第19話

「ねえねえ、聞いた?

4年生の教室と2階の女子トイレに、蛇がうじゃうじゃ現れたって話……」


「ええ?何わけわからないこと言ってるのよ?

そんなことあるわけないじゃないの」


「でもでも、たしかな筋の話だと、目撃した生徒達って、ごく普通の生徒で、とても嘘をつくタイプではないって話だよ」


「たしかな筋って言ってる時点で怪しみなさいよ。

どうせイタズラの類いでしょ、そんなの。

ようく考えてご覧なさいよ、その離れるが事実なら、今頃学校中が蜂の巣を突ついたみたいや騒ぎになってて、授業どころでないでしょ?」


「どこかに逃げたのよ、きっと。

今もきっと校舎の中を徘徊していて、私達に襲いかかろうとチャンスを狙っているのよ」


「嘆かわしいわねえ、高学年がそんなの本気で信じているなんて知られたら、恥ずかしいわ。

お願いだから、ここだけの話にしてちょうだい」


「そうは言うけどこの話、もう学校中に広がっているわよ。

先生達は話をくい止めようとしていたみたいだけれど、生徒の情報網を甘く見過ぎていたみたいね」


「うれしそうにしない。

私、蛇が苦手なのよ。

そんな話あんまり聞かされたら、発狂しちゃうかもしれないわ」


「あはは。

ま、やっぱりイタズラかもしれないわね。

どうも現実味に欠ける話には違いないし……」




今日の午前中に発生したとされる蛇の怪談話は、瞬く間に全校生徒の耳に届いていた。


話を聞いた生徒の大半は、ただのイタズラだろうと本気には受け取らなかった。

それがまともな反応であろう、いきなり蛇が給食袋や便器からゾロゾロ這いずり出て来て、目撃者を襲った。

そして駆けつけた教師らが確認したところでは、蛇が暴れた形跡は見当たらない。


作り話と思われて当然だろう。

こんな話、まともに信じる人間がいるものか。

所詮は噂と片づけられると仕方ないもの……


「おかしな話が広がっているみたいね」


「どこもかしこも蛇ちゃんの話ばかりよ。

久しぶりじゃないの、一つの話がこんなに広がるの?

話としては今一つだけどねー、真実味が薄く思えるけど、あえてあり得ないっぽいところがポイントかな?

聞いた人間の想像力を上手く刺激する話だと思うのだけど」


「けど、所詮は作り話でしょ?

教室中の給食袋やトイレからって、さすがにね……トイレはともかく、クラス全員の給食袋って、どれだけ面倒な作業よ?

1人1人の給食袋を開けて蛇を放り込んでおくのだって、手間がかかって非効率的よ。

蛇だってどれだけ用意しているのよ、持ち運びするだけで目立って仕方ないでしょうに……一つ一つ見ていくだけで、作り出しに過ぎないって安易にわかるわ」


「マリリンは否定派?

ま、致し方ないか。

証拠重視の現代社会でこんなぶっ飛んだ話、なかなか受け入れられはしないわよね」


「当たり前でしょ、こんな聞いただけで即判断がつく話……よくもここまで広がったものと感心するわよ。

そんなことよりも現実に起きている事件の方が私には怖いけどね、こちらは間違いなくリアリティのある話なんだから。

……どうしたの礼音?」


「え……?」


麻里矢に名前を呼ばれ、顔を向ける礼音。


「呼んだ?」


「ええ、呼びました。

……心ここにあらずの体ね礼音。

あなた今日は朝からそんな調子よね?

そっとしておくのがいいかと思って触れずにいたけれど、気になるから聞いてしまうわね。

……礼音、朝からずうっと博人君のことチラチラ見てるわね?

あなたの視線の動きが気になって追いかけてみると、全部博人君のいる方向に向けられてるわ。

……相当気にしているようだけど、大丈夫?」


「……ね、今日の博人君、何か落ち着きないと思わない?」


「え?」


礼音に指摘されて、波留と麻里矢も目を向ける。


博人は一見、普段と変わらないように見える。

普通に友達とも会話しているし、慌てている風な様子もない。


「……そう?

