第12話 ヤモリ2 その1
《愛してるからね》
海代の携帯電話に、送信されることのなかったメッセージが残されていた。
送信先は、辰俊だった。
「おばさんが行きそうなところは?」
携帯電話を握りしめ、肩を震わせる辰俊に塩里は優しく問いかけた。
返事はない。
塩里は辛抱強く待った。いくらか落ちつくまで。彼がそうしたように。
塩里もまた母子家庭だった。3歳のときに交通事故で他界した父なので、悲しいとか寂しいとかそういう感情は抱いていない。その辺は辰俊と同じだった。違うのは、父親が家族を裏切ったかどうかの差だ。しかしこの差が大きい。辰俊の場合は、故意に、愛する母親を悲しませたのだ。すべてではないが、塩里には辰俊の気持ちがわかった。
母親に対する強すぎる愛情が、彼を形成している。そうでなければ、強い口調で母親と接するけれど、芯に優しさはなかったであろう。
その優しさは母親に対してのみならず、知らず知らず滲み出ていたことを塩里は気づいている。
だから太三や圧徳が彼を慕うし頼りにするのだ。その功績は、辰俊を育てた舞菜にあると言っても過言ではない。
塩里は舞菜に憧れていた。それと同時に、辰俊をここまで虜にする舞菜に、嫉妬も感じていた。
今からでも遅くはないだろうか。舞菜ほど経験もないし豊かで柔軟な心なんてない。だけど、少しでも近づけるだろうか。ちょっとでいい、辰俊はこちらを向いてくれるだろうか。
わからないけど頑張る。一度はあきらめかけていたが、状況が、環境が、自分をつよくした。いや、つよくなったと信じる。今までの自分なら、あれこれと感情のない言葉を並び立てただろう。だけどもう、そんなことはしない。
辰俊がしたように。
辰俊が努力したように。
優しさに言葉なんか必要ない。
だから自分も、辰俊が落ちつくのをじっと待つ。
しかし沈黙は、突然、破られた。
ドアを激しく叩く音。ハッと顔を上げるふたり。
「辰俊! おい、いるか辰俊。俺だ。開けてくれ!」
喉の筋肉に押しつぶされた太い声。太三だ、とふたりはすぐにわかった。
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