第7話 ヤモリ その1
久しぶりの学校に、不安と喜びをないまぜにした心境で辰俊は登校した。そして不安が、勝利した。
クラスメートはたったの10人しか来ていなかった。約3分の2が欠席しているのだ。アットくん、太三、塩里の姿もない。塩里は新しい携帯電話を手に入れたら連絡をすると言っていたがなんの音沙汰もない。太三からも連絡はない。
世界に取り残されたような淋しさに包まれた辰俊は、斜め前の席で背中を丸めている星児(せいじ)をつかまえて質問した。
「みんなはどうしたんだよ?」
八つ当たりぎみな口調。少しだけ辰俊は反省する。
「し、知らない……よ」
辰俊の視線は、メガネの奥の小さな瞳を捉えて離さない。わずかな情報も逃さないつもりだった。
「体重減少事件に、なにか進展はあったのか?」
「テレビでもラジオでもなにも言わないからわからない」
星児はブルブルと首を横に振る。
「確かにニュースでも報道されないんだよなあ」どうしてだろう。
「報道……しないんじゃなくて、出来ないんだよ」
どうしてだろう、というつぶやきを質問と勘違いした星児はそう返した。
「どういう意味だ。なにか知っているのか?」
ここで星児は身を乗り出し、小声になった。
「日戸史(ひとし)がこっそり教えてくれたんだ」
「なにを?」
日戸史というのが誰だかわからなかったけれど、辰俊はそのまま先を促した。
「空飛ぶ人間が、みんなをさらっているようなんだ」
「おいおい、そいつ頭だいじょうぶか?」
「間違いなく、見た、と言っている。でも彼だけじゃなくて、隆矢(りゅうや)もなんだよ」
そいつも知らん。もちろん辰俊は黙っている。
「しかも隆矢は連れ去られた現場を目撃した! 2組の盛介(もりすけ)がーー」
そいつは知っている。サッカー部のチャラ男だ。たびたび違う女子を連れている、いけ好かないヤツ。
「女の子に空の上へ連れて行かれる瞬間を見た、と言ってそのまま昏倒したんだ。空飛ぶ人間は、間違いなく存在する!」
辰俊は冗談だろ、と思いつつも、星児の小さな眼が真実を物語っているように感じて、一笑にふすことは出来なかった。
空を飛ぶ人間? 本当に存在するのか?
もしもいるのなら、いったい何者で、その目的は?
ホームルームが始まった。やってきたのは担任ではなく誰だかわからないおっさんだった。
授業など行われるはずもなく、自宅でおとなしくしているように、とにかくパニックに陥らないように、とだけ伝えて解散となった。授業の再開は、学校側から連絡をするそうだ。とうぶん休みだな、と辰俊は確信した。
帰宅途中、辰俊はなんとはなしに空を振り仰ぐ。もちろん空を飛んでいる人間の姿など見当たらない。では何故、あのような噂が立っているのか、と辰俊の思考は推理モードに切り替わった。
圧徳が消えたときの状況を考えてみる。
太三が眼を離したのはほんの数秒だという。その隙に上空に連れ去られた、と仮定してみる。太三があたりを見渡す状況を想像してみる。そう、上など、見ないのだ。
その瞬間、空の上で圧徳が手足をばたつかせていても、太三は気づかない。
陰謀説、怪物説、霊現象、いずれにせよ、どちらも確率は低く、しかしゼロとは言い切れない。
じゃあなんだ? それはまだわからない。いくら知恵を振り絞っても答えは出てきそうにない。ヒントがあまりにも少ないのだ。これではどんな名探偵でも真相を導き出すことは不可能だ。
歩きながら辰俊はチラチラと上空を見上げた。それこそ答えを見つけようとするかのように。
もちろん空は、なんの変哲もない空のままだった。
普通に考えると、体重が軽くなったら風にあおられて宙に浮く……だろう。しかしそれでは【飛行】は不可能なのだ。だけど星児は言った。
空飛ぶ人間が人間をさらっている、と。
では、超能力の発現? いや、それはないだろう。ひとりふたりならあり得なくもない。だけど体重減少は大多数の人間に起こっている異変だ。考えられない。
とりあえず、圧徳が見つかればなにかしらの進展があるはずだ。彼の身になにが起こったのか。何処に行っていたのか。何者かの関与があるのか。身体に異変が起こっているか。
とにかく今は、圧徳を捜し出そう。それが謎の解明への近道だ。
町はあまりにも静かだった。いや、静かすぎた。すれ違う車、ひともいない。家々はブラインドやカーテンを閉め切っている。まるで外との境界を遮断しているようだった。
犯罪の少ない限りなく理想に近い町、スメラギ町! と絶賛されていたのに、今やそんなことなど信じられないありさまだった。
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