しょっちゅう見てるわけじゃないけど、そんなに特別違うようには見えないけど」


「……ううん、やっぱり普段と違うよ。

博人君て、あまり物怖じしないって言うか……そんなにそわそわしたりしない性格に思えるの。

周りのことに気を取られずに、どんと構えているというか……

それが今日はやたらと何かに気を取られてるみたい。

授業中もあまり集中出来てないみたいで、キョロキョロしているし……

あ、ほら、今もそうだし……」


3人が見ている前で、キョロキョロとあちこちに目を配る博人の様子は、何だからしくない。

表情に不安が浮き出ているように見えるのは、3人の思いすごしか、それとも……


「ふうん、言われてみればね…‥

ちょっと秀才らしからぬ風かしらね。

まあ、そんな時もあるんじゃないの?

年がら年中意識して集中してたら、どこかで破綻が来てぶっ倒れるって」


「どうしたんだろ、あんな博人君て珍しい……何か気になることでもあるのかな?」


「気になるなら聞いてみたら?」


麻里矢の唐突な言葉にギョッとし、礼音思わず後退。


「いや……それはちょっと」


「おーい、秀才。

ちょっとこっち来てくんない?」


波留の呼びかけに博人が振り向き、不思議そうにやって来る。


「呼んだ?」


「呼んだけど、秀才の呼び方で来るな。

嫌味かい。

……まあ、いいわ。

ちょっと礼音ちゃんがあんたに聞きたいことあるって」


今度は波留の言葉にギョッとし、さらに後退する礼音。


「あの、波留ちゃん……」


波留の腕をつかんで止めるよう合図を送る礼音だったが、完全無視。


「礼音ちゃんが僕に?

ふうん、何の用かな?」


昨日の件についてはすでに気にしてないのか、ニコッとした顔を向ける博人。


「うん……あの、あのね。

今日の博人君て、ずいぶんそわそわしてるなあって見えるんだけど……何か気になってるのかなって思って……」


礼音の指摘に一瞬黙り込む博人だったが、すぐに苦笑いの表情になって頬を掻く。


「そう‥…そんな風に見えたかい?

参ったな、やっぱり意識して気をつけてるつもりでも、どこかで行動に表れてしまうか。

ハハ、いやあ、僕もまだまだだなあ」


「珍しいわね。

あなたがそんなに勉強以外に気を取られるなんてさ。

どうしたってのよ」


「いやあ……その……あのさ、君達だから思い切って聞いちゃうけどさ、どうか笑わずに聞いて欲しいんだ」


周囲をキョロキョロと気にしながら、急にヒソヒソ声になって前屈みになる博人にびっくりの3人。


「何、何か秘密の話?」


波留が身を乗り出す。

博人の様子から何かあると見て、興味を持ったらしい。


「……このこと、どうかここだけの話に留めておいて欲しいんだ。

僕がこんなこと言うの、おかしいと思われちゃうだろうから……約束出来る?」


「出来る出来る。

もちのろんよ、私達クラスメートじゃないの」


「朝方は御礼参りしようってわめいてたくせに」


「んで?

何が気になっちゃってんのよ?

相談に乗ってあげるから話しちゃいなさい」


「…………君達、今広まってる話、どう思ってるのかな?」


「それって蛇が学校のあちこちから出て来てあれこれの?」


「そう……それってさ、本当なのかな?」


「は……」


博人の言葉に、思わず聞き違いをしてしまったかと、3人は顔を見合わせてしまう。


「……何つった、今?」


「だから……例の噂話は本当なのかって……どれだけ真実味のある話なんだろうと気になってさ」


博人からおふざけの雰囲気はまるで感じられなく、またまた顔を見合わせてしまう。


「博人君、君……疲れてるんでない?

秀才ともあろうお方の意見とはとても思えないのだけど?」


「これはいよいよ勉強のし過ぎでヤキが回ったかしらね?

真剣に話しているなら、ちょっと休んだ方がいいわよ」


「博人君、大丈夫……?」


3人それぞれから気遣いの言葉をかけられ、たじろぐ博人。


「そ、そんなにおかしいかな?

