第5話 カウントダウン その2

町に吹き荒れる風は、本来のちからを惜しみなく発揮していた。

いつもは女性でごったがえすショッピング街道も、主婦や家族で賑わう大手スーパーマーケットも、行列の出来るレストランも、従業員がひとりふたりいるだけで客の姿は皆無だった。

異変に震え、家に閉じこもっているのか病院に駆け込んでいるのか町から逃げ出したのかわからないけれど、障害物の少ない道は、自由を得た風だけが乱舞していた。


片づけられていない鯉のぼりが、なにかから逃げようとしているかのように泳いでいる。

町から音が消えていた。においも、感じられなかった。


そっくりそのまま造形された別の町に迷い込んでしまったような感覚が辰俊を襲った。

ひとが少ないという理由だけでそうは感じないはずだ。根本的な何かが一変してしまったのだ。

『大変なことが起こる』という塩里の言葉を辰俊は追い払う。起こる、ではなくて、起こっている、の間違いじゃないか? という思考を封印する。


しばらくして、スピードを出した4、5台の車とすれ違ったとき、太三が向かっている目的地の予測がついた。

ここから先は袋小路になっているのだ。


「アットくんがいそうな場所って、ビーチか?」


「そうだ。あいつらはよく海で漫才の練習をしていた。大声を出しても迷惑にならないからな」

じゅぶん迷惑だよ、と辰俊は思ったけどくちにはしなかった。

「だからここに来ているんじゃないかと思ってな」


ビーチに入ると遮蔽物がなくなり、風がさらに強くなった。波が高い。砂も舞っている。

動いているのは風と砂と波と明滅する水面の光だけだった。

捜しびとの姿はなかった。


「これからどうする?」

水平線を眺めながら肩を落としている太三に向かって辰俊が言う。


「わからん」


「そういえば聞いてなかったな、アットくんが消えたときの状況をくわしく説明してくれ」


うん、と返して太三は砂浜に腰を下ろした。長くなるのだろうか、と辰俊は辟易して、早く終わらせるためにあえて座らなかった。

お前も座れよ、と催促するまなざしをよこすが、辰俊は気づかないふりをした。

ぽんぽんと隣の砂を平らにする太三。だけど辰俊は座らなかった。

根負けした太三がやっと言葉を発した。


「込史名(こみしな)・デ・パパン食堂のおからそばを食べさせよう。うん。そうしよう。それも、三杯、な」

「は?」

「そうすればいくらか体重が戻るかと思って。俺が先に店内に入った。ところがアットくんがつづいて来ない。どうしたんだろうと思って外に出てみると、あいつの姿が見当たらなかったんだ」


「食べたくなくて逃げたんじゃないのか?」


「そんなはずない。あいつは喜んでいた。カツオだしのスープとおからが混ざり合い、凝縮された旨味を含んだおからが麺といっしょにくちの中に入ってきたときのなんとも言えない快感。そのあとに襲ってくる全身を舐めまわす芳香(ほうこう)。それを思い出しながら、アットくんは喉を鳴らしていたんだ。だから逃げ出すなんて考えられない」


「本当か? おからとそばなんて、ぜったいに合わないだろ。アットくんは気持ち悪くなって喉を鳴らしていたんじゃないのか?」


「まさかお前、込史名・デ・パパンを知らないんじゃ……」

そこで動きをとめた太三。


「わかったわかった、そばの話は終わりだ」辰俊は手を振って話題を変えた。「アットくんは、じゃあ、どうして消えたんだ? もしかして、何者かに拉致されたとか」


ここでガバッボロボロサアアアアとお尻から砂を撒き散らしながら太三が立ち上がった。

「拉致、それだ!」


そんなわけないだろ、という言葉はしかし、辰俊のくちから出てはこなかった。

あり得ない、と言い切れない。体重減少は誰かの、もしくは組織ぐるみの陰謀だという可能性がある。もしも国が関与している実験なら、規制がかかってテレビやラジオで放送されないというのも納得が行く。


実験の効果が顕著に表れている圧徳が狙われたのだとしたら……。


「おい、太三。塩里の引っ越した先を知っているか?」


「知らん」


まあそうだろうな、と辰俊はあきらめる。この男は、異性にまったく興味がない。部活練習努力友情脳の持ち主なのだ。


「だけど安心しろ、辰俊。塩里の友達、絵乃(えの)の家なら知っている。あいつなら塩里の居場所がわかるはずだ」


そう言って親指を立てる。

おおすげえ太三、と辰俊は感動し、少しだけかっこいいと思った自分に、恥ずかしさが込み上げてきた。

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