第15話・女子トークと約束と秘密

 私の誕生日。彼の懐中時計を見ると、もう時計の針は一番上を過ぎて、日が変わった。ゆっくりお酒をたしなんでいと私も、すっかり酔って、顔がほころぶ。

 彼もいい人で、彼の友人もこんなにいい人だなんて、私は幸せ者だ。

「ねえ、椿つばきちゃん。メインのドレスは、やっぱり白よねえ」 

「でも赤も捨てがたいだろ」

「お色直しで着ればいいじゃない」 

「それをどうにかこうにかして赤と白を混ぜ合わせるのがプロだろ。なあ、椿つばき

「……混ぜたらピンクになるわよう……」

 私がぼそっと言ったら、それもそうだ!と二人は笑う。それを見て私もまた笑う。

 幸せだと思った。


椿つばき椿つばき

 彼は手招きをし、私を膝の上に乗せる。テーブルに白いハンカチを置いた。そして、赤ワインの入ったグラスを、高々と上げる。


ぽと。


 彼は、一滴だけ、ハンカチに落とした。

「白に赤はとても映えて美しい。白い肌に、赤い瞳の椿つばきのようだ」

「エドが私を雑草から綺麗な椿カーメリアに仕立て上げてくれたのよ。ありがとう」

 酔ってた私は、彼の耳元にキスをした。

「やだもお。お二人さん、ラブラブねえ!」

 アニカさんも寄ってきて、私の頬にキスをする。

「アニカさんくすぐったい」

 私はアニカさんにぎゅっと抱き着く。私とアニカさんがはしゃいでいるのを見る彼も、また、満足そうだ。

 私は楽しくて疲れたのと、酔っていたのもあり、なんとなくあくびをした。

「……うん、もうそんな時間か」

 彼は懐中時計をポケットから出す。

「ふうん、そろそろお開きかしらあ」

 針は午前二時を指していた。

「えええ」

 私は彼の胸に頭をぐりぐりと押し付ける。まだ遊びたいと、アピールする。

「はは。でももう、眠そう」

「大丈夫よ~……」

 彼は笑いながら私の頭を撫でる。アニカさんは、私たちに覆いかぶさるようにして、彼と私、まとめてぎゅっと抱きしめた。

「あたしもまだ寝たくない~楽しい~」

「アニカさんすごく酔ってる!」

「うふふ」

「こら」

 彼はアニカさんを引きはがす。

「アニカはな、酔うと誰でもいいんだよ」

「ちょっと! 何言うのよお。ちょっと椿つばきちゃんに噛みつくだけよお」

 私は彼とアニカさんに左右に引っ張られる。

「かじられるのはちょっと……」

 ”お開き”と言ってから三十分程、三人でじゃれ合っていた。

 そろそろ本格的に眠くなって、暖炉の前のソファーに横になる。

「あ、こら。寝るなら布団で寝よう」

「一緒じゃないと嫌よ……」

 私は小さくなりながら、ぽつりと言う。

「あらやだあ。アニカさんと一緒に寝る!?」

「アニカは違う。俺だって。ほら、椿つばき

 彼が私を抱き上げようと手を伸ばす。私は、少しだけ意地悪しようと思った。

「……アニカさんがいい」

 本当は、彼がよかったけれど。手を差し出したまま固まる彼が面白い。

「アニカさんとおねんねしましょう! エドワード! 客室に連れてくわ!」

 そう言うと、アニカさんは、彼の押しのけて、私をひょいっと抱き上げた。私は女性にも軽く持ち上げられたことに驚いて、わっ、と声を上げる。

「女子トークしてるから、あんたは自分の部屋のベッドメイキングでもしててよ! それ終わったら呼びに来てねえ」

 そしたら椿つばきちゃんを返してあげる。と、固まる彼に言いながら、階段を上がる。私はそのまま、アニカさんに二階に連れられて行った。




ガチャ



 アニカさんは、彼の部屋の隣の扉を開けた。彼の部屋の倍以上あるような、とても広い部屋だった。キングサイズのベッドが二つ、並んでいる。

「ん? ああ、ここはねえ、あたしとかアルフレッドとか、他にも友達が来た時に泊まる部屋よ。他にも一人用のゲストルームもあるんだけど、ここでみんなで飲み明かして雑魚寝するのがオチね」

「へえ、とっても楽しそう」

 きっと、さっき、だれだれ呼ぼう、と話していた人たちなのだろう。

「私たち、変わり者の集団なの。とっても楽しいわよ」

「いいなあ」

 私が言うと、アニカさんはぎゅっと私を抱きしめた。

「みんなが揃ったら紹介するわ。二十日が楽しみね!」

 アニカさんは、私をおろし、ベッドのふちに座らせた。

「大丈夫かなあ、少し恥ずかしい」

「大丈夫よ! とっても可愛いから、自信もって!」

 アニカさんはふふ、と笑いながら持ってきた大きな鞄を開ける。

「はい」

「あ、ありがとうございます」

 私に差し出したのは、アニカさんが仕立ててくれた、フリルがたくさんの真っ白いパジャマ。と下着。今日一日、ずっと彼のシャツで過ごした私。彼のシャツもいいけれど、やっぱり、自分の服があるっていうのは気持ちのいいものだった。

「アニカさん、後ろ向いてるから、着替え終わったら教えてねえ」

 そう言って、壁側を向く。ちょっとした気遣いが嬉しかった。きっと彼なら全部やるだろう。私は綺麗なパジャマに腕を通した。胸元と足元のフリルがとても可愛い。これにパニエを履いたら、お洒落な普段着と言ってもいいくらいだ。

