九、魔法理学と魔王の使い
「メアロード?」
聞き覚えのない単語を復唱して記憶をまさぐるが、やはり答えは出ない。
しかし、あたしの隣で「彼」は同じ言葉を繰り返しつぶやく。
「メアロード……闇を見つめる魔宵の王、トコ=ヨミック……」
「闇?」とあたしは首を傾げる。
「…………はい、『メアロード』とは『夜の王』を意味する言葉です」
「ふーん、夜の王ね……」
あたしは腕を組み、左手を顎にやりながら頷きつつ思案する。
おそらく「夜」というのは何かの隠語だろう。「闇」とか?
そして「王」とは、国、あるいは世界を統べる主。素直に考えれば、即ち――
「魔王か……」というあたしのつぶやきに、周りの生徒達が
「ちょっ、魔王って。いくらなんでも中二過ぎるっしょ」
「魔王は無いわー」
「いや、白魔さんならその発想もありかもよ?」
「ていうか、『メアロード』とか『夜の王』とかむしろそっちの方が中二全開な感じがするけど」
「それって、今カムイちゃんが言ってたヤツ?」
「カムイちゃんが、まさかの中二病だったなんて……」
「てんめー、なに俺のカムイちゃんディスってんの? 泣くまで殴るぞ!」
「おめーこそ、何勝手に『俺の』宣言してんだコラ!」
「俺、中二なカムイちゃんでも良いかも。いや、むしろそこに萌える!」
「男子って、みんな馬鹿なの? しぬの?」
「眼帯カムイたそ…………はぁ、いいなそれ…………」
「やばい、なんか一人トリップしてるヤツがいるぞ、保健委員ー!」
「保険委員って言えば、
「それなら、さっきゲロ袋吉田が連れてったぞ」
「い、いつの間に……」
「なんか白魔さんとカエルが話している間に」
「あいつら、うまいことシケ込みやがって、くそリア充どもめ!」
…………あたしも気付かなかったわ、それは。
吉田め、あんな大人しそうな顔してるのに中々どうして、やりおるわ。
ていうか、元々あたしが連れてけって言ったんだけどね。
おっと、少し話の路線が外れてしまったか。と、その時――
「いやまて、ひょっとすると魔王って例のアレじゃね?」
一人の生徒がポツリと漏らす。
ざわり。
その一言で、生徒達の中に不思議と緊張が波紋のように広がった。
「アレって、『666』のヤツか?」
「あ、ウチそれ知ってる。あれでしょ『週末がー』とか『備えろ』とかってヤツ」
「週末って土日に何か派手のことする気なんか?」
「バーカ、シュウマツってのはあれだろ? 世界の終わりとかそんなヤツ」
あ、そっちだったか……終末思想の方ね。
確かに、それなら意味が通じる。
『終末に備えろ』――つまり、魔王と名乗っているそいつは、何かに挫折でもしたのか、絶望のあまり自暴自棄に陥ってそんな書き込みをしたのだろうか。
もし、そうだとすれば…………
「それは面白くないな」
嘆息交じりに、あたしは吐き捨てた。
「え?」と、隣であたしの独り言を聞いていた「彼」がこちらを振り向く。
「魔王だの、終末だのと、そんな下らない妄想を吐き散らして不安を煽る愚劣な輩は、どこのどいつだ!」
考えていく内に、だんだんと頭に血が上って来たみたいだ。
それはそうだろう。もし、そんな面白くない理由で『魔王』を騙っているのだとしたら、そいつは言語道断だ!
仮にも『魔王』と名乗るからには、もっと志を高く持って欲しいものだ。
いやまあ、半分以上あたしの想像だったりするけど。
「やべえ、なんか知らねーけど白魔さんがキレた!」
「白魔さーん、落ち着いて!」
「白魔さん、怒ってはダメです!」
余程の剣幕だったのか、あたしの怒りを静めようと「彼」を含む生徒たちが必死になだめる。
あれ? なんで勇者くんまで?
