第17話 贖罪(2)

 木々が生い茂る広大な森。その中に僕達はいた。


「おーい。えーと、お猿さんー? 出ておいでー。居るのか知らないけど」


 広大な森の中を声が駆け抜けていく。きっと目的の猿にも聞こえたはず。でも、言葉通じないだろうし意味ないかな。まあ、こういうのは気分だよね。


「……出てくるわけ無いかあ」


 気分なんて言ったけど、少しは期待したから、ガックシ。と言うより、ダッルシ。これからこの広い森の中歩き回って、猿一匹見つけないと行けないなんて面倒にも程がある。ダルい。ダッルシ。


「はあ。もう嫌だな。何でこんなことしないといけないんだろ」


 この森で猿一匹見つける。それが僕達の贖罪となる。罪なんて犯してないのに。罪を犯してないのに贖罪する。これはもう贖罪っていうより、ただのボランティア。ボランティアなんてやりたい人にやらせといたらいいのに。ゴードン君とか。僕は人様のお役に立つ気はありません。だって、魔王だから。


「まあまあ。それはそうだけど、気持ち切り替えて行きましょうよ、ルシェ君。そうよ。これはピクニックよ。お弁当もちゃんと作ってきたから! はっ! フォークとか持ってくるの忘れたわ! これはもう口移しで食べさせてあげるしかない! さあ、ルシェ君! 何が食べたい!?」

「まだ昼には早いよ」


 まだ日も上り始めた十時ぐらいだし、昼ご飯はまだ早い。それにフォークとか無いなら手づかみでいくから大丈夫。口移しは僕よりマルク君にやってあげたら? きっとお昼頃にはプルプル震えて介護が必要になってるだろうから。


「ふっ。そうだ。この澄んだ空気の中、程よく温かい日差しを浴びて森の中を歩く。それだけでも、素晴らしいものなのに、今回はなんとこの美しき俺様を見ながら歩けるんだぞ! これ以上に無い最高のピクニックだろうが! この日差し以上の暖かさと、この空気以上に爽やかな俺様をあらゆる角度から見つめることが出来るこの……」

「あっ、きのこ生えてる」


 グチグチグチグチうるさいマルク君は無視。そんなことより、青っぽいきのこが生えているのを見つけた。これ食べたらどんな味がするんだろう?


「待たれい! それは号泣ダケと言って、食べれば涙が止まらなくなる毒キノコじゃあ! もぐぅ!」

「分かってて食べるんだ」


 きのこを手に取ろうとしていた所をゴードン君に遮られる。そして、ゴードン君はそのきのこを手に取り、僕達に説明してくれた後、勢い良くきのこにかぶりついた。


「それはこのきのこがアアアアァ! ド、ドグゥウーェン! キノコであることをオオオーオン! アアァアァーー! ゴノ! ゴノ身を持ってウエエェーェエエンー! 示ウエァハアァーーアアーーウォエエーン! ぐ、うぐおハアーーーン! アァ、ア、オウ、オウ、オオーーン! うぉ、うバア、し、示したかあ! たんですウウうーウゥーんー!!」

「泣きすぎて何言ってるか分からないよ……」


 ボロボロと大粒の涙を流し、手を握り振り回しながら何か言ってるゴードン君。いや、聞こえないのはこっちだから。そんな耳に手を当てて貰ってもこっちは何も言ってないから。


「うウグ、グスっ、ふ、この様に食べると涙が止まらなくなるから食べてはいかんぞ!」

「すごい説得力ね」


 まあ、確かに説得力はすごかった。こんな無様な様を見て食べようなんて誰も思わない。誰も思わないから、そのきのこじっと見つめるの止めて。二口目いこうとしないで。うるさいから。


「ふん! 馬鹿らしい。こんな馬鹿には付き合ってられん。俺は一人で行くぞ。さっさと終わらせて、森林浴を楽しませてもらう。そういうわけだ。体力寄越せ、ルシェ」

「……あのきのこ食べたらあげるよ」


 そう言うと、チッと舌うちしてマルク君は一人で猿の捜索に行ってしまった。せっかくあげるって言ったんだから、食べればよかったのに。その自称世界一美しい顔グシャグシャにしてくれればよかったのに。


「では、儂も行かせてもらおう。この森には様々な逸材が隠されているような気がするのでな!」


 ヒャハアー! と嬉しそうに走って行ったゴードン君。逸材を探すのもいいけど、猿も探してね。見つからなかったら、珍種として消えてもらうことになるんだから。僕はそれでもいいけど、ゴードン君それは困っ……らないのかもしれない。


「あいつらいつも勝手よね。勝手に、はっ! その勝手のお陰でルシェ君と二人きり! この人気のない森の中に男女二人きりなんて! キャ! ルシェ君そんないきなり! 可愛いのに肉食系なのね! いいわ! 受け止めてあげる。さあ、ルシェ君! イクわよ!」 

「ちょ、そっちが襲いかかってくるの!?」


 垂れ流しの妄想だったら僕から襲いかかってみたいだったのに、現実じゃ僕が襲われてるし。もう、邪魔! さっさと終わらせて帰りたいのに邪魔しないでよ。遊ぶなら帰ってからにして。帰ってからゴードン君と遊んであげて。イフちゃんと一緒に。


「もう、ほら、手分けして探そうよ。僕こっち行くからミーティアさんはそっちね。じゃあね!」

「ああ! ルシェ君放置プレイなんてまだ早いわ! もう少し段階を踏んでから、ああ、でも、その蔑む目もいいわ!」


 楽しそうに妄想してるミーティアさんは放っといて先の二人とは違う方向へと進む。固まって探すよりバラけて探した方が効率良いし、これで良かったはず。でも、なんでだろう。固まってたほうが良かった気がするのは。


「目の届く範囲にみんな置いといた方が……、いや、すぐに見つければいいだけだよね。さっさと見つけて集まればいいだけ」


 バラバラになると、みんな好き勝手して大変なことになるかもなんて思ったけど、すぐに終わらせれば問題ない。よし、早く見つけよう。なんて思って探して始めて数分。ある方向から声が響いて来た。


「キャアアアァ!」


 誰かの悲痛な悲鳴。誰かが何かに襲われてるのかもしれない。助けに行かないとなんて一瞬思ったけど、やっぱり行かなくてもいいかな。だって、その声した方向って多分……、それに「キャアアアァ!」なんて言ってたけど、なんか声が……、太いような。


 でも、一応気にはなるから行ってみると、そこには案の定というか、いや、予想外というか、もう残念な光景が広がっていた。


「アアン! 植物のツルが体を締め付けるうぅ! キャア! 服が溶けていくぅ!?」


 何かの植物に捕まり、そのツルによって体を縛られている。そして、ツルが触れたところの服が溶けていっていた。服は胸の部分だけ不自然にはだけ、大事なところだけ何故か隠れてる状態で、ツルに絡められ甲高い声を上げ、大きく開脚させられている。目を覆いたくなるようなあられもないゴードン君の姿がそこにあった。

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