「ア、アニカさん」

「着替え終わった?」

 アニカさんは、ちらっとこちらを見る。

「あらっやっぱり似合うわあ! 可愛いわねっ」

「すごくかわいいですっ。あの、ありがとうございます!」

「いいのよう」

 アニカさんは私の隣に座って、私の髪を撫でる。

「あ、そうだわ」

 また、鞄をがそごそとあさる。

「これ」

 差し出されたのは一本のくしと、小さなミスト。

「日本から取り寄せたのよお。木でできた櫛と、椿かーめりあオイルのミスト。椿つばきちゃんが椿かーめりあでいっぱい。ふふ」

 そう言いながら、私の髪にシュッシュッと、吹き付け、木でできた櫛で、丁寧に私の髪をとかす。私の髪は、とても細くて長いため、よく絡まる。のだけれど。その櫛は、すいすいと通る。

「不思議」

「でしょ?とってもサラサラになるのよお。これも、椿つばきちゃんにあげるわ」

「ええ、悪いですよ。これ以上……」

「いいのよ。椿つばきちゃんに似合うし」

 アニカさんは私の髪を一通りとかし終えて、私に櫛を渡す。

「ちょっと自分でやってみてよ」

 そそのかされ、毛先をつまみ、ミストを吹きかけ、少しだけ櫛を通した。

「あ」

 スッスッと櫛が入るのは、とても気持ちのいいことだと思った。絡まりがほどけていく。そして、ミストのおかげか、艶々していた。私は楽しくて、前髪や手の届くところ、何か所か、櫛を通した。

 アニカさんは横で、ニコニコしながら眺めていた。


「ねえ椿つばきちゃん」

「はい」

「今度、日本に一緒に旅行に行かない?」

「えっ」

「だって、行ってみたいと思わない!? 椿つばきちゃんが住んでいたところとか。あとは、普通に観光」

 あれ。私が日本に住んでいたって、彼女に言っただろうか。そもそも、日本に住んでいたかと言われると、何とも言えない。何も覚えていないのだ。だけど、本当の父の故郷には興味があった。私の名前も日本人につけるものだし。

「行ってみたいかも……」

「絶対よ、アニカさんとの約束ね」

 アニカさんは、私の手をとり、ぎゅっと握る。

「約束ですね」

 私は笑って言い返した。すると彼女もにっこり笑った。




『コンコンコン』




椿つばき

 扉の向こうから、エドの声がする。

「あ、待って、まだ開けちゃだめよ!」

 とっさに、アニカさんが言った。私はなんでだろうと、首を傾ける。すると、アニカさんは握っていた私の右手を開かせた。

「これ、エドワードに見られたら、エドワードが発狂するわ」

 ひそひそ声で言う。私の右手の平は、黒薔薇を握った痕が。まだ少し、血がにじんでいた。

「あ……」

「すぐよくなる薬を塗ってあげる。だから、今日は何とかばれないようにね。このくらいの傷なら、寝て覚めたら、わからなくなるほどに治るはずよ」

 アニカさんは、私の手のひらに白いクリームを塗ってくれた。

「二人だけの秘密。切り傷とか作ったときのために、このクリームも置いていくわ。なくなったら、アニカさんに言ってね。エドに見つかったら練香水ねりこうすいだって誤魔化すといいわ」

 確かに、控えめにいい匂いがした。

「もういいわよお」

 アニカさんは扉の向こうの彼に声をかける。

「おお、いいパジャマをもらったね。似合うよ。可愛い」

 彼は、私のほうに近づいて、抱き上げる。

「とりあえず今日持ってきた椿つばきちゃんの物、ここに置いとくわねえ。明日また、洋服箪笥と化粧鏡持ってくるから」

「ああ、ありがとう。じゃあ、アニカもおやすみ」

「ええ。朝食楽しみにしてるわあ」

 アニカさんはそう言って、明かりを消した。

「おやすみ、椿つばきちゃん」

「おやすみなさい、アニカさん」

 私は暗がりの中で左手で小さく手を振った。




 私は、隣の部屋の昨日と同じベッドに入る。彼は決まって、私の右側。

「ねえ、なんでいつも私の右側にいるの?」

「道路を歩くとき、危ないだろ。あとは、私の利き手を開けておくためだ。何かあったときのためにね」

 そう言って、右手で私の髪を撫でた。

「おや、凄く艶々してるね?」

「アニカさんの魔法よ」

「なるほどね」

 私たちはクスクスと笑い合った。彼に腕枕してもらい、私は彼のほうを向いて小さくなる。

 耳元で、彼は言った。

「なんの話をしていたんだい?」

「……女子トークよ。絶対内緒」

 私はふふ、と、笑って返す。日本に行く約束と、それから、右手の内緒話。アニカさんはきっと、私に薬を塗るために、わざと女子トークと言って抜け出したんだと思う。思えば紅茶を飲んでいたあの時、気が付いていたのだろう。

「確かに、女子トークなら仕方がないな」

 彼は笑いながら、ため息をついた。

「ふふ。エドも今度私の内緒話しましょうね」

 私は彼の胸元で言う。

「二人暮らしなのに?」

「二人暮らしなのに!」

「いいね、それ」

 彼は私の髪を撫でながら笑った。そして、私の髪にキスをする。

「おやすみ、椿カーメリア。明日も美しく咲いておくれよ」

「はい、貴方。私は貴方のためだけに咲きますわ」

 私はそう言って、また、頬に届かないからと、うなじにキスをした。

 そうして私たち三人は、朝日が差し込むぎりぎりの時間に、ようやく落ち着いて眠りについた。

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純白少女とパラフィリア 海山 戀 @ren-daina

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