第15話

「礼音ちゃん、ちょっといいかな」


帰ろうとしたところ、博人に呼び止められて、ビクリとする礼音。


「……何?」


「うん、ちょっと折り入った話があるのだけど、構わないかな?

出来ればその、2人きりで……」


最後の方は礼音の背後でやり取りを見ていた波留と麻里矢に向けられたもの。


「邪魔?」


あからさまな波留の言い方に、苦笑する博人。


「いや、そうじゃないけどナイーブな話だから……10分もあれば終わる話だから、少しだけいいかな?」


「つまり邪魔ってことよね」


「いいわ、私達外で待ってるから。

ほら、ハルル行くわよ。

そんな狂犬みたいな顔しないの」


「ごめんね2人共。

ちょっとだけ待っててくれる?」


「……10分経っても来なかったら踏み込んでやるから」


そして行きかけたところでパッと礼音の耳許に口を寄せ


「後でたっぷり聞かせてもらうかんね」


そう言い捨ててさっさと教室を出て行く2人を見送り、博人に顔を向ける礼音。


「急に呼び止めたりしてごめん、思い立ったらどうしても確かめたい性分だから……」


「いいけど……それで話は何?」


「うん。

ズバリ聞いちゃうけど、礼音ちゃんはどう思ってる?

寧々ちゃんとケイちゃんについて」


「え……どうって……」


「礼音ちゃんは春先まで、2人と同じ班だったろ?

もしかしたら一緒にいたからこそ気が付いたこととかあるかなって思ってさ」


博人の指摘を受け、にわかに鼓動が速まる。

黙り込んでしまった礼音の表情を確かめながら、言葉が続けられる。


「どうかな?

同じ班にいた頃、色々話したりしてるよね?

何でもいいんだ、どんな話をしていたかな?

同じ班になってよかったとか、給食当番や掃除が大変だとか、学校行事のオリエンテーリングが疲れたとか……礼音ちゃん、大丈夫?」


覗き込んだ礼音の顔は青ざめ、ワナワナと唇が震えている。

今にも泣き出しそうな状況に博人も質問を止め、心配の眼差しを向ける。


「ちょっと僕の聞き方がまずかったかな?

なるべく慎重に話してたつもりなんだけど、もしも傷つけるようなことを言ってしまっていたならごめんよ」


「ううん、そうじゃないから……ごめん、私、もう行くから……」


泣き出したくなる衝動をおさえながら駆け出す礼音。

博人は無理に止めることはせず、ただ走り去る礼音の後ろ姿を見送っていた。




正面玄関先で待っていた波留と麻里矢は、一目散に走り去る礼音の姿にしばし唖然として佇んでいた。


「……今のって礼音ちゃんよね?」


「そうよ」


「私達に気が付かなかったのかな?

マリリンどう?」


「追いかけるの!」


そう言って礼音の後を追いかけ始める麻里矢を慌てて追いかける波留。


「ちょっと待ってよ……!

何がどうなってるのよ……」




「ダメか……」


博人は息をつき、空いた寧々の席へと腰掛ける。


先程までの礼音とのやり取りを振り返る。

話を始める前までは礼音は落ち着いていた。

それが博人が寧々とケイの話をし始めてから、明らかに動揺をきたした様子。



博人は確信する。

礼音は何かを知っている。

寧々とケイが話していた秘密を持ったクラスメートは礼音に違いない。




「礼音!待って!」


後ろから波留と麻里矢が追いかけてくるのを感じながら、礼音は全力で振り切ろうとさらに足を速める。


このまま家には帰りたくない。

まだ狛江は帰ってないだろうが、こんな情けない顔を見られて問い詰められるのは耐えられない。


2人との距離が離れているのを見計らい、礼音はパッと方向を変えて蛇丸神社の境内に逃げ込む。


ごめんね、波留ちゃん、マリリンちゃん。

とてもじゃないけど、とても2人に合わせる顔がない……


本殿の床下に滑り込んで身を隠し、様子をうかがう。


…………2人が追いかけてくる気配はない。

そのことにホッとしながらも、同時に罪悪感にも駆られて自分が嫌になる礼音。


1人きりになってこらえていた涙が溢れ出し、ポタポタと地面にしずくが落ちる。

恐ろしくて仕方なかった、博人もとうとう、私の秘密に疑いを向けて来たんじゃ……


でも、どうしてだろ?

寧々ちゃんもおケイちゃんも、誰にも話してないはずなのに……


「……これからどうしよう」


途方にくれていた礼音のそばに、何かが音もなく近寄って来る気配にハッとさせられる。


「誰?」


礼音の呼びかけに返答はなし。

昼間でも薄暗い床下は視界が悪く、誰かがいたとしても、姿を確かめるのは難しい。


「……誰かいるの?」


礼音は身構える。

何者かはわからないけど、確実にこちらにやって来る気配……

逃げようか。

全身のバネを使って床下から飛び出そうとした礼音、急に緊張を解いてフウと息をつく。


「何だ、アナタだったの……」


礼音の顔見知りが姿を現したことで、安心して体勢を崩して相手を迎える。


大きく長い胴体をくねらせながら姿を現したのは、この本殿周辺を縄張りにしている大きな蛇。


「こんにちは、ヌシさん。

ご機嫌いかが?

私は……最悪」


ヌシとは礼音がつけた蛇の呼び名だ。

弱々しい笑みをのぞかせながらヌシを迎えた礼音は片手を差し出し、匍匐前進の体勢のまま歓迎の意を表す。


差し出された礼音の手に頭をこすりつけ、指先を細い舌でチロチロと舐めるヌシ。


「ありがとう。

慰めてくれるの?

人間が蛇さんに慰められるなんて、本当にダメね私って……」


ヌシは礼音の懐まで近づき、鎌首を上げて静かに首に巻きつき、頬を擦り寄せる。


「遊びたいの?

……お相手してあげたいけど、今はそんな気になれなくて……少しこのままでいさせてくれない?

わがまま言ってごめんね、ヌシさん」


礼音はヌシの胴体を抱き寄せ、静かに涙を流す。

頬を流れ落ちる礼音の涙を、感情の読めぬ目でヌシが見つめている……







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