四、陰陽師は動じない

 それは、紫がかった薄闇色の大きな翼を広げた怪鳥。

 その翼の関節の部分に三本の指のような物が鋭い黒爪こくそうを鳴らしていた。

 猛禽もうきん――とでも言うべきか、その鋭い鷹のような眼が短い茶髪の女子生徒をまっすぐに見つめる。

 ブラウスの胸元を大胆に開け、目にはラメの入ったピンクのカラーコンタクトという如何にもなギャル系少女だ。

「って、何あれ……」と、あたしは目を丸くしてつぶやく。

 駆け付けたあたし達の眼前には、そいつが両翼を大きく羽ばたかせて宙に浮いていた。

 それは繋ぎ目の無い漆黒のくちばしから蛇のような細く長い舌を出して蠢かせている。よく見ると、その嘴の中からギザギザした白い歯のような物が見え隠れしている。これって……

「もしかして、原初の鳥アーケオプテリクス?」

「あーけ……って何?」と、一緒についてきた安部万理子あべまりこが問う。

「アーケオプテリクス――俗に始祖鳥しそちょうと呼ばれている翼竜から進化した爬虫類はちゅうるいと鳥類の中間種の一つだよ」

「へえ、白魔さんは博識だね」と安倍さんが感心したように頷く。

 元々、鳥類の先祖アーキタイプと思われて付けられた名前だが、後の研究によって現存する鳥類の直接的な祖先ではないらしいという事が解明されたそうな。


 にしても……このマイペース女子も大概だなあ。

 二メートルは優に超す怪物を目にしながら、この感想とは……


 それはさておき、目の前のこいつである。

 確かに翼と顔、それと鍵爪のような足だけを見れば始祖鳥のそれなのだが、問題は――


 こいつ、なんか微妙に人の形してんだよなあ……


 八頭身で太く根の張った首の下、硬そうな胸筋から腹筋の辺りまでゆるくウェーブを描くようにくびれていて、引き締まった太ももの下から鉤爪のような鳥の足が伸びている。

 そして、細く長い鋼のような両腕には手首の先辺りまで薄闇色の羽根が生えていて、それが束となり先述の翼を形作っていた。

「ちょっと、何よさっきから人の事をジロジロ見て! なんか言いなさいよ!」

 襲われてる(?)ギャル系女子も、まるでこいつが喋るとでも思っているかのように突っかかる。

 まあ、いかにも喋りそうな外見だし、インコや九官鳥みたいな例もあるし。

 くだんの鳥人間はその様子を見ながら、時折、羽音と共にキーキーと甲高かんだかい鳴き声を発してはニタァっと薄気味悪い笑みを浮かべていた。

 あたしは、おもむろに白衣のポケットからコンパスを取りだすと、針が激しく揺れているのを見て確信する。


 間違いない。昼間の奴とだ――


 思うが早いか、あたしは胸の水晶を擦りながら呪文を唱えようと小さく口を開き…………

 そいつが口を開いた。

「キーキ……良いぞ、泣け、叫べ、そして怒り狂え! それこそが我が糧となるのだからな……」

「な、しゃべった⁉」と、あたしは思わず声を上げる。

 そこで初めて気づいたかのように、怪鳥がこちらを振り向いた。

 その一方で、

「え、ちょっ……何なのあんた、マジ気持ち悪いんですけど!」

 唐突な怪人……いや怪鳥人の言葉にドン引きするギャル生徒。

 あたしは呪文を唱えていない。にもかかわらず、奴は普通に「こちらの言葉」を使っていた。それにこの声――

「ヨイ=ニグフルティス……だっけ?」

「ほう」と、あたしの問いかけに目を細める怪鳥人。

 どうやらビンゴを引き当てたようだ。

「姿は変えているハズなのだがな……」

「なら、声も変えるべきだったじゃないかな? それに――これは根本的な問題だが、今君がしゃべっているだよ」

「言葉?」と小首をひねる怪鳥人。

「そう、君の言葉があたし達にも聞き取れるようになっているんだよ」

「それがどうかしたのか?」

「気づいてなかったか……」

 あたしは頭をポリポリとかきながら、嘆息交じり答えた。

「君のその言葉は、変換してやったものだよ。いや、正確には君の周辺の空気導電率を微調整して音の疎通ができるようにしたんだけどね」

「何が言いたい?」

 あたしの言った台詞の意味が何処まで伝わっているか不明だが、ただ怪訝な様子でこちらに問いかける怪鳥人。

 あたしは「つまり」と人差し指を立ててから、こう続けた。

「その術がかかっている状態を見て確信したのさ、あの時のカエルと同じだってね。そもそも君とて、あたし達の声が急に聞こえて不思議に思わなかったのかね?」

「確かに言われてみれば、そんな節もあったかも知れん。が、そんなことはどうでも良い。我にとってはな……」

「そうかね」と、あたしは軽く受け流す。

 そういえば、あの時カエルは勇者くんだけしか見ていなかった。そこから考えれば、奴は自身が言う通り周りの騒ぐ声など気にも留めてなかったのだろう。

 あたし達がセミの鳴き声を聞いても「夏だなあ」程度にしか感じないように。

 いや、下手すると超音波と同じで聞こえるかどうか程度の認識しかなかった可能性すらある。


 まあ、ぶっちゃけに関しては結構心当たりがあったりするけど……


「さて、どうする心算つもりぞ……星刻む天啓の神子カムイ=トワ=ヒャコレマの姿がないようだが、どこぞにでも隠れているのか、それとも……なれだけで我に挑むかね?」

 鷹のような鋭利な眼で見下ろしながら、怪鳥人は挑発するように問いかける。

 いや、実際挑発しているのだろう……

 どうもこいつは昼間の一件以来、あたし(厳密には、あたしの魔法理学マギリテラルの方だろうが)に興味津々のようだ。


 まったく、我ながら厄介な相手に目を付けられたものだ。

 こちとら花も恥じらう乙女ティーンズだというのに、なんでこんな化物に付きまとわれなきゃならんのか……


 口から出かかった愚痴を胸の内に仕舞いつつ、あたしは胸元の水晶石に触れながら、小さく呪文を唱えた。

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