三、語られること無きモノローグ
幼い頃から、あたしの周りには化学や物理、医学、薬学、天文、地理、哲学、歴史…………そして、これらと一緒になぜか魔術について書かれた本があった。
父曰く、「昔の科学は魔術だったんだよ」と言うことらしい。
父は本が好きな人で、いつも幼いあたしに進んで本を買ってきてくれた。
中でも、科学関係の本に興味を持ったあたしに、父は喜んで専門店まで駆け回ってくれたほどだ。
父の言う「昔の科学」とは、恐らく「錬金術」のことを指していたのだろう。
錬金術というのは、元来はこの世の真理を追究する学術のことだった。
しかし、中世以降のヨーロッパでは金需要が急速に高まり、
金をより大量に、より効率的に生成し、コストダウンを図れないか?
そう考え求める貴族層に取り入るために、学者たちが競ってアラブの錬金術を研究し、数多くの論文を出し、富と名声を得ることに終始したといわれる。
そこから、現代に知られる錬金術――卑金属を貴金属に変成する術――という認識がされるようになったようだ。
ただ、これは錬金術に限った話ではない。
例えば、東洋に目を向けると陰陽道も魔術扱いされた科学の一つに上げられるだろう。
あと、天文学についても遡っていくと、占星術に繋がっていることが解る。
あたしは、それらの書物を読んでいく内に科学の面白さに触れていき、次第にのめり込んでいった。
そんな幼少期を過ごしたせいか、周りからはいつも変わり者扱いされていた。
まあ正直、そんなのはどうでも良かったが。
それより、科学についてもっと知りたいと思っていたからだろう。
科学は良い、「嘘」を一切言わないのだから。
すべてが真実であり、真理そのもの。
そして、あらゆる事象、あらゆる物質は、すべて科学で証明できる。
精神分析、天気予報、株価予測、これらはすべて科学の恩恵を受けている。
故に、あたしは科学の他に信じられるものなど、この世のどこにも存在しないと思っている。
あたしにとって、科学は「あたしの全て」といっても過言ではない。
ただし、彼氏は依然募集中なので、そこんとこヨロシク。
そんなあたしが同い年の子と話が弾むワケも無く、小学校の授業が面白いハズも無い。
そこである年の冬、試しに近所にある大学を受けてみた。
そしたら、まあこれがあっさり受かってしまったのだ。自慢だけどね。
ただ、この国の飛び級制度には年齢制限があったので、そこには入学できなかったけど。
なんだよ、入学したらインタビューで「近くにあったから」とか言ってみたかったのに…………
仕方なく諦めかけていたところに、大学側から海外留学の話が来た。
一年ほど向こうの大学で講義を受けながら科学論文を毎月ダース単位で書いていたら、気がついた頃には院に進み、半年近くで修士課程をも終えていた。
中でも取り分け「高次世界線論」と「精神量子化説」については、結構高い評価を受けた。どうよ、すごくない?(ドヤっ)
そんな頃だった、
彼女は医学専攻だったが、あたしが薬学の分野にも手を出していた関係で友人(男)に紹介され、出会ったその夜に彼女の部屋(女子寮)に拉致られた。
その時は、危うくそっちの道に引きずりこまれるかと思ったほどだ。
そんな彼女とも、今では立派な腐れ縁である。
そして――十四になった年、あたしは「特殊魔法理学論」を発表した。
この論文は論争に次ぐ論争を招き、賛否が見事に分かれた。
まだ十代の小娘が「現代科学の常識」に真っ向から喧嘩を吹っかけて来たのだから、当然敵視する者も少くなかっただろう。
「歳相応に子供じみた
まあ、そもそもからして、あたしの取り組んだ研究自体が異端視されるような代物だから、そう酷評されるのも仕方が無い。
その内容とは、魔法――即ち、現存の科学では解明できないような未知の法則――これを科学的観点で解明し、論理的に証明すること。
ぶっちゃけた話、科学の力で魔法を発動させる研究だった。
一昨夜の「勇者くん召喚」も、その実験の一つ。
あれはカバラの数秘術をベースに科学式を組み立て、星の位置による万有引力の変化や自転による遠心力が加わることでその内側に生じる重力波、宇宙線の放射能とその熱量、磁場の強さ、温度や湿度の高さなどを計算し、いつ、どこで、何を使って、どのように儀式を行えば次元の「ゆがみ」を生じさせられるのかを割り出した上で、実験に臨んだもの。
星の位置だけに関して言えば、一昔前に行われていたと言われる魔術の儀式とやらでも重要視されていたようだが、そこには科学的な根拠は含まれていなかった。そのためか、成功したという話は一切聞かない。
しかし、彼らの着眼点はあながち間違いではなかったと言える。
月の満ち欠けが潮の満ち引きに関係あると言う話は有名だが、その原理についてほとんどの人が曖昧に覚えているのと似たようなものだろう。
その後も絶えず論争は続き、約一年の月日が流れた。そして――――
あたしが博士号授与の知らせを聞いたのは、ちょうどホームシックにかかって帰国した後、向こうの推薦状でこっちの大学院に移った頃のことだった。
いや思春期だし、長く親元を離れていたら段々寂しくなったもんで…………
で、あたしの後を追ってか、なぜか
あの女、実はストーカーとかじゃないだろうな?
帰国してからも、一緒に教員免許取ったり、なぜか同じ高校に配属になったりと、何か裏工作でもやっているのかと疑いたくなるほど確率が高い気がするんだけど…………
まあ、そんなことを考えてても不毛なので、気にしないことにしているが。
さて、あたし達がこの高校に配属されて間もない頃、最年少教師として先生方(男)や年上の生徒たちにチヤホヤされてはいたが、一方で快く思わない人たちもいるらしく、校内のネット掲示板『666』に名指しで叩かれていたらしい。
たまたまその書き込みを見た
赴任したばかりのあたしを副担任に推薦してくれたのも、彼女だ。
正直、そのことは本当に感謝している。
そのお陰で、同い年の生徒たちと向き合う時間が持てたのだから。
そのイントラ掲示板で、最近また妙な書き込みが増え始めたらしい。
その書き込みをした人物は自らを『魔王』などと称し、何かを予告しているというのだ。
一体、何のために?
それは定かではないが、ただ一つ言えることがあるとすれば、この書き込みを他の生徒たちが気にし始めているということだ。
そうなると早いもので、噂が噂を呼んで様々な憶測が飛び交い、実態とはかけ離れた
もし、そうなったら…………
「あたしに、何が出来るのだろうか……」
気がつけば、思考が口から漏れてしまっていた。
すると、道家先生があたしの肩をそっと撫でる。
「大丈夫ですよ。あなたは今まで通り、あなたらしく堂々としていれば、それで良いのです。ですから、自身を持って」
先刻の布良芽の情報であたしが落ち込んでいると思ったのだろうか、彼女は優しく励ましてくれた。
「ありがとうございます、先生」
「とか言ってるうちに着きましたよ、職員室」
言いながら、朗らかな笑みを浮かべる道家先生。
この人のクラスで良かった。
あたしは胸の中で、一言そうつぶやいた。
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