第13話・紳士と仕立屋、それから椿

 それから私とアニカさんは、彼女が仕立ててくれた服を見ながら、ここのデザインが素敵ねだとか、次はこういう感じのを作りたいわだとか、女の子同士のファッショントークに花が咲いていた。

 実際に着てみて、と言われて、プチファッションショーを開催していた。

「やっぱり膝下が似合うわねぇ」

 赤いドレスはちょうど膝くらい。白いドレスは膝下十センチほど。

椿つばきちゃん、すごいって感じだから、露出がないほうが似合うわあ」

「そうでしょうか……でも、私もあんまり肌を出したくはないかも」

「そうよねえ。赤いほうはくるぶしまで長くしちゃいたいなあ」

 彼女は私をぐるっと一周見た。裾を引っ張って、ぶつぶつ言ってる。アイディアが出たらしきとこころは、すぐにメモを取っているようだ。

「靴も履いてみましょう、これ」

 私は今、白いドレスを着ている。差し出されたのは、赤い椿カーメリアのついた白いお出かけ用の靴。

「ヒールって、私、初めてってってって……」

 初めての体験で、片足履いただけで、よろめいた。とっさに彼女が手を差し出してくれて、転ばずに済んだ。エドワードが見たら、きっと叫ぶだろう。椿!!って。

 両足履いてみたけれども、やっぱりよろよろする。

「うふふ。慣れたらどうってことないわよお。やっぱりレディはヒールがないと!」

 彼女は私の両手を握って支えてくれている。彼女は楽しそうだ。私も、こんなに素敵なお洋服に身を包んだのは初めてだったので、すごくワクワクして、楽しかった。



『ギシ』



「ラ……リー」



「「!」」

 エドワードが横になっている、ソファーが鳴る。彼は上半身を起こして、目をこすっている。

「ア、アニカさん!」

 私は、彼が目覚めたことにほっとした。アニカさんがそばにいたから大丈夫だとは思っていたけれど。

「ええ、大丈夫」

 彼女は私に向かって、落ち着いてと微笑んで、彼のほうへ近づく。私も彼女の三歩くらい後ろをついていく。

「ライリー……だから駄目だと言ったんだよ! ライリー!!」

 いきなり声を荒げた。私はびっくりして、アニカさんの服の裾をつぎゅっとつかんだ。それを見たアニカさんは、私の手を握ってくれた。

「エド、エドワード」

 アニカさんが声をかける。彼は、下を向いている。何かつぶやいているようだったので、神経を集中させ、彼が何と言っているか聞き取ろうとした。

「ライリーは悪い子だ……俺は反対だって言ったのに……許さない、ライリー。もう怒った……もう逃げられないぞ……」

「アニカさん……」

「うん」

 下を向いてぶつぶつと。こちらを見てくれない。私の存在を忘れているように。

「エドワード・スミス!!」


『パチン』


 なんと、彼女は、彼の名前を叫びながら、頬を平手で打った。私は驚いて、少し縮こまる。彼女は私の頭を撫でてくれた。

「いい加減にしなさい!」

「……」

「エドワード……」

 反応がない彼に、彼女は右手を大きく振りかぶり、もう一発、打とうとした。

 その時。

「……? アニ……アニカじゃないか」

「はあ」

 彼女はそっと右手をおろす。私もほっとして、彼女の手を握っていた手の力が、少しだけ緩む。

「なんでアニカがいるんだ? 明日じゃなかったか……?」

 彼はぽけっとした顔で言う。

「またあんた発作起こしたのよお? 自分で電話してきたくせに。アルフレッドは今ロシアなの。点滴でもしとく?」

「そう……そうか。そういえば、私は黒薔薇を、誰かと」

 彼は頭を抱える。

「もう大丈夫よ」

 アニカさんは私に耳打ちした。彼女に背中を押され、私は彼のすぐ近くに寄る。

「エ、エド……大丈夫?」

 私は少しだけ身を引いて、彼に尋ねる。彼は、茫然ぼうぜんと私を見る。

「あんたの右手、椿つばきちゃんが手当てしてくれたのよ」

 彼は、アニカさんにそう言われ、自分の右手を見る。包帯の巻かれた右手。

椿つばき……?」

「はい」

 私はうわの空な彼に返事をする。すると、下を向いていた彼が、顔を上げた。

「そうだ! 椿つばきだ! ああ、椿つばき、びっくりしただろう。ごめんよ……」

 彼は、いきなり私の腕をつかんで、彼の膝の上に座らせた。

「大丈夫なの……?」

「ああ、大丈夫だ。すまなかった……」

 私を抱きしめる腕に力がこもる。私は、その態勢のまま、アニカさんをちらりと見た。

「……ふうん、点滴はいらなそうねえ。あたし、もう一回チャイを淹れるからキッチン借りるわあ。あ、あたしこのうちの勝手は知ってるから、お気遣いなくう」

 さっき私たち二人が飲んでいたチャイの入ったティーカップを回収して、手をひらひらさせながらキッチンへ向かう。


「はあ、椿つばき……」

 彼は、何回も私を抱きしめ直しては、ため息をついていた。彼がこれで落ち着くなら、彼の満足いくまでこうしていようと思った。私も彼の大きな背中に小さな手を回して、トントンと、優しくリズム良く叩く。

