「そうよ!!」
遅れてきた葉寅は今日は女子制服だった。この説明の時点でなんだか色々とおかしいのだが、それを気にするような常識人は残念ながらこの場には居ない。
優子以外の全員が思い思いにパイプ椅子に腰かけて、彼女が持ってきたチラシに目をやる。
無造作にテーブルに置かれたそれは確かに"この町で開催されるれっきとした大会"であり、少なくとも優子が悪ふざけで作った紙切れという訳ではなさそうだった。
そういう疑いをもたれる時点で彼女の人望が地に落ちていることは自明なのだが――
「ん? なによ変な顔しちゃって」
きょとんとした表情を向ける彼女はその事実に全くと言っていいほど気づいていないようだった。その方が幸せだし別にいいか、と龍次は視線を逸らす。
「まず、ちょっといいか優子」
「質問なら受け付けるわ!」
腰に両手を当てて胸を張る彼女に、龍次は軽く手を上げて。
「バンド名も決まってない、そもそもバンドとして終わってる、曲も無い、そんな廃村になった故郷みてえな状況でどうするつもりなんだよ」
「たとえが酷すぎるわね! 悲しい!」
「いや感想求めてねえから。悲しい! じゃねえよお前。何が悲しいってそこでエントリーとかぶちかましてきちゃった部長の幼児っぷりが悲しいよ」
「幼児っぷり!? あたしこの中で一番身長高いんだからね!」
「葉寅と一センチしか変わらんだろうが」
「あと体重も一番あるんだから!」
「要らんこと言ってんじゃねえよ!!」
あーちがう、これじゃ脱線犬まっしぐらだ。
「んで、バンドグランプリの日付は」
「三週間後ね!」
「よくエントリーしたな!? なんで!? なんで出来ると思った!?」
「友情と努力はしたかなって」
「それ必ずうまくいく三ステップとかじゃねえからァ!! そのあとに勝利来たらみんな幸せだからァ!!」
「え、でも家庭教師のト○イさんは入会金無料って」
「なんの話してんの!? トラ○さんに何を吹き込まれたのお前!」
「も、もちろんあたしだって疑った!! でもね! あたしは成長したの!!」
止まらぬ龍次の舌鋒を遮るように出した手。
それと同時に、彼女は自信満々に言い放つ。
「あたしだって俄か俄かって言われて反省したのよ! だから、もう一つ"裏"ってやつを取ることにしたわ!」
「……ほう?」
「もう一つ同じことを言ってる何かがあればいい。そしてあたしはコンビニで見つけたの! あんたは知らないかもしれないけれど、凄く人気の雑誌で――」
「ジャ○プだろ!? ジャ○プなんだろ!? お前がこの前ツーピースとかニワカ晒してた奴はそれだよ!!」
「ツーピース? 馬鹿ね、あれに載ってるのはワ○ピースよ!」
「何勝ち誇った笑み浮かべてんですかこの人おおおお!!」
馬鹿呼ばわりされて頭を抱えた龍次は、そのままパイプ椅子を揺り椅子のようにして天を仰ぎ――そのまま背後から引っ張られて後転した。
「くぺっ!?」
「……龍次、使えない。ねえ優子、ほんとにやるの」
「もちろんよ!! ここで優勝しておかないとまずいことになったし!」
「ほらやっぱりまだ無駄に言ってないことあった。これだから優子は」
「え、なに、椅子から転げ落ちたことについてまどかに小一時間詰め寄りたいんだけどそれ以上にまた優子が要らんことした気配がしてオレのハートが扉の向こうで呻いているみたいな」
「……一番要らんこと言ってるのは、龍次」
じと、っとした目で今まで静観していたまどかが優子を見据える。
「まあちょっと、色々聞いておきたいかなってボクも思うよ?」
「葉寅まで? まあ別にそうたいした話じゃないのだけれど――」
くるくると、耳元の髪を弄りながら優子は目線を逸らした。
たいした話ではない。
その言葉を、この場に居る三人はだれも信用していなかった。
「――優勝しないと廃部になるって」
「大したことすぎるじゃねえか!! 馬鹿か!! うちの部長はやっぱり幼児か!!」
「……廃部は、流石にやだ」
「あ、あはは。優子らしいっちゃ優子らしいけど」
「た、大したことじゃないわ! あたしたちが優勝すればいいだけのことよ!」
「いやあのな!? 俺がさっき言った三つのこと覚えてる!?」
「松、竹、梅?」
「ほんっとに何の話だよ!! 俺さっきお前になんかコースのおすすめでもしてた!?」
「龍次の葬儀どうするって」
「俺が聴くの!? やー、俺死んじゃったねー。じゃ、葬儀はこちらからお選びください。って!? 幽霊葬儀代行屋明日をお届け便ですか俺は!?」
「幽霊葬儀代行屋明日をお届け便ってなに」
「うるせえうるせえうるせえ!!」
「……龍次が居ると話が進まない」
「え、俺のせいなくぺっ!?」
またしてもパイプ椅子から落とされる龍次。
転げ落ちた彼の腹の上にまどかは腰かけると、優子を見上げて問いかける。
「で、どうするの優子」
「もちろん優勝するの! あたしたちのパゥワーで!」
突き上げた優子の拳を、隣からゆっくりと下ろすのは女子制服の葉寅。
「……え、なんでそんな優しく下ろされたの今」
「優子」
「なんでそんな可哀想なものを見る目で首を振るの!?」
「次はどんな部活にしようか」
「諦め早くない!?」
