10月3日午後7時00分~

 寝起きに確認したメールはとても面倒くさい内容だった。


 ――ドッペルゲンガーねぇ。


 机の上に置いてあったタバコの箱から1本取り出し、質素な100円ライターで静かに火をつける。体に悪いが、少しでもイラッとしたら吸っておくほうがいい。それが20歳になってからずっと吸ってきて俺が思ったことだった。

 

 2時くらいに送られてきたメールには簡単なことしか書いていない。この街でドッペルゲンガーが現れていること、あいつの知人で実際に目撃情報があること。2時から今まで新たな情報が追加で手に入っているだろうが、メールがこの1件であることからまた明日にでも情報は送られてくるだろう。


 ――俺は聞き込み専門か、あいついい加減友達の1人や2人くらい大学で作れないものかね。


 吸いきってないタバコを潰して俺は服を着替える、自分の好きな服に、自分の気分に合った服に。それが体を切り替えるスイッチだ。今の自分に合った体に、感覚にゆっくりと調整していく。


「さてとそんじゃ行きますか」


 聞き込みだから目指すは人ごみの多い場所、知り合いが多い場所。駅近くの商店街が妥当だろう。


 ――まったく今回も面倒なことになりそうだ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 今日も商店街はそれなりに栄えている。以前は今以上に栄えていたというわけでもない、現状維持でここ数年商店街形を保っていた。


「よっ、カツ屋の親父。メンチカツ1つ」

「おっ兄ちゃん、相も変わらず元気じゃねえか! 」

「そりゃあ俺は無病息災で有名だからな。どうよ最近は儲かっているか? 」

「それがな、ここ2週間ばかりは売上上がってんだぜ。特に土日の昼時は人がたくさん来てな。夜にしか来ないお前にも見せてやりたいもんだぜ」


 紙袋に見た目に合わない丁寧な手さばきでメンチカツを入れた親父はこちらに袋を私ながら満面の笑みで自慢してきた。


「珍しいな、特に街で何か祭りとかがあるわけでもないっていうのに」

「どうやら最近お忍びで芸能人が遊びに来ているらしくてな、それ目当てで来る奴が多いんだとよ。この前居酒屋で武内の旦那が言ってたぜ」


 芸能人ってのはおそらくドッペルゲンガーのことだろうな。ネットに書いてあった噂を聞きつけて野次馬が集まってきているってことか。


 ――これは思った以上に面倒くさそうだな。


 最初、あいつからのメールを見たときは特に害はなさそうだからのんびりやるか、と思ったがネットの怪しい情報につられている奴が多すぎる。たかが噂でこれ以上動かれるとテレビで取り上げられたりすかもしれない。芸能人の証言が出れば、噂に出てくる芸能人は偽物で片が付く。だがそれでも不思議がって野次馬は今以上に増えるだろう。そうなると、元凶の人間を見つけにくくなる。


「そのお忍びの芸能人ってどこら辺で目撃されてるんだ? 」

「確か旦那の話だと、駅前やうちの商店街だと家電屋のお向かいの珈琲コーヒー屋で目撃があったような、なかったような……」

「曖昧な目撃情報だなぁ、その情報確かか? 」

「いやぁ、俺は客が増えるならそれで良くてな、そこまでしっかりと聞いてなかったから気になる直接居酒屋行って聞いてくれ」

「ああそうするよ、メンチカツ美味かったぜ。ごちそうさん」

「まいど」


 手を振ってくる親父に手を振り返しながら携帯に今聞いた情報を箇条書きでまとめていく。目撃情報が集まるのはいいが目撃時間も知りたいところだ。


 ――そこら辺もあいつに確認とっていかないとな。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「芸能人? ああその話なら確かにカツ屋に話したが、なんだ兄ちゃんも聞きたいのかい? 」

「ああ、ちょっと興味があってな。カツ屋の親父に話を聞いても中途半端な記憶で、情報あいまいだから頼むよ」

「なら情報料としてもう1杯くらい頼むことだな」


 居酒屋の大将はニヤニヤ笑いながら空になったジョッキを指差した。


「分かったよ、生中1つよろしく頼む」

「あいよ」


 大将が後ろを向いて新しいジョッキにビールを注いでいる間、手持無沙汰な俺は黙々と、枝豆をつまみながら口に投げ入れた。


「はいよ、お待たせ」


 注がれたビールは液体と泡がきれいな8対2となっており、飲めるところが多い方がいい、とよく言う大将の好みがはっきりと見てとれるものだった。キンキンに冷えたビールはグッと飲むと炭酸がのどではじけて、その感覚はまたビールの味を体に染み込ませていく。


「にしても兄ちゃんも芸能人に興味があるとは、案外若者らしい趣味も持っていたとはねぇ」

「俺も芸能人の1人や2人くらいお気に入りの人間はいるぜ。ただで会えるチャンスがあるなら狙ってみたいと思ってもいいだろ? 」

「まあ兄ちゃんみたいな歳じゃないと好みを外にバシバシ出していけないからねぇ、俺も結婚するまではアイドルやら何やら好きに言えてたが、結婚するとあいつの好みに俺は口出してないっていうのにこっちにはドンドン口に出してくるからたまったもんじゃない」

「大将の好みなら奥さんがいない日にゆっくり聞いてあげるから今はこっちの話、芸能人の話をさっさとしてくれよ」


 ああ、そうだったな、といってこちらを睨んている奥さんにビクビクしながら大将はその後声を小さくして、おっかないもんだ、とボソッと言った。


「これは常連客から聞いた話なんだが、夕方くらいに駅前で芸能人を目撃したり、昼過ぎに家電屋の前で目撃したとか。そいつも今時の若いもんでねぇ、相手に何も言わずにこっそり写真を撮ったんだとよ」

「その写真、店長は見たのか?」

「ああ俺もその話疑ったからな、実際に証拠見せろって言ったら見せてくれたよ、確かに写ってたのは今よくテレビで見るような奴だったな」


 ――証拠ありか。


 ますます現実味のある話になってきた、というかよくそれだけ物的証拠ができているのに噂に留まっているのが逆に不思議になってくる。身近に見るが遠い世界にいる、そんな人間だからこそ現実味が薄くなってしまっているのか。


「そういやその写真少し変だったな」

「…………変って? 」

「芸能人だけボケていたんだよ」

「実は加工とかだったってオチか」

「うーん、俺はその加工やらはさっぱりだから何も言えないが……なるほど、加工って可能性があるのか。だがあれが加工だったら知識持ってるやつならすぐにわかるんじゃねえか」

「どうだか、俺もそういった技術にはさっぱりだからな。現物見れたら知識なくても違和感うんぬんは感じれるかもしれないが」


 誰か身近に加工技術に詳しい奴はいたか、と頭をひねってみるがいない。あいつはどうだったか、その手のことに詳しかったか知ろうともしたことがないからあいつに聞いても微妙だろう。


「その常連客って俺の知ってる奴? 」

「ああ知ってる知ってる、そいつはな――

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