二、ある通学路での実験
「おはよう」と挨拶を交わす声が飛び交う通学路。
いつもと変わらぬ朝の風景。
おかしい、あたしの予想(ネガティブ)とまるで違うではないか!
次元の「ねじれ」とか「すきま」とか、そういった現象がどこにも見受けられないが、実は肉眼で観察できないだけで既に別時空にさまよっている可能性は?
いつもと同じ通学路と見せかけた、まだ見ぬ敵組織の罠である可能性は?
唐突に時空刑事やら次元戦隊やらが現れて、気が付いたら採石場みたいな場所で戦闘になる展開はいずこへ?
いやまあ、これが正常なんだけどね。うん、正しい通学路の姿だよね…………
はあ、しんどい。
「おはよう、
「ああ、おはよう」と、気だるげに返すあたし。
振り向くと、そこには真夏にも拘らず藍のブレザーを着た一人の女生徒の姿。
「安倍さん、今日も朝から元気だね」
「それだけが取り柄だからね。白魔さんは、今朝も変わらずダルダルだね」
「まあ低血圧だし、昨日も遅くまで研究に明け暮れていたからね」
「流石はウチの高校始まって以来の天才少女『白衣の魔王』ってだけあるね!」
「いや、『魔王』じゃないし」
「時の流れは残酷だよ。ついこの間まで『魔女』だったハズが、いつの間にか『魔王』にクラスチェンジしたっておかしくないんだから」
「その発想がすでに残酷だ」
「で、その可愛いのは、だあれ?」
彼女が指差す先、あたしの隣には勇者くんが左右を見回しながら歩いていた。
その襟元を今は七芒星の形をしたピンで留めている。
「えっと、今あたしの実験に付き合ってくれているカムイくんだ。気軽に『勇者くん』と呼んでくれたまえ」
「ああ、なるほど『魔女』の実験に付き合うんだから、たしかに『勇者』だね」
「何か含みがある言い方だが、敢えて飲み込んでやるとしよう。ほれ、君も挨拶したまえ」
そう言って、あたしは「彼」のマントを引っ張る。
「はい、カムイです。よろしくお願いします」
深々とお辞儀するその頭上では、髪飾りに似た冠の宝玉が白く光る。
「礼儀正しいんだね。マリちゃん、そういう子は大好きだよ」
彼女――
ここまでのやり取りの中で本来なら気付くべき違和感を何一つ持たない彼女は、しかし決して異常ではない。
本来、勇者くんが普段と同じ――紫の法衣に真紅のマントを羽織り、その背に長剣を差した――格好をしている時点で、まずそこに注目が集まるものだろう。
別に、彼女のスルースキルが高いからというワケでもない。
まあ、普段から余り細かいことを気にしない性格ではあるが、「彼」の格好はその
異常なのは、この場に流れる「空気」そのものだったりする。
実は一箇所だけ普段と違う点がある。先述のピン留めだ。家を出る前にあたしが勇者くんにプレゼントした物で、電磁波を利用して身に着けている者に対する周囲の認識
安倍さんには、「彼」が高校の制服を着ているように認識されているハズだ。その証拠に、
「カムイちゃんって、どこのクラスなの? スリーサイズは? 好きな男子とかいるの?」
「彼」に対して、早速ガールズトークを始めているのだから。
いや、ほんの遊び心だったんだけどね…………
まさか「女子の制服」がこんなにも似合うなどとは、思いもよらなかったよ。
一応補足しておくと、この
いや、悪意なんて
ただ「彼」を見ていたら、つい可愛い制服着せたくなっちゃって。
それに、「かわいい」は世界共通の免罪符と言うではないか!
………………って、あたしは一体誰に言い訳してるんだろう…………
「そういえばさあ」と、ここで安倍さんが切り出した。
「ウチら今日、科学の授業あるよね?」
「ジュギョウ?」と、好奇心旺盛な勇者くんも食いついてくる。
「ああ、そうだね。今日は安倍さんのクラスだ」
「四時限目が楽しみだ」
「君が楽しみにしているのは、その後の『賄い』だろう?」
「だって科学でまさかのジェラート作りだよ? アイスキャンディ飛び越してジェラートって中々無いでしょ。そりゃあ、食べ盛りな万理ちゃんも大喜びってモンさ」
「食い意地の悪さをソコまで自慢する女子は君くらいだろうね」
「白魔さんだって好きでしょ? スイーツ」
「適度な糖分摂取は脳に良い。これは科学で既に実証されている事実だからね」
「理屈っぽーい」
「学者が理屈を言わなくなったら世も末だ」
「はいはい」と、耳にタコだと言わんばかりに頷く彼女。
一方で勇者くん、ぱちくりと瞬きをしながら真剣な表情で聞いていた。
「どうしたのかね?」とあたしが問うと、「彼」は金色の澄んだ瞳をいっぱいに輝かせながらこう答えた。
「良く解りませんが、なんだか面白そうですね」
「あれ、カムイちゃんのクラスはまだなの? ジェラート灼熱教室」
「ジェラート溶けるよ、その教室……」
「じゃ、じゃあ焦熱教室!」
「ジェラート作る前に色々と燃え尽きてしまうだろう、それは」
などと下らないやりとりをしている傍で「彼」はまた黙り込み、真剣に何かを考えているようだった。やがて、冠の宝玉が黄色く点灯した。
「ワタシも、そのジェラートを作ってみたいです」
ふむ、「黄」は「好奇心」かな?
「ちょうど良い機会だな」とつぶやきつつ、あたしはふとあることを思いつく。
「君も一緒に作ってみたまえ」
「一緒に?」と、今度は安倍さんが首をひねる番だった。
そんな彼女に、あたしは一言こう返した。
「実はね、この子は転校生なのさ」
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