第10話 初めての特別授業(2)
「んー、いい天気ねー。風も気持ちいいしまるでピクニックだわ」
暖かい太陽の日差しと爽やかな風が吹き抜ける穏やかな昼下がり、僕たちは何もない広々とした草原にいた。
「わし等はピクニックに来ているのではない。これからここは戦場と化す。気を引き締めたほうがいい」
そう。ゴードン君の言う通りこれからここは戦場となる。町へと進行してきているオークたちとの戦いがここでもう直に始まる。いい天気でピクニック気分にもなっちゃうけど気を引き締めないと。町の存続が、そして、僕たちの単位がかかっているんだから。
「そんなのわかってるわよ。ピクニックならむさいのなんか連れて来ないで、ルシェ君と二人で来てるわよ! そうよ! 今からでもと遅くないわ! あんたたち帰りなさい!」
「………話をきいておったか?」
お気楽なミーティアさんに真面目なゴードン君。まあまあ。二人共喧嘩しないで仲良くしようよ。ほら、戦う前から満身創痍のマルクの介護でもして待ってようよ。いや、やっぱりマルク君は帰ったほうがいいんじゃないかな。
「ごほっ、ごほっ。喧嘩などしてる場合か。げふっ、ぶ、豚どもが来たようだぞ……」
ふうふうと地面に四つん這いになりながらマルク君が力を振り絞って指を指す。その指差した先には、遂に今回のクエストの目標であるオーク達が姿があった。
「あれ? 三匹だけ?」
現れたオークは三匹だけ。事前の説明では百匹を超えるなんて言われてたのに、実際は三匹って盛り過ぎじゃない?
「ば、馬鹿が。あれはおそらく、て、偵察だろう。本隊はうし、ろ……」
「あ、なるほど」
あの三匹は本体より先に進み、そこで危険はないか調べてるのか。意外と用心深い。文字通り猪突猛進だと思ってたのに。
「ふむ、では、まずは儂に行かせてもらおう」
一番手を志願したのはゴードン君。まあ、真面目なゴードン君だし任せておいて何も問題ないだろうね。頑張って。
「さあ、来い! オークよ!」
警戒しているオーク三匹へゴードン君はある程度近づくと立ち止まり、威勢よく構えを取る。そして、オークもそれに呼応するかのように「ブモモオオオォ!」と大きく吠えた後、三匹ともゴードン君へと突進していった。……偵察ってこんなんでいいんだろうか。
「ぐおおっ! ぐっ、いい突進だオークよ!」
突進してきたオークの一匹をまともに受け止めるゴードン君。オークは巨体のゴードン君よりもさらに大きい。そんなオークの突進を受け止めて、吹き飛ばされないのはすごいけど、あんな単純な突進ならいくらでも対処法はあったはずなのに。
「ふぐっ、ぐは! い、いい打撃だ! あっ……。うぐう!」
オークの一匹はがっちり受け止めたけど、残りの二匹は何の制約もなく、二匹はゴードン君に容赦なく殴りかかる。
「あれ大丈夫なのかな?」
「さあ? でも、本人が行くって言ったんだから大丈夫なんじゃない?」
確かにゴードン君は自ら志願して行った。でも、あれ本当に大丈夫なのかな? ゴードン君さっきからずっと殴られてるだけなんだけど。一切反撃しないで拘束してた一匹も自由になり三匹でひたすらゴードン君攻撃してる状況なんだけど。
「ぐほっ! はあ! ああ、おおう……。はあ……、ごはあ!」
「や、やっぱりあれ助けに行ったほうがいいんじゃない!?」
「え、ええと、でも、あいつ自信満々に出て行ったから何かあるんじゃない?」
さすがに不安になってきてミーティアさんと相談する。ミーティアさんもゴードン君が自信満々に先陣を切っていったからどうしたらいいのか迷ってる。
そんな僕達をよそに、ゴードン君はオークとの戦闘が始まってからずっと攻撃され続けている。それはもうボコボコに。でも、ゴードン君は一切反撃せず、殴られているだけ。これが何か狙ってるなら行くべきじゃないんだろうけど、もし違っていたらどうしよう。
「おおう! んはあ! おう、はう! ふうっ!」
「あれ行かないとダメなんじゃない!? ゴードン君何か危ない感じだよ!?」
オークに殴られて続けて危険な状態にならない訳がない。もう多分あれは助けに行くべきだ。策なんて何もないだろうし、行かないと!