ええい、と葉寅の手を振り払って、優子は。
「あたしは優勝出来ると踏んだからエントリーしたのよ!」
「踏んだのは多分C4か何かなんじゃないかな」
「爆発四散!! いやしないから! 大丈夫よ、あたしたちなら!」
まどかのジト目と、葉寅の困ったような微笑み。
明らかに咎められているのが分かる状態で、優子は一歩後退した。
と、まどかの後方で上がる手。彼女に座られた状態で、龍次は指を一本立てる。
「そもそもだ」
「……龍次は黙る」
「ごふっ!?」
そして何かを言おうとして、まどかにもう一度勢いよく座られて腹に鈍痛を受けて沈んだ。
「……龍次が言いたいのは、なんでそんなの引き受けたんだってこと」
「えっとまどか、なんで分かったのかな」
「……声の調子」
「龍次の声色ってそんな特徴的だったっけ」
ぽりぽりと頬を掻く葉寅だが、どうにもまどかの謎通訳の根拠は分からず。
「まあ龍次が余計な茶々入れないならそれに越したことはないわ!」
「それお前が言うの!? ねえそれお前が言うの!? 空の彼方に投げたブーメランだってこうも見事に三日月ターンサンハイッって感じに戻ってごふっ!?」
「……早く言う。優子」
「なんか釈然としないけれど、いいわ。顧問にベスト4にでも入らなければ部の存続は認めない、実績の一つでも作らなきゃ、この高校で五月以降の活動は認めないって言われてしまったの」
「……ん?」
俯き気味に事情を説明する優子。
哲学者のような難しい顔になるまどか。
目を瞬かせる葉寅。
口から泡を吹く龍次。
「ね、ねえ優子。ちょっといいかな」
「どうしたの? そんな、ちょっとボク困ってますみたいな顔して」
「いやまさしくそうなんだけど」
「そう、校内カウンセリングはまだやってる時間よ」
「違うから。ボクの人生に迷いがあるわけじゃないから」
「なにそれちょっとかっこいい。服は優柔不断なくせに」
「ぐはっ」
きょとんとした顔の優子。
哲学者のような表情をやめないまどか。
口から泡を吹く葉寅。
口から泡を吹く龍次。
「……増えた」
「増えたわね」
「それはいい。……優子、ベスト4でいいんじゃないの」
「そんなこと言われたら言い返すじゃない!」
「……なんて?」
「『ベスト4!? ふざけないで! あたしたちだったら優勝出来るわ!』『ほう、なら優勝してみせるがいい。そうじゃなければ廃部だからな』『あっ……』って」
「『あっ……』って言っちゃってるんだけど」
「一本取られたわね」
「……制裁」
「くぺっ!?」
どうしよう、という顔のまどか。
口から泡を吹く優子。
口から泡を吹く葉寅。
口から泡を吹いていた龍次。
「……ぐぐ、おいまどか、そろそろどいてくれ」
「上手におねだりして」
「どーいて☆」
「……制裁」
「なぜにくぺっ!?」
思考の海にしずむまどか。
血の海にしずむ龍次。
ほかにめい。
「……いやあの、そろそろ状況を把握したので」
「んっ……」
いい加減もっそりと、めんどくさそうに龍次の上からまどかは退いた。
合わせて龍次も起き上がり、葉寅と優子の惨状を見て。
「墓石ってどこで買えたっけ」
「……松、竹、梅の三コース」
「え、ここでその伏線回収してくるの」
「そんなことは、どーでもいい」
ふんす、と一つ鼻を鳴らした彼女は、後ろでもそもそ起き上がる龍次を振り返るとどこか諦めたように目を伏せて言った。
「やるしかないね」
「いやまあそんなシリアスになられても困るっつーか。さっきも言ったけど曲もバンド名も楽器も救いようない状況だし。それで三週間とかだいぶクレイジー極まってるのは分かってることなんだがな……」
「でも――」
肩を竦める龍次にしかし、まどかはふるふると首を振って。
そしてまっすぐに見上げたその瞳には、確かな炎が灯っていた。
「――優子の遺産は、まどかたちでどうにかしないと」
「そう、か。そうだな。あいつの分まで、俺たちが頑張らないといけない、か」
「部長亡き今こそ、まどかたちが結束を強める時だよ」
「ああ、まったくだ。いい加減失意に沈んだ葉寅も起こして、盛大な祭りを始めるべきだ」
そう言うが早いか、まどかは足元に転がっている葉寅をげしげしと蹴った。
「う、ぐ。失意に沈んだんじゃなくてこれはきみが物理的に」
「おい葉寅、優子の遺体の前でめったなことを言うんじゃない」
「遺体!?」
「そう。これから、頑張る。葉寅も」
「……しゃ、釈然としないけど、分かった」
最後の一人、葉寅も立ち上がり、いよいよ覚悟が整った三人は、前を向く。
「じゃあ、優勝目指して、頑張るとしますか!! ――あいつの、分もな」
「分かってる。――優子の犠牲は、無駄にしない」
「う、うん。――可哀想だけど、吹っ切るよ」
劇画調の顔になった三人は窓の外から降り注ぐ夕日を睨んで、そう誓い合った。
これが、後世にまで残る軽音の誓いである。
ちなみに、倒れていて死人扱いされて起きるタイミングを見失った一人の少女は。
「うっ……ぐす……解散よぉ……こんなのぉ……」
と一人床を濡らしていた。
ちなみに、今日は何一つ決まらなかった。
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