第一章 入学(ニュウガク)  13 鵜飼

 鵜飼は、キック力を買われてバックスの中のフルバックを務める。ただ、いくら経験者であっても新入部員なので、まだ控え選手であった。

 鵜飼は先輩の西本とは比較的良く話す間柄であった。というか、西本は鵜飼をどういうわけか可愛がっていて、よく話しかけてきた。

 西本は、今日はどうしても外せない用事があると言って、部活を休むという。鵜飼は怪訝に思った。どうしても西本には訊きたいことがあったので、呼び止めて訊いた。

「西本さん、今日は部活来られないんですか」

「ああ、ちょっとな。おふくろが入院しちまってな」

「そうですか。ちょっと訊きたいことがあるんですが」

「何だ?」

「あの、西本さん。風岡との間に何があったんですか?」

「あいつが急に殴り掛かってきた」

「風岡が? 何の前触れもなく殴ってきたんですか?」

「あいつの桃原に対する行為を、咎めたら逆上してきてな」

 鵜飼は違和感を払拭できない。

「すみません先輩、どうしても俺は、あの風岡がそんなことをするようには思えなくて」

「痛いところつかれたから、キレたんだろうよ。結構、あいつヤバいぞ。監督が風紀を乱すからって、練習をさせない理由もよく分かる」

「そうですか。あ、あと西本さん。先週の土曜日、眼鏡の女の人が話しかけてきて西本さんの居場所を訊いてきたんですけど、あの人って誰ですか?」

「あーあーあいつか。お前もしつこいな。ただのダチだよ」西本は面倒くさそうに答える。

「そうですか。俺は桃原さんに似てるように見えたんですけど」

 西本は表情を曇らせた。

「桃原? あいつは赤毛じゃないか。その女、髪黒かっただろう?」

 どうだったかなと、当時の記憶を振り返るが、曖昧で判然としない。

「じゃあ、桃原さんのお姉さんとか?」鵜飼は適当な返答で繋げつつ、「で、あと……」と、もう一つの質問を続ける。

「何だ? うるさいな。俺はもう行かなきゃならねえんだ」西本は荷物を急いでまとめようとする。

「あと、一個だけです。あの、先週の土曜日、先輩にしては珍しく早く帰りましたよね? いつも結構遅くまでいるのに」

「何だ? 俺だって早めに帰りたい時だってある」

「その、言いにくいんですけど、風岡と桃原さんを追うように、帰っていったように見えるんです。西本さんも地下鉄を使っているから、あの二人を見てたんじゃないかな、って思ったんです」

「何が言いたいんだ?」西本は鵜飼を睨みつける。

「いえ、それだけです。失礼します」そう言って鵜飼は西本から去っていった。


 鵜飼はすぐさま、風岡に電話をかけた。

「もしもし風岡?」

『お、鵜飼か? どうした?』思ったより風岡の声は明るい。

「お前は、本当に悪くないんだよな?」

『あの、事件のことか? 確かに俺は西本さんを殴ったけど、それ以外のことは断じて悪くない。でっちあげだ』

「そ、そうだよな? 俺もお前がそんなことするなんて信じられない」

『鵜飼……ありがとう。俺もまだ捨てたもんじゃないな』

「そう信じている。あのな、例のお前の映っている動画だけどな、あれ誰が撮ったのかなって疑問に思っていてさ。それで、お前がやってないという可能性を考えて、情報を集めてみようと思ってな。まずは西本さんと話をしたんだ」

『まじか! 何か言ってたか? 先輩は』

「ああ。端的に言うと、撮影の犯人は西本さんだと思う。直接的にではないが、それをほのめかす質問をしたらひどく動揺していた」

『やっぱりか』

「やっぱりって、知っていたのか?」

『もし、何かの陰謀が渦巻いていて、それが校内の人間の仕業だとしたら、結構人間がしぼられる。俺を嵌めることで利益になって、さらに桃原と事前に打ち合わせができる人間……西本さんは、言っちゃ悪いが、じきに俺にウイングのレギュラーのポジションを奪われると思っていた。だから俺を貶めることによってレギュラーを死守しようとした』

「桃原さんと西本さんがグル……」

『そう考えるのがいちばん自然だろう』

「でも何で、桃原さんは風岡を嵌める必要があるんだ」

『それはよくは分からんが、桃原は何か企んでいるに違いない』

「お前も分からんのか。そっか。あのな、実は影浦もお前を助けるために、情報を集めているらしいんだ」

『あいつには頭が上がらんな……』風岡はどこか感慨深げに言う。

「いま、桃原さんのところに行っていると思う。そのことを影浦に伝えなくてもいいか?」

『あいつも、結構洞察力に優れてるから、それくらい気付いているかもしれん。俺から伝えとくか』

「お前からも頼みたいけど、俺からも伝えたいと思う。影浦の連絡先を教えて欲しい」

『ありがとう。分かった。俺から影浦に、お前の連絡先を伝えると連絡を入れておくよ』

「了解」


 風岡から鵜飼のスマートフォンに、影浦の携帯電話の番号とメールアドレスが記されたメールが届いた。

 鵜飼は悩んだ挙句、メールを送った。

 即時性としては電話による通話が優れるが、不用意に電話をかけていいものなのか。つまり、影浦は千里に接触している可能性が高いのだ。取りあえずメールを送ることにした。

 すぐに応答はないだろうと気を許しかけていたら、すぐに返信が送られてきた。どういうわけだか内容はすべてひらがなである。しかし、鵜飼はすぐに状況を理解することができた。鵜飼は自分の電話番号を本文に入れて、メールを送信した。


 もちろん、不自然な点は残る。西本の居場所を尋ねてきた人が黒髪であったという点だ。もしそれが本当なら千里であるわけがない。西本がたらを言っているのか。しかし、鵜飼はその女性に西本の居場所を尋ねられた。髪色までははっきり覚えていないが、よくよく考えると、千里の代名詞と言うべき特徴は、蘇芳色の美しい髪だ。髪色を覚えていないということは、赤毛ではなかった可能性を裏付ける一因になり得ると思わざるを得なかった。

 となると、さらにもう一人グルの女性がいるのか。はたまた、事件とは無関係な西本の言う単なる友人なのか。ただ、千里ではないとしても、背格好はどことなく千里に似ていた。帽子を被り眼鏡をかけていたが、それでも相手が目を見張る美人であったことはしっかりインプットされている。鵜飼が適当に答えたとおり、千里の姉か何かだろうか。もちろん千里に、姉妹がいるかどうかなど鵜飼は知らないのだが。

 取りあえず、鵜飼も後を追ってみようと思った。監督と主将キャプテンに、急な腹痛が襲ってきたと、ベタな仮病で部活を休むと伝えた。西本は駅とは反対方向に足早に歩みを進めたようにみえる。校門を出ようとしたところ、意外な人間の姿を目撃した。

「何でお前がいるんだよ?」

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