 そうしていること数分。アニカさんがキッチンから戻ってきた。トレーにはカップが三つ。それをテーブルに並べる。アニカさんは、こちらを見て、手招きをした。

「エド。アニカさんがチャイを淹れてくれてたわ。ティータイムにしましょう?」

 私は彼の耳元でささやく。

「さっき私、アニカさんが入れてくれたのを飲んだのだけれど、とってもおいしいのね」

「……チャイだけは、アニカに勝てないんだ」

 彼は顔を上げ、微笑んだ。

 私は彼の膝から降りる。そして、彼に右手を差し出す。彼は、照れたように私の手を取って、起き上がった。

「ラブラブねえ」

 すでにテーブルに座っていたアニカさんが、にやにやとこちらを見ている。

椿つばきは自慢の妻だよ」

 彼は、椅子を引きながら言う。その声色こわいろは嬉しそうだ。私を座らせたあと、彼も席に着いた。

「昨日からでしょ?早くなあい?」

 アニカさんは、チャイをすすりながら言う。

「もう私には椿つばきしかいないんだ。だって、見てごらんよ。わかるだろう? こんなにも可憐で美しい」

「まあ、それは同感」

 彼は私の髪を手に取る。

椿つばきは私の理想だよ。椿なしじゃ生きていけない」

「……私だって、エドがいないと生きていけないわよ……」

 私は照れ臭くなって、つい小声になってしまう。

「あらあら」

 私たちの様子を見ているアニカさんは楽しそうだ。

「そうよね、最初の一着から全部あたしに注文するくらいなんだから、相当よねえ」

「当たり前だ」

 その話をして、私はアニカさんから服を頂いたことを思い出した。

「エド、いっぱい貰っちゃったの。どれも素敵でね、私嬉しくって」

 私は今着ている白いドレスの裾を持ち、似合うかしら、と彼に言った。

「とっても似合っているよ。Fledermausはいい仕事をする」

「これでもお貴族様御用達なんだからあ」

 アニカさんは、ふふん、と笑う。

「え、貰っちゃっていいんですか!? お高いんじゃ」

「久々にグッとくるお客様に会えたのよお。あげるあげる」

「くれると言ってるんだから貰うといいよ。ま、いくら高くてもアニカのとこのしか着させない気ではいたけどね」

「めずらしーい」

 アニカさんはまた、クスクスと笑っている。私は二人の言ってることが分からずただチャイを飲んでいた。すると、アニカさんが私のほうに顔をよせて、こそっと言う。

「あたしのドレスは高いから、今までの女には記念日とかにしか作ってないのよお。だから、椿つばきちゃんは相当特別なのねえ」

「えっ」

 私は、貰った品物が何点あるかぼやっと思い出す。昨日の今日なのに、十着ほど貰ってしまった。

「気持ちはわかるけどねっ。あたしにとっても椿つばきちゃんは特別よお!」

 彼女は少し大きな声で、背中のうーんっと伸ばしながら言う。

「これからも頼むよ」

 彼はすました顔でチャイを飲みながら言う。

「際限なく作っちゃうわよ」

「金に糸目はつけない」

「ふうん……商談成立ね!」

 なんか、とんでもないことになりそうだ。

「私、もういいわよ……充分よ」

 いたたまれなくなって、私は二人に向かって言う。実際、パジャマと普段着一着、ドレス一着、靴が一足に下着があれば十分だ。

「ずっと、永遠に、特別扱いしたいんだ。私のお姫様だからね」

 彼は私のおでこにキスをした。

「~~~~~~っっ」

 人前で堂々とお姫様と言われたのも、キスをされたのも恥ずかしくなって、私はおでこを手で隠した。

「うふふ。でもあたし、商談成立とか言ったけど、特別なもの以外はお金取る気ないわよお」

 アニカさんは、また両肘をテーブルに置いて、頬を隠しながらニコニコしている。

「珍しいな。そこまで気に入ったかい」

 エドは相当驚いているようだった。

「こんなにかわいいお嬢さん、初めてよお。アルフレッドもきっと気に入るわ。あ、それとあたしたちお友達になったから。友達からお金取ったりしないわよお。取るのはあんたのスーツ代だけ!」

 ねーと言って、アニカさんは私を見る。私は友達と言われたのが嬉しくて、照れて笑った。

「私のスーツ代は取るんだ……」

 彼がぼそっと言うから、面白くって、アニカさんと二人で笑いあった。

「いや、気をつけろよ、椿つばき。確かに腕はいいけど法外な値段つけるんだよ、腕はいいけど」

 彼がうーんとうなる。

「それに見合った丁寧な仕事してんのよ、ばあか」

 アニカさんが大きく笑う。私もつられて笑った。私の笑顔を見て、彼もクスクスと笑った。



 愛する人と友人とのお茶会って、とても楽しいものなんだと、初めて知った瞬間だった。彼の友人は、きっといい人ばかりだ。

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