十一、束の間のエピローグ
「勇者だ……勇者がいる」
静寂を破ったのは、誰かがつぶやいたその一言。
「カムイちゃんが、まさかの変身魔法少女だと!?」
彼の真紅のマントと丈の短めな紫の法衣姿を見て、叫ぶ男子。
おそらく、緊張の意図がほぐれて心に余裕が生れたのだろう……って、
あれ? なんで認識がズレてないの?
あたしは、なんとなく気になって周囲に視線を巡らす。すると、近くの床に金色に光る星型のピン留めが落ちているのを発見した。
そう、
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………って、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!
「馬鹿、白魔さんが言っていただろう、あれは勇者だ」
ああ、たしかに「勇者くん」って呼んじゃってたな。
「たしかにそんな感じの格好だ」
まあ、いかにもな格好だし。
「か、かっこいい…………お、お姉さまって、呼んでも良いかな…………呼んでも良いよね………………はぁはぁ…………」
そこの女子、恋する乙女みたいな顔で何やら変な妄想に浸るのはやめなさい。
「俺たちは、夢でも見ているのか?」
残念だが、これが現実だ。
「しまった。変身シーン見逃しちまったぁぁぁぁぁ!」
一体、何を期待しているんだ君は。
「やべ、俺もだ! カムイちゃんの裸が合法的に見れるかもしれない絶好の機会だったのにぃ!!」
いや、そんなサービス機能無いから。あの装置。
「きもーい、不潔、さいてー、男子マジ滅べ!」
そりゃそうだろう。あんな台詞を聞いた日には、誰だってそう思う。あたしだってそう思う。
「ねえねえ、それってどんな素材でできてるの?」
「写メとっていい?」
「実はウチ、コスプレとかちょっと興味あったりするんよ?」
ふと気がつくと、いつの間にやら女子の群れが一斉に「彼」の周りを取り囲んでいた。
「もしかして、カムイちゃんってそういう趣味なの?」
「ねえカムイちゃん、今度の土曜一緒に乙ロード行かない? 一推しの執事喫茶とかあるんよ」
「カムイお姉さま、どうか雌豚とお呼び下さい! そして、ご褒美にその美脚で思いっきり踏みつけて下さいまし!!」
「なんか一人だけ異様なテンションのヤツがいるぞ」
「そんなことより、俺たちのピュアカムイたそが取られちまう!」
「なんだよ、ピュアって……」
「ピュアな心を持った美少女勇者、ピュアカムイたそに決まってんだろ!」
「知らんがな」
はぁ…………こいつらと来たら……………………事が済んだ途端にこれだ。
あたしは指先で水晶石に軽く触れると、一言告げた。
『そろそろ昼休みになるが、
ぴたり。
あたしの忠告に、生徒たちの顔がそれこそジェラートのように凍りついた。
時刻は十一時四十分を廻ろうとしていた。
「おい皆、下らねぇこと言ってる暇あったら、とっとと作ろうぜ!」
「「「いえっさーっ!」」」
掛け声と共に、慌てて元居た席に戻る生徒たち。
「はぁ……」と溜息を吐くと、あたしは出入口の方へと視線を移す。そこには、どさくさに紛れて逃げ帰ろうとする保険医の姿。
「そっ、そういえば、さっき保健室に向かう生徒とすれ違ったような気が……」
「それは、このクラスの生徒だ。さっきの騒ぎで、少し気分が悪くなっただけだから問題ない。それより、君に頼みがあるのだが」
「頼み? もしかして、今夜寂しいから泊めてくれとか?」
「どうしたら、そんなおめでたい発想になるのか、一度脳波を検査した方が良いみたいだね?」
「いやだなー白魔ちゃん、ジョークに決まってるじゃん」
「君のは、あまりジョークには聞こえないんだけど…………」
「で、頼みって?」
ここで、布良芽が珍しく真面目な顔で聞き返す。
「今ここで見たことだけど……」
「ん、何かあったっけ? わたしはただジェラートをもらいに来ただけだしー、それ以外のことは全然興味ないから」
言いながら、手をパタパタと車のワイパーのように扇ぐ。
「そうか、なら何でもない」と、あたしも返す。
言ってから、小声で一言こう付け加えた。
「ありがとう」と。
「そんじゃー、お昼のデザート楽しみにしてるよーん」
手を振りながら、彼女は科学室を出た。
それを見送ってから、思い出したかのように床に落ちたピン留めを拾う。
「そこの勇者くん」
あたしは「彼」を呼ぶと、七芒星の形をした金色のそれを彼の法衣の襟元に差した。
次の瞬間、
「気をつけたまえよ」
「はい」と申し訳なさそうに返事してから、「彼」は自分の班に戻った。
時刻を見ると、十一時四十五分。
さて、少し急ぐかな。
あたしは指先で水晶石をなでながら、小さく
『
水晶石の光と共に空間に揺らぎが生じて室内の空気が変質し、時間の流れが緩やかに減速する。
これは、実際に時間を操っているのではなく、ただ生徒たちの脳に働く電気信号を弄くりある種の暗示をかけただけに過ぎない。
その暗示とは、一秒が一分に感じるように体感時間を加速させるもの。
その暗示を仕掛ける電波を室内に張り巡らせたのだ。
つまり、今の彼らには、飛び交う弾丸の軌道すら肉眼で捉えられる動体視力が一時的に備わったと言っても過言ではない。
ま、でも、ジェラートが凍る時間が変わるワケじゃないんだけどね。
とはいえど、少しでも動きが速くなれば、それだけ氷に浸かる時間が長くなるので、決して無駄なことではない。
そして、あたしは念を押すように生徒たちへ魔法の言葉を投げかける。
「時間を見ながら塩の分量を計算するように」
そう、氷の温度は塩の分量で調整可能なのだから、そこを意識すれば作業時間は更に短縮出来るというワケだ。はたして――――
キーンコーンカーンコーン………………と、四時限目の終わりを告げるベルが鳴り、それから少し予定より遅れてジェラートは粗方完成した。
あたしは生徒たちの暗示を解き、窓の向こうを見上げる。
空は青々と澄み渡り、雲ひとつ無い快晴。そして、いつかの「魚」は影も形もなかった。あるいは、あの蛙…………
あたしの知らない所で良からぬ何かが起こっている? あるいは、
あたしは振り返り、黒板を消し始める。消しながら、ふと上書きされた文字の跡を眺め、どこか小骨の引っかかるような感じを覚えた。
ま、まさかね…………
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