三、万理子の部室(へや)へ……
その安部氏の流れをくむ末裔とされているのが彼女――
普段の彼女を知る限り、にわかには信じ
ただし、ここで誤解をしないで頂きたいのは、別にあたしは
陰陽師と聞いて、すぐに式神だの結界だのを思い浮かべる人もいるだろうが、実在する彼らの本領は天体を観測してそこから暦を割り出したり、地理を調査して
即ち、この国最古の自然科学――それこそが
「で、このマリちゃんを頼って来てくれたんだね。いやあ、
そう宣う彼女は、漆黒のカーテンに覆われた薄暗い教室の中で腕を組みながら椅子に腰かけている。いつもの制服姿で……
ちなみに、この教室は元はオカルト同好会の部屋だったが安倍さんがスイーツ研究会や古典文芸部の部員(二名)を誘って陰陽研究部を立ち上げてオカルト同好会も吸収したらしい。黒いカーテンもその名残というワケだ。
もっとも、今は他の部員の姿はないようだが。
「わけが解らんな、君のその発想は。一度ゆっくり脳の構造を調べてみたいものだ。シナプスの動きに他の生徒たちとは異質な規則性を見出せるかもしれん」
「いやん、白魔さんのえっち!」
「グーで殴って良いかね?」
「冗談だよ」と茶化した口調で返す安倍氏の末裔。
「あたしに対して、その手の冗談は禁句だぞ?」
「えー、そんなのマリちゃん知らないし」
「弁解は罪悪と知りたまえ」
「ぶー」と、わざとらしく膨れっ面を見せる安倍万理子。
「それはともかく」と、あたしは本題に入る。
「
「うーん」と珍しく真剣な顔で腕組みをする彼女。しばらくして、
「方位から考えると鬼門線かな?」
人差し指を立てながら一言そう答えた。
「きもんせん?」と聞き慣れない単語に、一緒に来た
「鬼門線って言うのはね、北東と西南を結ぶ運気が乱れやすいラインのことだよ」
「運気が乱れると、どうなるの?」
「運勢がダメダメになっちゃう!」
「その日の星座占いで一位だとしても?」
「その運気が乱れちゃうからねえ」
「えー、なんかヤダそれ~。ラッキーアイテムとか持っててもダメなんかな?」
「それなら、ちょっとは効くかもね」
「え、ホント?」
「運気っていうくらいだからね、気持ち次第で流れが変わることもあるんだよ。ラッキーアイテムは、そのパワーをマシマシにしてくれるんだね」
「おおー、あったまいい! ラッキーアイテムってそういう使い方するモンなんだね。てか、それ考えたヤツ超天才じゃん!」
「でしょでしょ!」
「………………………………」
あたしは、胡乱な言葉が飛び交う
それにしても、ラッキーアイテムの話は置いといて、鬼門線というのは中々興味をそそられる。
運気の乱れというのは、そこに発生する磁場の影響と見て良いだろう。
磁力というのは何も鉄などの金属にばかり反応するわけではない。
例えば人体。緊張した筋肉をほぐして弛緩させたり、脳の信号に刺激を与えて脳波を変質させたりと、磁力が人体におよぼす影響は多岐にわたる。
それというのも、人間の体内には生体電気と言うヤツが流れていて、そいつが眼や耳から神経を通じて脳に信号を送ることで映像や音を記憶したり、逆に脳から神経を通して手足を動かしたりする事ができる。
そして電気は磁気に影響される性質を持つため、体内に磁気を流すことで生体電気の流れを変えたりすることが可能になる。
すなわち磁気を浴びることで人間の精神に変化が生じる事もあり得るのだ。
そして「運気」という概念は、精神の働きによって影響を受けやすい。
あらゆる事象には必ずそれが起こる原因があるものだが、運気というのはその発生確率と言って差し支えないだろう。
ある原因によって引き起こされる現象の発生率は実のところ百パーセントだったりするのだが、その原因に含まれる条件が全て
そこで「運気」という便利な言葉が登場する。
そもそも運気とは「気を運ぶ」と書くように、風水における気の流れや方位との関連性のある言葉だろう。
風水用語で言う鬼門(北東)や裏鬼門(南西)といった方角に気が流れるのは「悪い運気」だと言われているが、具体的に「気」という概念が表すのは何かと言えば、それは活力などといった人間の持つエネルギーに関連するらしい。
ここで、先に挙げた磁場との関係について着目してみよう。
人体がその場に漂う磁気を受けると、生体電気が神経を介して脳に信号が送られるが、これが時に感覚を狂わせてありもしない体の不調などを覚えることで人の思考に不安や恐怖を植え付ける場合がある。
そして面白いことに、人はそういったマイナスの思考に囚われると運気とやらもマイナスに傾くのか悪いことが起こりやすくなる。
これはおそらく、マイナス思考が潜在意識に働きかけて自ずと
つまり、磁場が人の潜在意識に介入して悪い運気を呼び寄せているという事になる。
そこまで考察して、あたしはおもむろに白衣の右ポケットからメモ帳を取り出した。
ペンのはさまったページを開き、先に思い付いた条件を元に科学式を構築する。
基本となるのはフレミング、そこにアインシュタインの重力方程式とシュレーディンガーの波動関数を組み込んで……
それらを頭に浮かべながら、あたしは黙々とペンを走らせる。
しばらくして、
「でさぁ、その先輩がね……」という女子の声が耳に入った。
特に気にも留めずに式を書き込んでいると、不意に安倍万理子が声を掛けてきた。
「ねえねえ、さっきからすごい真面目な顔でメモメモしてるけど、もしかして白魔さんもそういうの興味あったりする?」
「ん、何の話だね?」
「またまた、とぼけちゃって」
書きながら眉をひそめていると、安倍さんがニヤけた顔でこう返してきた。
「でも、なんだかんだ言って、やっぱ白魔さんも女の子なんだね。ジェラートとかイケメンとか、ガチに夢中になれる年頃なのね」
よーし、一体何を言っているのか、ぶっちゃけわからないぞ?
「で、白魔さんは誰か気になる人いるの?」
「え?」と安倍さんの不意な問いかけに、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「そりゃ、いるでしょ。だってやってらんないじゃん、人生そういうの無いとさ」
そう答えたのは、巣鳥さん。その瞳に好機の色を宿しながら彼女は続ける。
「今日も実は告白したかったりして?」
「身も心もジェラートに溶けてみたかったり?」
「ちょっと待った、一旦整理しよう。どうも話が見えん」
「あ、ごめんなさい」
困惑気味のあたしに対し、素直に謝る女子二人。
ていうか、安倍さんジェラート押し過ぎじゃね?
「それで、どうして鬼門線の話から、いつの間にか恋バナになっているのかね?」
「そりゃ、あれでしょ。運気の話が出たから恋愛運について安倍ちゃんに占ってもらってたら、そっから恋愛相談みたいになって……みたいな?」
「要するに、らぶらぶモード全開になってたってワケだよね」
「やだ、なんかそう言われると恥ずかしいじゃん!」
「命の花バリバリに咲かせまくってるな……君ら」
なんだかのろける女子生徒とそれを茶化して言う安倍さんに対し、あたしは嘆息交じりに感想を述べた。
「もちもち、マリちゃん今日も絶好調なりよ!」
「白魔さんも科学ばっかじゃなくて
「そうそう、風水で運気をアゲアゲにして幸せゲットしなきゃ!」
「ま、それはそうだが……」とあたしが言いかけたその時――
「ちょっと何、この怪物……あっちへ行きなさいよ!」
そう叫ぶ、女子の声が校舎裏から聞こえてきた。
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