第14話・黒と薔薇、それから椿
私たち三人はしばらく笑いあって、楽しいお茶会を過ごしていた。チャイがなくなり、次はエドがアールグレイを三人分淹れた。ベルガモットのいい香りが
紅茶が減るにつれて話は盛り上がっていく。私が拾われた
「そういえば、ライリーって」
「「!」」
「さっき……」
私は、さっき彼が起きたときに言っていた”ライリー”が気になっていた。ほんの少し、それとなくだったのだけれど、二人の表情が固まったのが分かった。
「ああ……ローズちゃんね……」
「アニカ?」
「違うわよ、あんたが寝起きに喋ったのよ」
「あー……」
アニカさんは彼を見てため息をつく。私の正面に座っている彼は、頭を抱えた。私は聞いちゃいけないことを聞いたみたいだ。
「あ、えっと……何でもないの」
私は呟いて、逃げるようにして窓の外を見ながらアールグレイに口をつける。この空気は、気まずい。
『ドン』
私の肩が跳ね上がった。ティーカップを両手で包みながら、テーブルを横目に見る。そこにはアニカさんの
「
「……」
「これから生活していくなら隠せないわよお」
彼はアニカさんからわざと目をそらしている。
「あの、言いたくないことは、私は別に」
私は興味本位で言っただけだと、アニカさんに言う。
「でもねえ……今ならあたしがいるし、点滴も注射もあるわよお。ねえ」
アニカさんは彼の前に新しい袋に入った注射器を差し出す。
「……ライリーは前にお付き合いしていた女性だよ」
「エドワード」
彼は、紅茶を一口飲んで、うん、と頷いた。
「それだけさ」
「ばあか、あんた、説明になってないじゃない」
「あの、エドは過去に何人も付き合っていた女性がいると、思ってますから……」
私は、アニカさんに大丈夫ですと身振り手振りで伝える。
「あら、
「アニカ」
「エドワードは、白以外駄目だもの」
アニカさんは、ため息をついた。
「白?」
私は、白というワードが少し引っかかって、思わず聞き返した。
「こだわりが強いのよお。理想主義ともいうわね」
「はあ。オーケイ、話すよ」
彼は、アニカさんの口の前に、それ以上語るなとばかりに手をかざした。アニカさんは、ただ、ふん、と、鼻を鳴らした。
「私は……好きな色が白だと言ったように、女性の白い肌が好きなんだよ。白人主義というわけではないけれど、白く透き通る肌、太陽を吸い込むような金色の髪。それと、誰にも汚されてない象徴と言える、高貴な長い髪」
「エドワードはモテなかったわけじゃないのよお」
彼は紅茶を一口。アニカさんはクスクスと隣で笑っている。
私はただ、ふうん、とだけ思っていた。
「まあ、色々あって、三人の女性はいなくなったのよお。まったく、馬鹿よねえ。ローズちゃんなんてかなり尽くしてたと思うけど。ま、私は
アニカさんは私の右手を軽く握る。
「すまなかったよ、私もあれはあんまりだと思って。彼女のそういうところが、なあ」
「!」
アニカさんは、一瞬固まって、私を見た。
「なんですか?」
私はそれとなく言う。
アニカさんは、笑顔を取り繕って、小さく首を横に振った。私は少し不思議に思いながらも、彼のほうに向きなおった。
「その人、ローズっていうの?素敵ね」
「
少し、エドの様子がおかしい。言葉が途切れ途切れになっていった。
「ライリー……ローズは、自分の名前だからと、薔薇が好きな女性だったんだ。それに、自分の肌を美しく見せる黒が、好きだと」
彼は少し頭を下に。手を首の後ろに回し、うつむく。
それを見たアニカさんが立ち上がり、点滴のセットを鞄から取り出した。
「エドワード」
「……ああ」
彼は無理して笑っているように見えた。
慣れた手つきで右腕を差し出した。そして、アニカさんも慣れてるというように、プスリ、と。一通り作業を終えて、アニカさんはまた私の隣に。
「心配しなくていいわ。昔話で疲れてるだけよ」
アニカさんはそう言いながら、また、私の右手をなでた。
「……私は、黒はすべてを飲み込む魔の色だと思う。美しかった彼女も、あんな部屋に住むものだから、魔に飲み込まれたんだ……」
あんな部屋というのは、おそらく昨日最初に私を通した真っ黒な部屋だろう。
