六、魔族の目的

『くっ、か、星刻む天啓の神子カムイ=トワ=ヒャコレマ!』

「やはり、まだこんな所でうろついていたんですね。宵闇の王トコ=ヨミックの眷属」

 少年とも少女ともつかない小さな勇者は、その金色の瞳で倒れ伏す怪人を冷たく見下ろしていた。

「これで終わりです」

 静かにそう言うと、「彼」は抜き身の剣を真っすぐに振り下ろす。

 そして――鳥人は、霞となって消えた。

 その残像を切り裂く剣。

「やっ……じゃなくて、えっと、勇者くん?」

 あたしは一瞬、口に出かかったフラグ台詞を飲み込みつつ問いかける。

「彼」はしかし、首を横に振ってにこやかに告げる。

「また、逃がしてしまいました」

 その笑顔には先刻の冷たさは無く、あたしは安堵のため息をく。


 あんな顔もするんだなぁ……


 正直に言えば、少し怖かった。

 普段が可愛いだけに、その冷酷な表情は背筋をも凍らせるほどだった。

白魔はくまさん、ありがとうございます」

「え、何が?」

「あの魔族の注意を引き付けてくれたのでしょう?」

「ああ、そういうことか……」

 ただの偶然なんだけどね。

 ともあれ、ここは彼に話を合わせることにする。

「でも、次はこの手は使えないだろうね。というか、むしろ相手を強くしてしまったかも知れんから、気を付けたまえよ。そして、ごめん!」

 あたしは手を合わせるポーズで頭を下げた。

「なぜ、誤るのですか?」

「君を窮地きゅうちに立たせる可能性を与えてしまったからな」

 そこで「彼」の頭の宝玉が白く光る。

「ああ、そうですね。でも、問題ないです。アレは、この世界のことわりを理解できませんから」

「そうなの?」

「ええ、そういう風に出来ているのです。彼ら魔族は」

「ふむ……」と、あたしは少し思考を巡らす。


「彼」の言うことを鵜呑うのみには出来ない。

 それは、あくまで「彼」の認識だからだ。

「彼」がどこまで、その存在に精通しているかはわからないが、科学者たる者は万に一つの可能性も考察しなければならない。

 だが、「彼」の言うことも考察対象の一つであることに間違いはない。

 こういう場合、双方の可能性を検証した上で片方の可能性を潰していかなければならない。

 数学のリーマン素数のようないまだ照明されてない命題が存在するのは、科学のそういった性格からきているのだから。


「勇者くん」

「はい」

「君は、この世界のことをどれだけ理解しているのかな?」

「そうですね……全く解りません」

「なぜ、そう言い切れる?」

「ワタシが理解できるのは、ワタシが見聞きした事だけですから」

「それと同じだよ」

「はい?」と、首を傾げる勇者くん。

「君が理解できるのは、経験則のみということだろう。なら、別の可能性も考慮しなければならない」

「別の可能性ですか?」

「そう、彼らがこの世界を理解し始めているかもしれないと言うことだ」

 そこで「彼」の宝玉が黄色に輝く。

 どうやら、あたしの言葉に興味を示したらしい。

「もしそうだとしたら、それは『面白くない』かね?」

 あたしの問いかけに、勇者くんは金色の瞳を輝かせて答える。

「はい、面白いです」

「良い答えだ」

「話終わった~?」

 そこで、安倍さんが割って入る。

「ああ、すまないね。待たせたみたいで」

「そーだよー、白魔さんは何か気になることがあると、すぐそれに没頭して他のことをほっぽくクセがあるよね~?」

 あの安倍さんが。あたしを分析している……だと?

「どーしたの?」

「いや、ちょっと驚いただけだよ。まさか、君にそんな洞察力があったとはね」

「ひどいな~」

「感心しているのだよ」

「ところで、ニートンたちはどうなったの?」

 そこへ今一人の少女――巣鳥凛子すどりりんこが割って入る。


 あ、そういえば……彼らの安否はわからずじまいだった……


「すまない……彼らの居場所を聞き出す前に逃げられてしまった……」

「そうなの……まあ、仕方ないかぁ」

 そう言うと彼女は少し寂しそうに肩を落とす。

 そして、ぽつりとつぶやいた。

「でも、生きてるよね……きっと……」

「大丈夫、まだ生きているよ。おそらく……」

「おそらく?」と、あたしの言葉に首をかしげる彼女。

「あれは、人の『怒り』を糧としているらしいから、その元となる人間を簡単には殺さないだろうさ」

「そうなの?」

「ああ、間違いない。そして奴はそこの彼女を襲ってきた。それがどういう事か解るかな?」

 言いながら、あたしは隣にいるギャル子(仮)を親指でさす。

「えっと、それって一体……はっ、まさかニートンが好きな人って……」

 何か思い当たったのか、彼女は不意にそんな言葉を漏らす。だが、

「いや、おそらく彼女は手違いで襲われたと考えられる」

 あたしはそう言って頭を振った。

「えー、ちょっと何それ? それじゃアタシはとばっちりで襲われたってワケ?」

 当のギャル子(仮)が不満げに返す。

「残念だが、そういうことになるな」

「ひっどーい」

「ねーねー白魔さん、もしかして……」

 そこで何かを言いかけたのは、安倍さん。

 どうやら、彼女も気づいたのだろう。

 そう、おそらく本来襲われるハズだったのは、ニートン捜索を願い出た彼女だ。

 ここからは完全に想像でしかないが、おそらくニートンは彼女が好きなのだ。

 そして多分、彼女もまた……

 つまり、

「君を襲うことで、どこかで見ている――いや見せられているであろう彼の『怒り』を引き出そうとしたのだろう」

 もちろん、これも推測でしかない。

 あたしがこれまで観測していた『魔族』の特徴と、彼女の反応から得た仮説を述べたに過ぎない。

 だが、もし魔族が『怒り』を引き出すことは不可能と判断した場合、彼の命の保証はないだろう。

 もう一人の友人とやらも……

「ことは一刻を争う。今日は『彼女』に家まで送ってもらう事にしよう」

 そう言って、あたしは勇者くんを指さす。

「だから、君は今日は家から一歩も外に出ない……良いね?」

「はい」

「勇者くん、悪いが彼女を守ってあげてくれ」

「はい、わかりました」

「それから」と、あたしは安倍さんの方を向く。

「すまないが、ちょっと付き合ってくれたまえ」

「いいよ~、なんか面白そうだし」

 そう言って、安倍万理子は二つ返事で承諾した。

「ちょっと待って!」

 と、ここで例のギャル子(仮)が待ったをかける。

「何かね?」

「アタシも立派な被害者なんだけどー」

「ふむ……」と、あたしはなんとなく彼女の言たいことを考察してから、こう返した。

「わかったわかった。責任持ってあたしが守るから、一緒に来たまえ」

「さっすがウワサの天才白魔っち! 話わっかるぅー」

「それは馬鹿にしてるのかね?」

「してないしてない」

「ふむ……まぁ、いいだろう」

 半ばあきらめ気味に嘆息を漏らすと、あたしは気を取り直してこう続けた。

「さて、そろそろ反撃の狼煙のろしを上げるとしようか!」

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