六、鳴き声と夏の風物詩
「諸君、待たせたな。今日はいよいよ『ジェラート作り』の実習に入る。準備はいいかね?」
「イエス、マム!」と、まるで軍人のような返事をする生徒達。
「良い返事だ。これより、実験を始める。総員ただちに持ち場につきたまえ!」
「らじゃー!」という掛け声と共に、生徒たちが流れるような動きで、予め決められた班に分かれる。
「さて、早速作る前にジェラートの特徴を答えられる者がいたら挙手したまえ」
「はあい」と手を挙げたのは、
「じゃあ、安倍さん」
「えっと、ジェラートは物質中に含まれる空気の量が35%未満なので、アイスクリームと比べて味が濃厚アマアマで舌触りが濃密ザラザラで、しっかりとした食感を楽しむことが出来るんだよね?」
「おまけに乳脂肪が4~8%ほどと低く、カロリーを気にする女性に大人気の超スイーツという点も挙げられれば満点だったけどね」
ダメだしをしつつも、あたしは彼女の解説に上機嫌でこう付け加えた。
「ただまあアイスクリームとちゃんと比較して答えたから、及第点あげても良いかな」
「やったね」
「ジェラートって、アイスの一種じゃねーの?」
どこからか男子の声。
「アイスといっても、アイスクリームとジェラートは別規格さ。先刻、安倍さんが物質中の
もっとも、アイスクリームと区別される理由は、科学というより法律的な理由だったりする。
さらにいえば、決め手は乳脂肪分とそれを含めた乳固形分の方で、空気含有量によってその比率が変わる。
「じゃあ、アイスクリーム最強じゃん。なんでジェラートにしたし」
「結論を急ぐ前に、まず聞きたまえ。これは『科学』の授業だ、わかるな?」
こくりと、黙ってうなずく生徒たち。
「ならば溶けにくいアイスクリームなんて
あたしはそこで、含み笑いを浮かべながらこう続けた。
「普段はお洒落なショッピングモールにでも出掛けないと中々お見にかからないスイーツの神、そいつを自らの手で作るんだぞ。そこでだ、諸君は知りたくないかね、自分自身で作った『この世に二つと無いジェラートの味』を?」
その一言で、室内の空気が一変した。
「全てはジェラートのために! ジェラートに栄光あれ!」
良くわからないノリで一致団結する生徒たち。その想いは、ただ一つ。
自分たちの作ったジェラートを食す。ただ、それだけである。
そんな彼らに、窓から入り込んだ蛙の鳴き声など耳に入るワケも無く……ん?
「白魔さん、どうかしましたか?」
手前の席で声をかけたのは勇者くん。「彼」は、いち早くあたしの怪訝な表情に反応する。
一方で、あたしの幻視した蛙らしき影は、陽炎のように淡く消える。
気のせい…………なのか?
「いや、なんでもない」と、あたしは「彼」に応える。
「まず先にジェラートの下ごしらえだが、各班の席にそれぞれ卵と牛乳、砂糖と蜂蜜、バニラエッセンス、それと真空パックとストロー、ボールが置いてある」
生徒達が、言われるままにそれらを手に取る。
「まず、卵を割ってボールに開ける。それから牛乳を入れ、砂糖と蜂蜜とバニラエッセンスを入れててよく混ぜる。分量は各々でよく計算して、好みに合わせるように。それから、ボールの中身を真空パックに空けてストローを指した状態でフタを閉じる。ストローは中の液体に触れない程度の位置を保ち、女子が先っぽを加えて程よく空気を吸い込む」
あたしは指先で胸元の水晶石を軽くこする。そして、念を押すように一言付け加えた。
『間違っても、男子が口つけるなよ!』
「あ、アイアイマム……」と生徒達。
それから、あたしは思い出したように教卓の横に置いてあるクーラーボックスの方に視線を向ける。
「それから諸君、ここに氷を用意してある。ジェラートの準備が出来た班から、1パックずつ持っていきたまえよ」
言い終えると、あたしは再び窓の方に視線を戻す。
やはり、気のせいだったのかな…………
そこに蛙の姿は無く、窓の外では木の幹に張り付いた夏の風物詩が、その短い生にしがみ付かんと精一杯の鳴き声を上げる。と、
「ねえ、カムイちゃんも吸ってみる?」
なぬ?
思わず振り返ると、そこには――「カムイちゃん」こと勇者くんに対し、同じ班の女子が真空パックに挿したストローの口を向けていた。
あたしは確かこう言ったハズだ。
「女子が先っぽを加えて程よく空気を吸い込む」と。
そして、今の勇者くんは……あたしのあげた
異世界から来た「彼」をこの世界の生物学に当てはめても良いものか甚だ疑問ではあるのだが、見た目は普通の人間である以上、現段階では外見で判断せざるを得ない。その基準だと「彼」がストローに口つけるのは如何なものかと思う。
まあ、『男の
そんな「彼」が困ったようにこちらを見ている。
その表情には、なんとも言えない愛らしさが滲み出ていた。
「遠慮は要らん、思う存分にやりたまえ!」
あたしは「彼」のかもし出す「可愛さオーラ」に押し負け、思わず親指を立ててGOサインを出す。
ああ、勇者くんの唇が女子の口つけたストローに……
甘美な背徳感を覚えながらも、柔らかな唇は唾液の残る先端にそっと触れた。
なんか色っぽいな…………
一方で準備が出来た班の班長が教卓の横に並び、フタを開けたクーラーボックスの中からパック氷を取り出す。
それを確認してから、あたしは次の段取りを告げる。
「氷はタライの中に全部ぶちまける。それから、用意した塩をビーカーに入れてそれを三回氷に振り掛けて良くかき混ぜる。そうすることで、タライの中の氷の温度が急激に冷えてインスタント冷凍庫の出来上がりだ。この辺りは小学生の頃にアイスキャンディーで経験したことがあるだろう。塩の分量は、良く計算して入れるように」
「はーい」と、軍隊のノリに飽きた生徒が返事する。と、その時――――
ひぃやぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!
奥の方で、女子の悲鳴が上がった。
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