僕はつとめて冷静のつもりなんだけど……」


「あのね、さっきまで私達もその話をしていたんだけどね。

給食袋や便器から一斉に蛇ちゃん達が出て来て、襲いかかって来ました。

目撃者は自分だけですけど。

この話、本当に起こったことなんじゃないかって疑ってるっておっしゃってるのよ、あんた」


波留にまくし立てられ、立場の悪さに気付いてか、罰の悪い顔になる博人。


「……誤解しないで欲しいのだけど、信じてるとは言ってない。

あくまで可能性の話をしているだけであって……」


「可能性を疑ってる時点で、半分は信じかけてる証拠でしょうが。

……話してごらんなさい、どうしてそんな愚かな考えに囚われることになっちゃったのかを」


「いやあ、別に……ただの興味本位からだけど」


笑ってごまかしにかかる博人であったが、表情の強張りから、嘘であるのが女子連中からはバレバレ。


「あんた嘘が下手ねえ。

所詮、秀才には不似合いなのよ。

嘘ってのは、女の専売特許なんだから。

素直に白状する?

それともこっちか?ん?」


そう言いながら博人に向けて、固めた拳を見せつける波留。


「ちょ……ちょっと待った。

わかった、わかったって。

ぜひ聞いていただきたい話があるから、君達の意見を聞かせてくれるかな?」


「いいですとも。

始めからそれくらい素直に接してくれれば、話もスムーズに運んでたのよ。

で、話ってのは?」


波留に高圧的に促されても尚、逡巡する態度の博人だったが、再び握り拳を見せつけられて、態度は決まった。


「これ、しばらくはオフレコでお願いしたいんだ。

現時点でどう対処したらいいか、わからなくてさ。

実は昨夜のことなんだけど……」


博人は自宅に事件の犯人だと名乗る誰かから電話がかかって来たこと、そして今日学校で何かが起こると宣言していたことを話して聞かせた。

多少の脚色を施し、肝心どころは隠して。


「……それで、その電話の人物が話していたのが、その噂話に関係あるかと思ってね」


「……何それ、気持ち悪い」


「妙な話もあるものね」


「全くだわ。

大体、どうしてそんな電話が博人君にかかって来るわけ?

私だって怪しい電話の一つも受けたいわよ」


ずいぶんと変わった言いがかりもあったものである。


「いやあ、僕に言われても何とも……」


「……怪しいわね。

まだ何か私達に隠してることがあるんじゃないの?」


波留の疑惑の視線にさらされ、肝を冷やす博人。

大人であろうが子供であろうが、女のカンの鋭さは男の脅威に他ならない。


「いやあ、君達、前で隠し立てなんて……でも本当、どうして僕のところに連絡して来たのか、わからないし不思議でもあるんだ。

それに何者なんだろう。

変にくぐもった声で話していたから、特長も消されていたし、男女の区別もつかないし」


「頼りない話ねえ。

そういう時はね、こっちから色々誘導尋問をかけて、知りたい話を引き出すのが常道じゃないの。

あんたそれでも秀才なわけ?」


あからさまな波留の指摘に、博人は段々泣きたくなって来る。


「そう言われると、返す言葉もないなあ……ハア」


「ハルル、それは少しばかり言い過ぎよ。

そんな柔軟な頭の使い方を実践するには、まだまだ人生経験が未熟なんだから。

視野の狭い子供にそこまで求めるのは、いささか難儀というものよ」


「マリリンちゃんも言い過ぎ……あの、博人君。

その……元気出してね」


「うん……ありがとう」


博人は礼の言葉を述べる。

なぜ自分は励まされているのかと考えながら。


「話を戻すけど、電話の件は確かに怪しいわ。

どこまでを信じるべきか判断に迷うところだけれど、自ら事件の犯人を名乗るばかりか、今日学校で騒ぎがあるのを匂わせたりしている。

だけど……みんなも想像ついてるだろうけど、そんな怪しい人間だからって、出来ると思う?

無理よ、どう考えたって。

何をどうしたらそんな芸当が可能になるわけ?

そんな方法があるなら、是が非でもお目にかかりたいわ。

……原因は正直、頭を悩ますところだけど、やはり噂は噂よ」


「……やっぱりそういう結論になるかな。

僕が聞いた電話の件と噂話がたまたま重なっただけの偶然だったのかなあ?」


「そうだよ。

こんな話、もう止めようよ。

何だか気持ち悪いもん」


「ま、小学生がする話にしては陰気なのは確かね。

噂話は噂話、電話の件はイタズラ。

それでいいわね?

文句ある男は前に出なさい、私の右フックお見舞いしてあげるから」


「ありませんて。

てか、どうして男限定なのそれ?」


その時ー


ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ…………!


けたたましい非常ベルの警報が、学校全体を揺るがすように鳴動し始めた……




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