第2話

 会社の更衣室で喪服からスーツに着替える。超高齢化社会と叫ばれて久しい時代。介護の次は死者を弔うビジネスだと思い、大学卒業後に葬儀屋に就職して7年になる。

 まだ幼い子供を残して逝った若い父親、気丈に振る舞う妻。通夜の最中に遺産で揉める親族。葬儀代で揉める兄弟。人生の悲喜交々を見てきた。この仕事に就いて分かった事は、月並だが、死んだ人の魂より、生きてる人間の方が何倍も恐いって事だけ。

 3年前に彼―蓮見映はすみあきらとは喪主と一葬儀スタッフとして、一瞬だけ顔を合わせた事がある。会葬者が予想より多く、増員スタッフとして、その場に俺はいた。彼はひどく憔悴しているのに、やけにキレイだった。彼が喪主の挨拶を聞いたせいか、柄にもなく、俺は思わず彼に声を掛けてしまった。


『15歳で両親と妹を亡くし、叔父である故人が私を引き取ってくれました。当時の彼は研究が恋人だから、子供ができてちょうど良いと、当時、子供だった私から見ても子供の様に笑っていたのを覚えています。今、私があの時の彼と同じ年になり、彼を見送るとは思ってもいませんでした。私の家族になってくれた彼に心からの感謝を捧げたいと思います。そして多くの学生さんに慕われていた叔父は私の誇りです。どうか、最後に叔父の姿を見てやって下さい。』

 喪主の挨拶に、あちらこちらですすり泣く声が聞こえる。故人は大学の准教授ということもあってか、茶髪で礼服の学生らしき会葬者もたくさん来ていた。人気の先生だった事がうかがえる。


 式が終わり、式場ホールに立ち尽くす彼の後ろ姿を見つけた。泣いているのだろう。このまま出て行こうとしたところ、俺がいた入口とは反対側の入り口から、一人の若い女が入って来た。多分、学生だ。

「映さん、大丈夫?みんなも心配してるよ。」

「心配掛けてごめんね。お店も暫くしたら開けるから。また、みんなとおいで。」

「うん。今は無理かもだけど、ずっと泣いてたら死んじゃった先生が悲しむよ。早く元気になって。」

 学生の言葉に俺は舌打ちしたくなった。葬儀社に入ってグリーフケアを知らなければ、俺も同じ事を言ったと思う。遺族に対していつまでも泣いてたら故人が悲しむという言葉は禁句だ。学生が出ていった後、彼は小さく「ごめんね」と呟いた。あの学生に向けた言葉だったのか、故人に向けての言葉だったのか、あるいは両方か。

「悲しんで泣く事は悪い事じゃないと思います。一番まずいのは悲しみに蓋をしてしまう事なんです。」

 振り返った彼は泣き腫らした目を点にしていた。

「すみません。立ち聞きするつもりはなかったのですが。」

「構いません。その…えっと、ありがとうございます。」

この日ぎこちなくはあったが、初めて彼の笑顔を見た。

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