第二章 入塾(ニュウジュク) 6 陽花
桃原千里と名乗った少女は引き続き自己紹介を続けた。
「止社高校に在籍しています。出身中学は
ハキハキとした口調で簡単に挨拶を終わらせたと思うと、慌てたように「あ、この髪の毛は地毛です」と付け加えた。
陽花は、自己紹介中に彼女の目線がやたらと優梨の方に向けられているような気がした。まさか知り合いだろうか。それとも、自分に似たような女子生徒がいると気付いて気になったのであろうか。もちろん彼女の心中を知ることはできない。
「ではみなさん、彼女は学校の授業内容とEHQのクラス内容との間に開きが出てくる可能性があるので、困っていることがあったら積極的にサポートしてあげて下さい」
宮田先生がそのように言って、月曜日の授業後のクラスミーティングはお開きとなり、各々は帰る準備を始める。
「あー、今日も疲れたね。優梨、一緒に帰ろうか」
陽花はいつも通りに事も無げに優梨に声をかけた。
「うん、帰ろ」と優梨も応じて身支度をする。
すると後ろから、先ほど演壇で喋っていたのと同じ声色で話しかけられた。
「あのー」
陽花は千里の声だと認識し、少し驚いたように振り向くが、その目線の方向から自分ではなくて隣に居る優梨に話しかけられたものだと察知した。
「あ、桃原さんだね。何かな?」優梨が応答する。
「大城優梨さんですよね。EHQのリーダーさんだよね?」
「そうだけど……」
「私、新参者だからよろしくね」
そう話す千里の目は美しく澄んでいたが、表情はどこか含みの感じられる笑顔であった。
「よ、よろしく」若干
リーダーだけに挨拶をして、副リーダーの自分には挨拶ないのか、と陽花は思ったが、念のため優梨に一つの可能性を問うてみた。
「優梨、あの子と知り合い?」
「いや。名前も顔もはじめて見たわ」
千里の「よろしくね」の意図がはっきりしないが、優梨を特別視しているようにも感じられるし、まったく深い意味もないようにも取れる。どことなく怪しい雰囲気もないわけではないが、確たる証拠などどこにもない。
そして、わずかの時間の出来事とは言え、優梨と千里が隣に立つと、二人の近似性は際立っていた。もちろん一卵性双生児みたいに似ているわけではない。でも顔の造形は似ている。そして、二人とも美人だ。日比野もそう思ったのだから、自分だけの感想ではないのだ。当人たちはどのような印象を抱いたのだろうか。
「どう思った?」
ライトアップされた高層ビル群を貫く、車通りの多い大通りを
「あの桃原って子が何で挨拶に来たかってこと?」
「そう。何か含みがあるような気がするんだよね」
優梨の発言は分かるような気がする。千里が優梨に言葉を投げかけた時の表情から
「まぁ、リーダーに新来の生徒が挨拶に来るというのは理解できるけど」陽花は念のため千里をフォローする発言をするとともに、『彼女には裏がない』という仮説を立てた。しかし優梨は言下ににそれを反証しようとするロジックを展開し始める。
「じゃあ、何で副リーダーの陽花には声をかけなかったんだろうね?」
「それはアタシも思った。別に声かけて欲しかったわけじゃないけど、普通あの状況なら、アタシにも声かけるよね。『えっ?』って思ったよ。もしかして副リーダーの存在を知らなかったか?」
「リーダーの存在はおそらく宮田先生から聞いていると思うんだけど、宮田先生は副リーダーの陽花や日比野くんにも同等に目をかけているから、リーダーである私の存在だけしか彼女に教えていないとは考えにくいんだよね……それに……」
「それに??」
「何で、一目見て私がリーダーだって分かったんだろう?」
確かにそうだ。リーダーも副リーダーも、サッカーのキャプテンの腕章のように、一目でそれと分かるようなものを特に身につけたりはしていない。ちなみに滄女の高校の制服に名札はない。
「それも宮田先生が?」
「宮田先生の手元にうちらの顔写真はないでしょう? だってここの入塾申込書は、履歴書のような証明写真の添付欄はなかったはずだよ」
「確かに。宮田先生の手元に生徒の写真はないということね」
「そう。だからたぶんこんな具合よ」そう言うと、優梨は一人二役の芝居を始める。
「『このクラスの大城さんってどんな人ですか?』『成績一位の子であなたがこれから行く理系EHQクラスのリーダーでもあるわ。困ったことあったら彼女に相談して』『あと、大城さんの見た目はどんな感じの人ですか?』『どんな感じ、って訊かれると難しいけど、茶髪で痩せぎすの女の子よ』っていう会話がなされたと思うの」
陽花は納得がいかず咄嗟に反論する。
「えっ? 優梨を表現するのに『茶髪で痩せぎす』っていうのは失礼だよ。『美人でスタイル抜群でコケティッシュで、女優で言えば
「えっ? そこ!?」優梨は拍子抜けして転びそうになった。
「だって、優梨はスカウトが来るくらい美人じゃん」
「いや、そう言ってくれるのは嬉しいけど、これはただの一つの例だから……論点はそこじゃないよ」
「ま、そうだけど、『茶髪で痩せぎす』っていうのは、いくら何でも自分を卑下し過ぎだって。聞き捨てならなかったよ」
「ありがとう。陽花のお墨付きもらったからもっと自信持つわ、これから。で、私が言いたかったことは……」
「桃原さんの方から優梨のルックスなどの情報を求めてきたこと」
「そういうことよ」
やっと陽花は、優梨の見解を言い当てたようだ。
「つまり桃原さんは、優梨のことを何かしら意識している可能性があるってこと?」
「たぶんそうじゃないかな。理由は分からない。ひょっとしたら私の考え過ぎかもしれないけど」
「まぁ、優梨は綺麗で優秀だから、嫌でも目立つと思うけど。
「綺麗とか美人とかは、もういいから……」優梨は少し呆れ顔をしてみせた。
「でも、確かに似てると思った」
「何が?」優梨は訝しげに訊いた。
「何がって。優梨と桃原さんだよ。日比野くんも言ってたじゃん?」
「いやー、似てないよぉ」
「そうかな。瓜二つとまではいかないけど、何となく似てると思ったんだけどなぁ」
「どうなんだろう。私は与那覇侑子に似てると言われた方が嬉しいかな」と言って優梨は失笑する。
「もちろん優梨の方が、与那覇侑子に似てる。だって優梨の方が美人だもん」
「ありがとう。やっぱり陽花は親友だわ」という、優梨の表情は、お世辞でも嬉しいよ、と語っている。
「本当にそう思ってるんだからね」陽花は膨れっ面を見せて言った。
「はいはい。ありがとうね」
気付くといつの間にか、二人は千種駅のプラットホームに到着していた。
ふとした疑問から展開された推度によって、ひょっとして思い過ごしではないかとも考えられる議論であったが、その後それが単なる思い過ごしではなかったことが判明することになる。
真面目に少しばかり議論しながらも、心のどこかでは軽視していた内容だった。しかし、桃原千里という生徒は、予想の一つ二つ上の行動をとって、優梨や陽花を
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