三、謎の転校生は勇者さま?
「というワケで、今日からこのクラスに転入してきた
朝のホームルームの時間。
癖のある字で黒板にその名前を書くと、担任の
「彼」は一瞬、緊張した様子で辺りを見渡す。だが冠に埋め込まれた宝玉が白く光った瞬間、まるで舞台慣れした女優のように愛嬌のある笑みを浮かべてから深々と頭を下げた。
「初めまして、カムイです。皆さん、よろしくお願いします」
「やっべ、かわいい」
「まじレベル高くね?」
「天使だ……天使が降りてきた」
「てことは、空から降ってくる系ヒロイン爆誕?」
「彼氏とかいるのか?」
「バカ、考えるなそこ!」
「あの穢れなき瞳を見ろ、あんな純粋な目をした娘がビッチなワケねえだろ」
「お母さん、産んでくれてありがとう!」
「どんな柄、履いてるのかな?」
「テメーこの野郎、何想像してんだコラ。んなモン………………『はいてない』に決まってんだろ!」
「ちょっと、男子きもーい」
「うっせー、お前らだって転校生が男だったら絶対同じこと考えるだろうが!」
「そんなことないモン、そんな下品なこと考えないモン!」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないモン!」
「じゃあ、女子はどんなこと考えんだよ」
「ウチは『受け』かなー、それとも『攻め』かなー、ひょっとして『男の娘』だったりして? とかしか考えたことないよ」
「腐敗しまくってんじゃねえか!!」
「男の娘」という単語に一瞬どきり、胸の鼓動が跳ね上がった。
「ちょっと、みんな静かにしなさい!」
注意する担任の声もエキサイトする生徒たちには届くはずもない。が――――
「あー、あー、テステステス…………」
あたしは胸の水晶をいじりながら、一言吐き出した。
『静まれ俗衆っ!!!』
教室の隅々まで、あたしの透き通った声が響き渡る。
「あ…………」と、誰かが声を漏らした。
そして、教室に静寂が戻った。
生徒たちの視線が、「彼」の隣に立つあたしに集中する。
「諸君、こういう話を知っているかね?」
「あの、白……」と何か言おうとした担任の口を手で制し、あたしは続ける。
「その昔、ドイツに名の知れた錬金術師がいてね、彼は医学薬学はもちろんのこと、占星術にも長けていたが、その余りにも卓越し過ぎた技術ゆえに周りの無知なる人々からは『悪魔と契約した異端者』として怖れられていた。そんなある日、その錬金術師の研究室でこの世のものとも思えない轟音が響き渡った。人々は慌てて彼の部屋に向かったらその男の姿形はなく、辺りに強烈な刺激臭と焼けただれた『何か』の破片、そして燃え残った男の衣服の切れ端があった。部屋は黒ずみ、一切の器具が消えて灰と化していた。それを見た人々は、何て思ったと思う?」
「…………………………」
あたしの問いかけに答える者はなく、ただ重い静寂だけが場を支配していた。
一息入れてから、あたしは答えを述べた。
「人々はこう思ったのさ。『とうとう悪魔に魂を奪われ、身体を灰にされたんだ。あの音は、
生徒たちがごくりと息を飲む。謎の美少女転校生の登場で浮き足立っていた空気は今やなく、ただ凄惨な状況を目の当たりにでもしたような陰鬱とした雰囲気に取り込まれていく。
そんな梅雨の黄昏時みたいなジメジメした暗い空気の中、勇者くんを挟んで隣に立つ道家先生が手を上げる。
「ところで、今の話に何か意味とかあるんでしょうか?」
「もちろん、大アリですよ」と、あたしは胸を張って言い切った。
「諸君は今、妄想の中でこのカムイ君を辱めたのだよ。いや、それを妄想に留めるならまだ良い。が、口に出してはマズいな。本人にとっては不名誉でしかないかも知れんのだぞ?」
「…………はい」と誰かが返事する。
「転校初日という非常にデリケートで不安に満ちた心理状況に置かれた中、周りで自分のことを面白おかしく囃し立てられて好奇の目に晒されるのは、はたして心地良いものと感じるだろうか?」
「ごめんなさい……」
「解ればよろしい。ここには十代の若い性を持て余す愛すべきバカどもは居ても、死んだ後まで相手を嘲笑い、憂さ晴らしをするような下衆は居ないということだ。それだけでも先生は嬉しいよ」
一通り言い尽くしてから、あたしは笑顔で同い年の生徒たちを見渡した。と、そこへ――――
「あの皆さん、改めてよろしくお願いします」
再び、「彼」が見計らったかのように挨拶する。頭の宝玉は、やはり白く光っていた。
なんていうか、この『世界』の空気に馴染み過ぎじゃね?
そんなことを訝しげに思いながら、あたしはふと生徒たちの方に視線を送る。すると、
「おう、よろしくー」
「やっぱ、かわいいわー。このコ」
「絶対、天使だよ天使」
「しかも残念じゃない方の……有能天使だ」
「いや天使長クラスだろ」
「神だ神、女神様降臨!」
「おれ、今日から信者になる」
「よし、ファンクラブ結成だ」
「カムイたそー、かわいいよカムイたそー」
「カムイたんは、俺の嫁」
「だめよ、カムイちゃんは誰にも渡さないわ!」
「ま、まさかの百合発言……だと?」
「百合じゃないモン。普通の友達よりも、ちょっぴり仲の良い姉妹みたいな関係だモン!」
「何その凝った設定? 姉妹とか言って一緒にお風呂とか入る気じゃ……」
「男子さいてー、ふけつー、えんがちょー」
「なんだ最後の『えんがちょ』って……」
「みんな、いい加減に……」
担任の声はやはり届かず。
まったくこいつらは…………
あたしは指先で水晶石を擦る。
『おい俗物ども……
そこでぴたりと止んだ。
「えっと、その話は流石に洒落にならないのでは……ほ、ほら、猫好きな生徒もいるでしょうから」
なぜか、担任からクレームが上がる。
いやいや、先刻の錬金術師の話も十分洒落にならん気がするけど。
「えっと、先生は何を飼っているんですか?」
不意にあたしがそう訊ねると、彼女は嬉しそうにこう答えた。
「いやー、うちの
「なるほど、確かにそれは少々酷な話だったかも知れないですね」
「うっ……」
にやりと不敵に笑うあたしに、道家先生はあからさまな動揺の色を浮かべる。
「と、とにかく皆さん、そろそろ一時限目が始まりますので、今日も一日楽しく勉学に励んでくださいね」
「ああ、適当に頑張りたまえ。根を詰めても身体壊すだけだから、サボれる時は思いっきりサボってリラックスして臨むように」
「はーい」と返事だけは良い生徒たち。
「では、君もしっかりやりたまえよ」
勇者くんの肩を軽く二回叩きながら励ますと、あたしは道家先生と共に教室を後にした。
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