『いいぞ、もっとやれ……もっと怒れ。その怒りを我にぶつけるが良い』
正面の両生類が、何やら嗤いながら悦に浸っているようだが…………
なんなの君、マゾヒストか何かなの?
「どうして?」と、あたしは誰となく
「奴らは、命ある者の『怒り』の
答えたのは、「彼」だった。
「え……なにそれ、チート?」
「チート?」と、知らない言葉を耳にして首をひねる勇者くんを他所に、あたしはちらりと蛙の化け物の方に視線をやる。
怒りを力に変えるとかって、普通それ
どっからみても悪役っぽいヤツが、一番やっちゃダメな反則技だろ。
ていうか今の言い方だと、あの両生類があたしの怒りを勝手に自分の力に変換しているってことか?
なにそれ、怒るだけこっちが損するだけってことじゃん。
怒りによって何かが目覚める系の主人公とか、勝ち目ゼロじゃん。
「参ったねえ、まったく…………つまり、あたしたちを怒らせてそれを美味しくいただいちゃおうって魂胆なワケ?」
『何の話だ?』
「
『ああ、そのことか……まあ、それは物の次いでだ』
「次いで…………ねえ」
つまり、他に目的があるということか。
例えばそう、あたしの隣で今も剣の切っ先を蛙に向けている「彼」とか。
思えば、蛙が最初に話しかけていたのは「彼」の方だった。
それがどういうワケか、アルコールランプを投げつけた辺りから、急にあたしの方へ興味深げに話しかけてきた。
それまでは、他の生徒たちと同様「餌」としか見なしていなかっただろうに。
「そういえば『面白い術』とかなんとか言ってたけど、どういう意味かね?」
『ああ、それは我も興に
「ラウ?」と、あたしが繰り返すと、隣で勇者くんの冠に埋め込まれた宝玉が「白」に灯る。
「ラウは、古い言葉で魔法という意味です」
「魔法……魔法ね……」
あたしはつぶやきながら、その意味を吟味する。
おそらくは、あたしの
「
そして「魔力を介さずに」とヤツは言った。それはつまり、本来は「魔術」を発動させるのに必要な動力となるものが存在するということか。
「なるほどね……」というあたしのつぶやきに、蛙は訝しげに首を振る。
「何が、なるほどなの?」と問うたのは安倍さん。顔にかかっていたジェラートは全部舐め尽したのか、跡形も無くなっていた。
ていうか、ハンカチくらい使えよ…………
「いや何、ちょっとコイツの言う魔力とやらについて考察していたところでね」
「魔力って、魔法を使うためのエネルギーみたいなもんじゃないの?」
「エネルギーが存在するということは、そこに質量を持った物質の存在が不可欠となる。車に例えると、ガソリンが燃焼することでエンジンが稼動するように、エネルギーは物質の質量を対価に生み出されるものだ」
「じゃあ、逆にエネルギーを消費して質量を増やすことも出来るんじゃない?」
「もちろん」と、あたしは彼女の質問に満足げにうなずく。
「おそらく、魔力とやらは時空間に漂う
「エーテルって、ファンタジーに良くある霊的な力みたいなモノじゃないの?」
「光の媒体――と、十九世紀に持てはやされた架空の物質だよ。二十世紀に入ってから、その存在を完全否定されたけどね」
あたしの
ここで言う「概念」とは、遥か高次元に存在する精神世界みたいなもの。
あとは「概念」が信号を読み取って、その意味を成す現象を物理世界へ向けて顕現させるという仕組みになっている。
ちなみに、水晶石の中には光学チップが埋め込まれていて、それが音声を読み取って呪文に変換する。音声はある法則に基づいた言葉を用い、チップに登録されているあたしの声紋によってしか発動しない。
「大体解ったよ、君の正体とどうやってここに現れたかがね」
そういうと、あたしは胸に輝く水晶石を軽くこすった。
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