「彼女がそうしたいならと、私はそうしてきたよ。彼女もまた、私に尽くしてくれたからね……。でも、薔薇を植えたのは、絶対的にいけないことだったんだ。それも、黒薔薇なんて……」
もう、彼は話すのも辛そうだ。
「薔薇は人を傷つける。その棘がまた美しいという人もいるけれど、私は……私や愛する者を傷つける薔薇なんて。嫌いだ。そして、ローズは言った。”貴方は私のものよ”と」
私は、小さく、あ、と呟く。
「”私は貴方を永遠と憎しみ、恨みながら、決して滅びることのない永遠の愛を誓うわ。”と」
「花言葉……」
「私はローズの物ではあってはならない。彼女が私の物で、憎しみ、恨みなんて、もってのほかだ。私の美学に反する……」
アニカさんは、ただじっと聞いている。彼は、すっかり下を向いて、声まで小さくなった。
「エド……私は永遠に貴方の物よ。貴方に私の純白と感謝の気持ちを捧げます」
私は軽く立ち上がる。アニカさんの手がゆるりとほどけ、私はその右手で彼の頭を撫でた。すると、彼はパッと私のほうを向き、私の伸ばした右手を握った。
「
そう言った彼の瞳は少し潤んでいた。
「はあ。まあ、一旦、こんなところよね」
アニカさんは、私の隣でため息をついた。そして少し残っていたアールグレイを、くいっと飲み干す。
「ローズちゃんは、白薔薇ではなかった」
「一方、
二人は言う。
「そして、
「
彼は、立ち上がって、カラカラと点滴のスタンドを鳴らしながら、キッチンへと向かう。アニカさんも立ち上がって、彼の後をついていく。
「
戻ってきた彼はシャンパンを。アニカさんは、グラスを。彼は話しながら三つのグラスにシャンパンを注ぐ。そして、アニカさんが席に着きながら、私の前にシャンパングラスを。
「深い敬愛を
アニカさんは、小さな声で、グラスを持って、と私に言った。
「乾杯」
「かんぱあーい!」
二人は小さくコツンと鳴らした。私も、少しグラスを上にあげる。すると、二人のほうから私のグラスに、こつんと、鳴らしてきた。
「か、乾杯」
私は少し照れくさい。彼のことだから、付き合った女性はたくさんいると思っていたし、椿の花ことばが素敵なだけあって、私が褒められたような気になり、悪い気分じゃなかった。
「今日を、
「とってもいいわねえ!
「わ、私も。誕生日を、作ってくれて、ありがとう」
自分の年も、誕生日もわからなかった私は、とても嬉しかった。たまに街に出たときに見かける、誕生日だからね、と言っておめかししている女の子が羨ましかった。
それから私たち三人は、チーズやビスケット、バケットなど軽いものつまみながら、ワインも
「はあーあ、楽しい。あ、アルフレッドは来週に帰ってくる予定。あと、ニコライも明後日帰国予定よお」
「お、いいな、じゃあ来週にするか。折角だからエミリー&リリーの双子と旦那と、
すっかり酔った彼は点滴を外し、それを見てアニカさんは元気ね、と笑う。出来上がった二人を見て、私は小さくふふ、と笑っていた。
「お友達?」
「そうよお、私たちみたいに、みんなちょっと変わっているお友達」
「私も仲良くなれるかしら。私、こんなだけど」
「みんな
「勿論。
「そうそう! そうよお」
私は友達が増えるかと思うと、嬉しかった。少しだけ、怖いけれど、彼とアニカさんが言うのだから、そうなのだろう。
「小さいけれど、盛大に祝いましょお!」
アニカさんは立ち上がって、私の肩に手を置く。
「何をです??」
私はワインを少し口にして、アニカさんを見上げる。
「やっだあ、お誕生日会と、結婚式よお!」
アニカさんは、私の肩をパシっと叩いた。
「え、ええ!?」
彼はホロホロと酔い、私の髪の先を持ってくるくる遊びながら言う。
「やっぱり式はあげたいよね。形だけでもさ」
と、彼はにっこり。
「えっえっ」
「
戸惑う私。そんな私をみて、満足そうに、うん、と頷く二人。二人で想像が膨らんでいるみたいで、私はちょっと置いてけぼり。私はただ、顔を赤くして、ワインをちびちびと飲む。
結婚式の日取りが、三月二十日に、決まったみたいだ。
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