二、逢魔が刻のトカゲ男


 事件はその日の夕刻に起こった。

 それは、ある生徒のこんな台詞から始まった。

「おいニートン、あれ見ろよ」

「ん?」と見上げる窓際男子、ニートンこと相崎新人あいざきあらと

 別にニートというワケではない。面倒臭がりな性格と部活もバイトも寄り道すらしない完璧な帰宅部員である事から、名前の「新人」をモジってそう呼ばれているだけのごく一般的な男子生徒だ。

 おそらく、万有引力で有名なニュートンともかけているのだろう。

 そのニートンが見つめる窓の外には、不気味な人影が映っていたという。

 その立ち姿はまるで「小さな恐竜」とでも言うべきか、緑色の硬そうな肌に長く太い尻尾を引きずった蜥蜴とかげのような生き物が二息歩行で校門の前をうろついていたらしい。

「らしい」などと釈然としない言い方をするのは、あくまでもそのニートンのクラスメート伝ての話を布良芽ふらめから聞いたからに過ぎない。

 何しろ内容が内容だ。途中で伝言ゲームになっていたとしても不思議ではない。


 ていうか、布良芽経由って時点であたし的には信頼性に乏しいワケだが……


「で、ここがその現場ってワケかね?」

 あたしは校門脇の壁に手を付きながら、案内してくれた女子生徒にたずねた。

「はい、ここで相崎君達が突然!!」

「解ったから、少し深呼吸しようか」

 興奮気味にまくし立てる生徒の肩を両手でつかみながら、あたしは真っ直ぐに彼女の瞳を見つめて言う。

「気持ちは解るが、落ち着いて話してくれたまえ。それじゃ、解決できる物も解決せんよ」

「あ、すみません。つい……」

 そう言って項垂れる彼女。

 名は巣鳥凛子すどりりんこ。件のニートンこと新崎君のクラスメートだ。

「まず、そのトカゲ男の特徴だけど……緑色の岩肌で長く太い尾を引きずっていた……で合ってるかね?」

「はい、それと左右に大きな赤い宝玉みたいな目が付いてました」

「宝玉なんて言葉、どこで覚えるんだね?」

「それはラノ……じゃなくて小説とかで良く見かける言葉ですよ」

 今、絶対ラノベって言いかけただろう?

「ま、それは置いとくとして……ここが『ポイント』というワケか……」

 そう言いながら、あたしは教室と校門の位置を見比べる。

「ポイント?」と少女が首をかしげるが、そこは無視する。

 彼女達の教室は校門から真っ直ぐ北東の位置にあった。

「座標からすると、ここから『入り口』までを線で結び……その距離と時間の差で光速からのじょを求めると……」

「はく……じゃなくて先生?」

 あたしが独りでつぶやいているのを横で見ながら、女子生徒は困惑気味に話しかける。

「あ、いや……ちょっと気になることがあってね。トカゲ男の大きさとかが解ると助かるのだが……」

「背丈ですか? それなら2メートルくらいありましたよ」

「2メートルは大きいな。スパルタカスといい勝負じゃないか」

「じゃあ、高須先生が犯人?」

「いや、大きさだけでそう判断するのは早計ではないかね? シークレットブーツみたいに厚底の着ぐるみかも知れんだろう?」

「そ、そうですね」

「取り敢えず、ここは専門家にも手伝ってもらうか」

「専門家?」と問う女生徒に、あたしは口端に笑みを浮かべてこう答えた。

「ほら高校ウチの生徒に一人、天文学や地理学に精通した家系の末裔がいるだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る