第7話・ティーカップ&ソーサー
「はい、
彼は私を、あのティーカップを飾ってあるショーケースの前でおろした。
「お気に入りが見つかるといいんだけど」
「これって、
使うのには気が引けてしまう程には綺麗だった。そもそも、ガラス張りのショーケースで、ラベルまで置いてあって、いかにも”コレクション”といった感じなのに。私は気も引けると同時に身も引けていた。
「よく見てみ。今朝のカップもそこから選んだんだ」
彼はエプロンを片手に、私の背後から話しかける。彼の言う通り、上から下までよく見てみると『Floret』のラベルのコーナーにぽっかりと空いてところがあった。
「全然、
エプロンをつけ終わった彼は、私の後ろから私の腰を軽く抱きしめる。私が考えていたことはやっぱり、彼にバレているようだった。
「んんん……じゃあ、使うわ」
可愛いものがいっぱいあって悩む。
「ゆっくり悩んで。だけど、しかめっ面は似合わないかな」
彼は、後ろから私の顔を
彼は笑った後に、私の耳元にキスをしてすぐ隣のキッチンに向かう。私は
「どれも素敵……」
やっぱり、あの綺麗な中庭でお茶を飲むなら、それに見合うような柄にしたい。といっても、私にティーカップの知識なんてあるわけもなく。可愛い、素敵、お洒落。この三点セットをひたすら呟いて、上下左右、何往復もした。
「
ついにしゃがみこんだ私に、彼は丸椅子を持ってきてくれた。私を座らせて、それから、ショーケースの扉をあけた。
「触ってごらん。手触りも少しブランドによって違うんだ」
彼は適当に、私の目の前にあった『cielo』というブランドのティーカップを取り出す。少しそのカップを触って、私に渡す。私は、落とさないように、ゆっくししっかり両手で受け取った。私は彼がしたように、カップのふちと側面を指でなぞる。次に、彼は一番上にあった『H&H』というブランドを渡してきた。
「あ」
「わかるかい?」
『cielo』はつるつるしていて『H&H』は
「ねえねえ、今朝の『Floret』も触りたい」
「はいはい」
彼は私の手元から回収して、『Floret』を出してくれた。今朝はそんなに気にしなかったけど、こうして比べてみるとわかる。最初はおっかなびっくりだった私も、こうして違いがあるんだと知ると、楽しくなってきた。『Floret』はさらっとした感じだろうか。
「その、『H&H』のカップはほかのよりも飲み口が薄いわね?」
「そうだね。滑らかに口の中に紅茶が入っていくよ。すぐ違いがわかる
彼は私の頭を撫でてから、手の中にあったティーカップを手に取り元の場所に戻した。
「好きに手に取っていいんだよ?こうして触るのも楽しいだろう?」
「ええ」
彼はまた私を撫でて、にこりと笑ってキッチンへ戻る。何か大きな袋から白い粉を取り出して量って、ボウルに入れていた。彼の紳士ぶりからはちょっと想像しがたいほど、計量はだいぶ
私はさっき彼が手に持たせてくれたからか、緊張がとけたようだ。色々出しては触ってみている。カップの内側にも綺麗な花や
「エド。ごはんは、なあに?」
私はカップを元の場所に戻して、彼のほうに近づいた。邪魔にならないように、一歩下がって。
「んー……どこかの
「えっ私そんなに見てたの!?」
窓の外を見ると、最初に中庭に足を踏み入れたとより、明らかに日が高かった。
「時計があったらもう少し時間を考えて行動するわよっ」
私は彼に対抗する。すると、何かをかき混ぜていた彼の手が止まり、こちらを見る。エプロンで手を拭いて、私の肩に手を置いた。
「いいや、それでいいんだよ、
彼は私の目を見て、真剣に言う。
「そんな生活でいいの?」
私は若干動揺して、下がり眉で聞く。そんな生活していたら、夜更かししたり、お昼まで寝ていたりしてしまうのではないかと思った。
「意外と
彼は笑って、私の肩を軽くたたく。
ああ、また思考がバレている。
「ちなみに、今はだいたい十時半だ」
「あら? 一応時計、持ってるのね」
「いやだって、全くないのは不安だろう?」
彼はポケットから出した
「で、朝ごはんだけど」
彼はキッチンに向き直って、作業を再開しながら言う。
「もうこんな時間だから、ブランチにしようかと思ってね」
「ブランチ!? 素敵」
「スクランブルエッグと生ハム、パンケーキ。それから野菜を大きく切ってある温かいコンソメスープ。スープは作り置きだけどね」
彼は生卵を割りながら喋る。コンコンと響く音がまたお洒落に感じた。
「いいわねっ。お洒落ねっ。聞いただけで美味しそう」
そんなお洒落な料理を、あの中庭で食べられると思うと嬉しくなる。コンロを見ると、スクランブルエッグを作っている横のフライパンでは小さなパンケーキが何個か焼かれていた。私でも食べれるようにと、全体的に少なめの量を作ってくれているようだった。
「
カシャカシャと、お皿にもりつけながら彼は言う。もうそろそろ出来上がるようだ。
「私、『Ivy』と『Rose Garden』ってブランドの絵柄好きかも。今回は『Rose Garden』のピンクのにしようかなって」
「うん、いいね。いや、そこにあるの全部いいと思って買ったんだけどだけども。女の子はピンクが似合うね。じゃあ、ピンクに合わせてローズヒップとハイビスカスのブレンドを淹れようか」
薄ピンクの『Rose Garden』の絵柄は、名前に
彼はショーケースから私の言ったとおりのカップとソーサー、一番上の私が届かず見えないところからおそろいの柄のティーポットを取り出し、お茶を淹れる準備をする。お湯は、最初に沸かせていたようだ。彼は慣れた手つきでポットとカップを温める。ポットに入れるお湯はきっちり二人分。少し時間をおいて蒸らしてから、最後の一滴までカップに注いだ。私はそのお茶を淹れる慣れた手つきを
「最後の一滴はベスト・ドロップって言ってね、一番美味しい一滴なんだ。だから、
そう言って、最後の一滴を淹れたほうのカップを左側に置く。そこで、はっとしたように彼は上を向く。
「どうしたの?」
「いや、注ぐのは
やらかした、というような顔をして頭を
「こっちのトレーは重いからなあ。
トレーは二個あって、パンケーキとスープ、カトラリーが乗ったトレー。それから、お茶の乗ったトレー。
「私持っていくわよ」
それくらいできるから、と、私は笑った。
「もう持って行っていいの?」
「いいけど、本当に大丈夫かい? 歩ける?」
「おばあちゃんじゃないんだから……」
彼の過保護は少し度が過ぎている。確かに昨日までおばあちゃんみたいだったかもしれないけど、若さなのか、本当に一日で体が軽い。
私は、心配する彼を横目にカップの乗ったトレーを持った。彼は、もうここまでくると仕方がないと、腹をくくったようで、ため息をつきながらもう一つのトレーを持った。
廊下も結構な広さがあるので、二人横に並んで歩いた。扉のある所は彼が開けてくれたし、何も問題なく中庭への扉へとたどり着いた。ああ、ここを開けたらまたあの宝物のような空間。そう思うと自然と顔がにやける。もちろん彼にはバレていて、彼も笑った。
そして、彼が扉を開ける。
十一時を近くした太陽は高く昇っていて、眩しかった。
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