第6話 カウントダウン その3

小太りでいつもニコニコしている愛想のいい絵乃から塩里の情報を聞き出し、やっと引っ越した場所を突き止めることが出来た。最近ぶっそうだから気をつけろよ、と絵乃に注意し、それから15分後、辰俊たちは4階建てマンションの前に到着した。


俺はいないほうがいいだろ、と妙な気をつかう太三に心の中で礼を述べ辰俊は階段を駆け上がった。204号室。呼び鈴を押すが、返事はない。


「塩里、いるのか? 舞菜(まいな)おばさん、辰俊です。中にいますか?」


何度も扉を叩く。呼び鈴もしつこく押す。しばらくして、あきらめた辰俊は踵を返して階段をおりた。

心配そうな顔をした太三に、辰俊はちからなく言った。


「ダメだ、いなかったよ。とりあえず俺はいったん帰ろうと思う。お前はどうするんだ?」


「そうだな。成宗と合流して、もう少し周辺を捜索してみるよ。それでも見つからなければ、さらに捜索範囲を広げるつもりだ。アットくんが行方不明になったのは、俺の責任でもある。込史名・デ・パパンに誘わなければ、こんなことには……」


どこかズレてる、やっぱり変だコイツ、と辰俊は思ったけど、黙っている。


「朝早くに起こしてしまって申し訳ない。これからはお互い違う道を歩いて行くが、今日の経験はきっと明日へとつながる。本当にありがとう」


大丈夫か? と疑う。しかも彼は右肘を曲げて前に出している。健闘を祈る的な合図だろうか? 腕と腕をゴツンだろうか? どこかの映画で見たような気がする。

辰俊はそのことに気づかないフリをして、「なにかあったら連絡してくれ」と言い残し、駆け出した。


家に着くなり、辰俊はおもわず大声を出した。

「こんなところにいたのか!」


テーブルをはさんで海代と談笑している塩里の姿がそこにはあった。


「あら、おかえりなさい。塩里ちゃんを待たせるなんてダメな子ね。いやね、あなたの幼いころの思い出話で盛り上がっちゃって」


「あらおかえりじゃねえよ。それにひとがいないところでなに勝手なことしてんだよ……母さん、変なこと言ってないだろうな?」


「変なことって? 草むらに秘密基地をつくって大王ごっこしたりノートにマンガを描いていたり?」


「おま……殺すぞ」


「ちょっと辰俊くん。自分の親にむかって殺すはないでしょ」と眼をむく塩里。


「そうよそうよ。私がどれだけ苦労してあんたを育ててきたか……」


「わかったよ。すまなかった。ごめんなさい。もう反抗的な態度は取りません。だけど塩里、お前を探してオレがどれだけ走りまわったか……こんなところにいたなんて」


「ごめんね、探してたんだ? 実は携帯電話をなくしちゃって」


「まあいいや。無事でよかったよ」と大きく息を吐きながら塩里の隣に腰を下ろす辰俊。

海代が大声で言う。


「お邪魔虫は退散するわ。ゆっくりしていってね塩里ちゃん」

「ありがとうございます」


「お邪魔虫って……いつの時代の言葉だよ、まったく」


海代の姿が見えなくなると、塩里がすぐにくちを開いた。


「海代おばさんってあいかわらずね。こっちまで元気になってくるよ」


いくらか落ちついてきた辰俊は、やっと冷静さを取り戻した。

「うるさいくらいだよ。もう少し大人しくしていてほしい」辰俊は大きく息を吐いた。「ところで塩里、どうしてここへ?」


そう質問したあと、辰俊は腰を上げ、母親が座っていた椅子へ移動した。

正面から見る塩里は以前とまったく変わらない。2階から飛び降りるところを目撃していなければ、体重が異様に軽いなんてとても信じられなかった。外見は、なんの変化もないのだから。


「なんとなく……かな。足が勝手に向いた、というか。本当になんとなく。あ、でも、辰俊くんに会っておかなくちゃ、とは考えていた」


「なんだよその、これから遠くに行きます的な発言」


顔を曇らせる辰俊を見て、塩里は不審に思った。


「なにかあったの?」


圧徳が行方不明になったこと。太三と圧徳を探しに走りまわったこと。塩里の家に行ったこと。それから推理が陰謀説に行きついたことを辰俊はかいつまんで話した。


「圧徳くんは何者かに変なものでも飲まされたのかな」


「変なもの? 無作為に選別されてなにかを飲まされたのか? しかしそれでは金がかかりすぎるし、そもそも、どうやって薬をもるんだ? モニター試験です、これを飲んでみてもらえますか、なんて言われても飲むわけないし」


「病院」


辰俊は腕を組んで天井を見上げた。


「一理あるな。だけど、可能性の範囲を脱しきれてない。脱しきれてないとはいえ、なくも無い。とりあえず塩里、体重減少に関して病院に行くのは控えたほうがいいと思う」


あははと小さく笑ってから塩里は、すぐに表情を固めた。


「病院に行ってもなんともないよ。だって、医者たちもお手上げ状態なんだから。でも、辰俊くんが行くな、というのなら行かない。期待してるよ、この謎を解いてくれるって」


「お、おう」


「じゃあ、そろそろ行くね。ショップに行って新しい携帯電話を買ってくる。そうしたら連絡するからね」


玄関で靴を履き終えて立ち上がったとき、塩里は振り返ってこう言った。


「辰俊くん、ワタシね……体重、2キロになっちゃった」


ウソだろ、という辰俊のつぶやきは、じゃあね、という塩里の言葉にかき消された。

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