第13話 ヤモリ2 その2

「ちょっと待ってろ!」と叫んだ辰俊の声は普段の調子を取り戻していた。その反面、太三の声には焦りが含まれていた。

辰俊は玄関へと急ぐ。それについて行く塩里。すぐにドアを開ける。

太三は汗だくになって立っていた。

その姿を見て辰俊はあきれ気味に言う。

「今までどこに行ってたんだよ。連絡くらいしろよ」


無事を確認できて辰俊の言葉に丸みが出てきたな、と塩里は安堵した。


「塩里もいっしょか。まあいい、俺の話を聞いてくれ」

「なにか掴んだのか?」

「真相だ」

「ねえ、辰俊くん。中に入れたら?」

そうだな、という流れで太三をリビングに通す。腹減ったか? と辰俊が聞くと、首を横に振って水をくれ、と頼む太三。

大きめのグラスにもりもりと注がれた水は、あっという間に飲み干された。


辰俊と塩里は彼を見つめたままじっと待った。落ちつきを取り戻し、彼の身になにが起こったのか、そして、真相を知るために待った。


ぶはあああと息を吐き出し、天井を見上げたまま動きをとめる太三。頭の中を整理しているのだろうか。

摂取した水分が彼の全身に浸透して行くのが辰俊には見えた。もっとも大切な、冷静さ、が太三の内部に宿って行くのがわかった。

彼の眼の焦点が合い、前方に座るふたりの姿を認識した。


「おかわり」

「ふざけんな!」

「いいよ、ワタシがいれてくるから説明してちょうだい」

大げさに頷く太三。辰俊の怒りは爆発寸前だったが、そこはぐっとこらえた。

太三の視線がキッチンから辰俊へと移動する。視線が交差すると、太三は再び大きく頷いた。


「俺は今までずっとアットくんを捜していた。それこそ寝る間も惜しんで。わはははは」

なんでコイツ笑ってるんだ? 辰俊は相手にせず次の言葉を待った。

「だけど、どこにもいない。まるで地球から消えたようだ、と思いついたとき、それこそが真相なんだ、地球上にはいないんだ、と俺は気づいた」

「地球にはいない? 意味がわからん」

「仕方ないさ。それが俺とお前の知能の差だからな」

辰俊に殺意が芽生えてきた。

ちょうどそこに塩里が戻ってきた。彼女のおかげで殺意は消滅した。辰俊の隣に腰を下ろし、グラスを太三に差し出す。

なみなみと注がれた水は、再び大男の喉の中にすごい勢いで消えて行った。


待ちきれずに辰俊がくちを開いた。

「成宗はどうだ、見つかったのか?」

「おかわり」

ぶち、という音を確かに聞いた。自分の頭部から確かに聞いた。しかし辰俊は、

その血管を修復して先を進めた。

「おかわりは後だ。実は、オレと塩里の母親も失踪したんだ。それも不可解な状況で。ちょっと小耳に挟んだんだが、空を飛ぶ人間って聞いたことあるか? どうもそいつが絡んでいるような気がするんだよ」


次の瞬間、太三がカタカタと全身を震わせた。その振動がテーブルを伝い、辰俊たちに流れ込んだ。

こいつはなにかを知っている。真相ではないとしても、それに近いなにかを知っている。

次は、塩里がしびれを切らして身を乗り出した。


「ワタシもその噂、聞いた。そんな化け物がいるのなら、お母さんが失踪したときの状況に説明がつくの。ねえ太三くん。空飛ぶ人間の情報があるのなら教えてちょうだい」


太三の震えが消えた。そして、大きなくちをグワッと開けた。


「お前たちSFオタクだったのか! 失踪事件よりも、まず病院に行ったほうがいいぞ」


ダメだこいつ、使えねえ!


脱力した塩里は倒れるようにして椅子に腰を落とした。

この男はただやみくもに走り回り、当てのないまま捜していたんだろう。見つけられなくて当然じゃないか?

まあいい。期待するから失敗したときがっかりするんだ。こいつはそれだけの男なんだ。そう割り切ることで辰俊の中でゆとりが生じた。


「今日は終わりにしよう。捜索は明日だ。どうする太三、泊まって行くか? 飯は用意してあるぞ。麻婆豆腐だ、食べるだろ?」

そう言って辰俊は腰を上げた。そのままキッチンへ向かう。


「おお、ありがたい。大好きな料理だ。込史名・デ・パパンでもよく頼む」

「バカヤロウ。あんなところと一緒にするな。これは世界で一番の料理だ」

そこでふと、辰俊の動きがとまった。

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