「ゴードン君! 今……」
「き、」
「え? き?」
「気ん持ちいいぃぃ!!」
「……え」
……あれ? ちょっと殴られすぎて変になっちゃたのかな? あ、それとも間違って聞こえたのかも。うん、多分そうだ。だってゴードン君はSクラス唯一のまともな人だもん。間違っても殴られてい「気ん持ちい!」なんていうはずがない。
「ぐおっ! い、いいぞ! いい攻撃だオーク! うおごあ! 顔への右ストレェート! ぐほっ! か、からのボディ! ナイスコンビネーションアタッぐあああ!」
……やっぱり変人クラスにはまともな人なんて居なかったんだ。変人クラスには変人しか居ない。まあ、当然といえば当然。うん、だから、あれも当然。
「……あんまり見ちゃダメよ。あれダメなヤツだから」
「……うん。あれはあんまり見たいものじゃないよね」
嬉しそうに殴られているゴードン君にそれを死んだ目で見つめる僕とミーティアさん。ゴードン君。楽しそうなのはいいけど、これ終えないと帰れないから。
いつまでも殴られてるだけじゃクエストが終わらない。だから、仕方がなくオークを倒しに行こうかと思った時、ゴードン君の異変に気づいた。
「あれ? ゴードン君静かになってる。それに全然動いてないような……」
さっきまであんなにうるさく喜びの声を上げていたゴードン君なのに、今は一言も発さず静かになっている。それにさっきまでのようにリアクションも取らず、全然動かないで少し震えているように見える。
「え! も、もしかして、ゴードン君!?」
もしかして、ゴードン君限界を超えちゃた!? 喜べる範囲を超えてやばいことになってるのかも!? 助けに行かないと!
「ゴード……」
「……痛っっったいわああああ!」
「ふええ!?」
突如、ゴードン君が雄叫びを上げ、うずくまる姿勢から勢い良く立ち上がった。
「痛ったいわ! さっきから人をバカスカ好き放題殴りおって! ふざけるなああ!」
「ええ……」
立ち上がったゴードン君にオーク達は驚き一歩下がる。そのオーク達をゴードン君はさっきまでの緩みきった顔とは違い鬼の様な顔で睨みつける。
「貴様等! あれだけ儂を殴ったということは覚悟は出来とるということじゃなあ!? 出来てようがなかろうが、今までのを百倍にして返してやるから覚悟せえよお!!」
そう言ってゴードン君はオーク達へ反撃を開始する。ゴードン君より一周りも二周りも大きいオークの手を掴み地面へと叩きつける。そして、叩きつけられ弱ったオークをまるで軽い木の棒のように振り回し始め他の二匹をそれで殴り始めた。
「……あんまり見ちゃダメよ。あれダメなヤツだから」
「……うん。あれはあんまり見たいものじゃないよね」
もう色々とあれで見ていたくない。って言うか、ゴードン君の逆ギレすごい。始めは殴られて喜んでいたのに、今や鬼の形相でブチ切れてる。なんかオークが可愛そうになってきた。
「おおおぉぉ! 豚共ぉぉ!! 覚悟しろおおおぉぉ!!」
ゴードン君は三匹を始末した後、雄叫びを上げて三匹がやって来た方向へと猛ダッシュして行った。オークよりも猪突猛進って感じで。すると、ゴードン君がダッシュして行った方向から驚くようなオーク達の鳴き声が聞こえ、その後雄叫びやら何やらけたたましい声が聞こえたけど、すぐに納まった。
「……終わったようね」
「……うん。終わったね。僕達の初めての特別授業」
こうして僕達の初めての特別授業は終わった。
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