第18話

その異変は一時間目の授業中に発見された。


そのクラスでは体育の授業中が行われており、教室はガランとしてしまっていて簡素なもの。


そこに1人の男子生徒が息を切りながら走ってやって来た。

彼は授業で使う紅白帽を忘れてしまい、慌てて教室まで取りに戻ったところである。


「あったあった、これで一安心だ」


無事に紅白帽を見つけて大急ぎで戻ろうとした時、その異変は起きた。


それぞれの机の脇には荷物をぶら下げておけるよう、フックが付けられている。

大概のフックにはほぼ例外なく、給食時に着用する割烹着を入れた給食袋がぶら下げられている。


その給食袋が一斉に動き始めたことに男子生徒は固まり、唖然として立ちすくんだ。


それは実に奇妙な動きをしてうごめいている。

まるで給食袋の中で何かが暴れているような……


生徒は一刻も早く教室から逃げ出すべきだと自分に言い聞かせていたが、身体が硬直してしまい、どうにもならない。


誰か来てくれ……

そんな祈りをしたところで、誰も来ないことは、よくわかっている。

泣き出したくなるのをこらえ、何事も怒らぬよう、神様に祈りを捧げる。


祈りは、通じなかった。


一つの給食袋の口が内側から押し広げられてゆき、一匹の蛇が頭を現した。


なぜ給食時に蛇が?

混乱をきたす生徒の前で、さらなる壮絶な光景が展開される。


一つの給食袋から蛇が姿現したのをきっかけにしたよいに、他の生徒は給食時からも次々と蛇が姿を現しては、長い胴体をニュルリと引きずり出しては、床へと着地してゆく。


それも祈りだけではない。

どうなっているのか、一つの給食袋からさらに一匹、もう一匹と蛇の群れが姿現した現し、瞬く間に床一面蛇だらけになってしまっていた。


「あ……あ……」


男子生徒めがけて、蛇の行進が始まる。

何百何千という群れが感情のない目を光らせながら牙をむく様は、獲物を仕留めにかかる捕食者そのもの……


「……るな、来るな。

こっちに来るなァァァァーーーーッッッ!!!!!」


叫びが合図になったかのように硬直が解け、全速力で走って逃げ出す。

振り返ることなどしなかった。

蛇の群れが自分をどうにかしようと追いかけて来ていると思うだけで、あまりの恐ろしさに考えもしなかった。



それから10分後ー


男子生徒の報告を受けて、担任の教師が急いで教室にやって来たが、蛇の群れなどどこにもおらず、ガランとした空間が広がっているばかり。


指摘を受けて、いくつかの給食袋の中身も確かめられたが、やはり蛇が隠れていたりはしておらず、生徒は呆然。


あれは見間違いだったのか?

あんなにリアルな白昼夢を見るなどということがあり得るのか。

男子生徒は自分の目が信じられなくなった……


異変は終わらない。


二時間目の授業中、1人の女子生徒が尿意を覚え、授業中トイレへと駆け込んだ。


何とか間に合いホッと息をつき、さて戻ろうかと水で流そうとすると、なぜだか水が流れて来ない。


あれ?

生徒は何度も水を流そうとするも、上手く行かない。

もしかしたらどこかで詰まっているのだろうか。

これは困ったと思っていると、何やらどこからか不可思議な音が聞こえて来るのに気が付く。


耳を澄ましてみると、その音はトイレのそこかしこから聞こえており、徐々にこちらに近づいて来ているのか、段々と大きな音になっている。


ついにはタイル張りの床から、地響きを感じるようになり、生徒の気持ちに不安が芽生える。

よくはわからないが、これは只事ではない。

すぐにこの場所から離れる必要がある。


そうしようと個室トイレから出ようとした生徒の目が異変を捉えた。


便器が何やらガタガタと小刻みに震え出し、溜まっている水を揺らして波風を作り出している。


何………?

不安の他に恐怖も芽生えた生徒はその場に立ちすくみ、硬直。

逃げなくてはならないとはわかっているが、足腰がいうことをきかず、どうにもならない。


それは静かに女子生徒の目の前で起きた。


先程まで使用していた便器から、蛇がヌルリと姿を現し、驚愕の表情を浮かべる女子生徒をジイッと見つめてきた。


蛇は長い胴体を便器から引っ張り出し、鎌首を徐々に持ち上げ、ついには女子生徒と同じ目線の高さまで伸ばして見せる。


動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けー


自分に最も望む願望を繰り返して心で呟く。

わずかに足を動かせ、歯痒さを感じながら後退する。

視線を外そうともしない蛇にじっと見つめられながら。


どうにか一歩下がったところで、今度は反対の足を後退。

お願い、お願いだからもっとスムーズに動いて。


個室トイレから何とか出た女子生徒はホウッと長い息をつく。

どうにか出られた‥…が、それで終わりではなかったのだ。


不意に視線を感じて、気配を感じた方向に目を向けてみる。


隣の個室トイレから鎌首をもたげてこちらを見つめる蛇の姿。

さらに別方向からの視線に目を転じると、他の蛇の視線が。


何なのかこれ?

女子トイレにどうしてこんな別方向が次から次へと姿を現すの?


見つめり蛇達がいっせいに大きな口を開いて牙を見せつけ、威嚇の声を浴びせる。


「……こんなのって嫌よ。

こんなの絶対………嫌っ!!!」


女子生徒が解き放たれたように逃げ出す。

その背後めがけて、蛇達が一斉に攻撃を加えにかかる……




廊下の片隅でガタガタ震える女子生徒を発見した教師は指摘を受け、女子トイレを確かめてみたが、どこにも蛇の姿は見られず、水もきちんと流れることを確認。


学校は相次ぐ蛇出現の報告に当惑を隠せない。

立て続きの報告は不思議であるが、教室にしろ女子トイレにしろ、怪現象はどこにも見られない。


明確な結論を見出せないまま、時間だけが過ぎる。

これは生徒達の質の悪いイタズラではないか。

それ以外の説明がつけられないことから、強引に幕引きを図る学校側であるが、何の意味も成さなかった。



これはまだ終わりではなかったのだから。






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