第11話 走れ! マルク!

「よし、来たなお前ら」


 初めての特別授業を終え、学園へと帰った次の日の朝、僕たちは体操服に着替させられグラウンドに呼び出されていた。先生に。


「ちょっと、なんなのよ。一時間目って体育じゃないでしょう?」

「うるせえ。これからやるのは体育なんかじゃねえ。罰だ」

「罰?」

「そうだ。俺はお前らに言ったよな。夕飯までには帰ってこいって」

「あ、そういえば……」


 特別授業のために転移ゲートをくぐる直前、先生が「夕飯までには帰ってこいよー」とか言って気がするけど、え? あれ本気で言ってたの? 僕らの緊張を解くために軽い感じで言ったんだと思ってたんだけど。


「それだってのにお前らは夕飯どころか次の日の朝食、昼食にすら帰ってこねえ。確かに夕飯としか言わなかったから、俺も言葉足らずで悪かったかなんて思ってたらお前ら次の日の夕飯にすら帰ってこねえ。それに、連絡すらよこさねえからこっちからギルドに連絡したら、もう宿でお休みになっていますだと。……お前ら旅行に行かせたんじゃねんだぞ!」


 ワナワナと震え、こめかみをピクピクしていた耐えている風だった先生が最後にキレた。普段から顔が怖いのに怒ってると更に怖い。子供だったら泣くよ。笑ってても泣くかもしれないけど。


「だって、しょうがないじゃない。一人死にかけがいたんだし」

「言い訳なんて聞かねえ。それにマルクが死にかけているのはいつものことだ。ほっとけ」

「先生。さすがにそれはひどいです」


 自分が担任しているクラスの生徒がそんな状態なのにほっとけって。先生としてそれはひどいと思う。クラスメイトだったら多少は許されるだろうけど。


「ともかく、お前らには罰を受けてもらう。なに、ほんの少し走るだけだ。あの山のふもとまでな」


 そういって指差されたのはここからは小さく見える山。きっと近くで見れば結構大きいはず。


「結構遠い……」

「ほんの十キロ程度だ。魔法は使うな。自力で走れ。じゃあ、頑張れ」


 先生は言うだけ言ってそそくさ校舎の中へと消えていった。相変わらず、雑い。簡単な説明だけしてすぐに放置するし。自習ばっかだし。


「まったく面倒なことになったわねえ」

「何を言っておる! 走ることは素晴らしいことであろう! 有酸素運動により体の内側も外側も苛められ、走ってる途中に何故走ってるのだろうという疑問を抱き、虚無感を感じながら走る。身体的にも精神的にもくる素晴らしいことだ!」

「あっそ。じゃあ、とっとと行きなさいよ。あたし達はここで待ってるから」

「ぐお! 仲間外れによる孤独感まで得られるとは! ゾクゾクッ……! はあ! では、参る!」


 一人で色々してた後ゴードン君は全速力で走り出して、すぐに見えなくなった。……元気だなあ。


「……あいつの人生楽しそうねえ」

「……そうだね」

「さてと、ここで待ってるなんて言ったけど何もしないで待ってるだけじゃ暇よねえ。なにしよっか?」


 ゴードン君と先生が消え、残された僕とミーティアさん。ミーティアさんはまったく走るつもりはないみたいだし、僕も全然無い。となると、何か暇つぶしをしたいけど、二人だしなあ。キャッチボールでもする?


「おい。お前らも早く行けよ。早く行かないと大変なことになるぞ」


 二人で何するか相談してた時、校舎の中から先生が声をかけてきた。だるそうに窓のへりに頬杖しながら。


「何よ。大変なことになるって?」

「そのまんまの意味だ。とりあえず行け。行ったら分かるし、行かなかったらお前ら退学な」

「ええ、無茶苦茶すぎる……」


 無茶苦茶すぎるけど、特別授業が終わってからちょっと、ちょっとだけ遊んでたのも事実だし、しょうがないか。あの距離なら昼までには帰ってこれるだろうし、さっさと行くことにしよう。行こっか、ミーティアさん。


「ま、待ってくれえぇ……」


 仕方なくミーティアさんと走り出そうとした時、後ろの方から何か呻く声が聞こえ振り返る。


「お、俺を置いていくなぁ……。せめて、起こしてくれえぇ……」


 振り返った先には地面と一体となっていた死体があった。違った、マルク君だった。そう言えば居たんだね。完璧に忘れてたよ。ごめんね。起こしてあげるから許して?


「しょうがないなあ、もう。はい。よっ、ん? んん?」


 マルク君を起こそうと手を掴んで持ち上げる。持ち上げることには成功したけど、マルク君が意外と重い。と言うより、僕の力が入らない感じに。体も何かダルいし、あれ? 風邪引いたかな? 保健室行かないと。山なんか行ってられない。


「ふう。礼を言う。起こしてくれなければずっとここで這い回ってるだけだっただろう。まるで美しい蝶のように」

「いや、這い回ってるのはイモムシだと思うんだけど。まあ、どういたしまして」


 立ち上がったマルク君はいつもより少し元気そうだった。顔色も白いけど、いつもよりはよく、背筋もしゃんとしている。なんかマルク君が元気だとムカつくのはなんでだろう?


「よし、行くとしようか。おっと、先に言っておかなければ。くれぐれも、美しい俺様に見とれて転けたりするなよ。怪我されて俺の美しさが罪になるなんてことはあってはいけないからな。ああ、もちろん俺の美しさが大罪級なのは分かってる。はあ、生きているだけで罪になるなんて、なんて罪深き俺。そう、それはまるで……」

「行きましょ、ルシェ君」

「うん、そうだね」


 まだ何か言ってるマルク君を放置し、二人で走り出した。


「ルシェ君意外と体力あるのねえー」


 走り出して数十分、僕とミーティアさんは大体半分ぐらいのところまで来ていた。


「え、うん。まあ、そりゃ……、一応」


 ミーティアさんへ何とも歯切れの悪い答えをしてしまった。だって、僕魔族だし。人間からしたら体力あるように見えるかもしれないけど、魔族からしたら普通。寧ろ、僕は体力ないほう。それよりミーティアさんのほうが体力あると思う。そんな早く走ってないけど、この距離をまったく息切れさせずに余裕綽々で走ってるのはすごいと思う。


「ミーティアさんだって、すごく体力あるね」

「そりゃ、日頃から走ってるしね。体型を維持するためと、美味しいご飯を食べるために!」


 日頃から走ってるなんて凄いなあ。確かに、ミーティアさん綺麗だし、運動して疲れたあとに食べるご飯は美味しいもんね。ミーティアさん料理上手だし。魔王城にいた料理人達と比べても遜色ないぐらい。そう言えば、魔界はどうなってるのかな? 僕が居なくてみんな寂しそうにしてたりして。夏休みには帰れるだろうし、その時サプライズで帰って驚かせてやろう。

 

「……ん? ミーティアさん、何か聞こえない?」


 話しながら進んでいると何か音がするのが聞こえてきた。


「そうねえ。何かドタバタしてるような音がするわねえ」


 それはミーティアさんにも聞こえているようで、音はこれから進む道の先から聞こえているようだった。


「……あんまり良い予感はしないんだけど、どうするルシェ君? 行ってみる?」

「うん。良い予感まったくしないけど、行かないといけないし、行こっか」


 まったく良い予感しないし、それと大体予想つくけど、しょうがないし音のする方へ行ってみると、暴れまわっている白い大きなドラゴンの姿と嬉しそうなゴードン君の姿があった。


 


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