第14話

蛇丸神社境内から発見された男の身許は、以前として判明していなかった。


昨日の今日で所持品もない現状だ、仕方のないところではあるのだが、こうも何もわからぬ膠着状態は、捜査陣の神経を刺激するのに十分だった。


死体は警察病院に搬送され、司法解剖が執り行われる運びとなっている。

それで捜査の進展に役立つかは疑問が残るが、今は藁にもすがりたい心情であった。


それにしても……

捜査官は昨日の一件を思い出し、何かに八つ当たりしたい衝動に駆られる。


新たな事件が発覚した当初は、必要最低限の情報のみを公開するつもりであったのに、警察を出し抜いていち早くマスコミ連中が事件の報道を一斉に始めてしまったのだ。


一体どんな経緯で連中は情報を入手したのか。

顔見知りの記者連中を捕まえて問い質したところ、本社宛に新しい事件発覚を伝えるタレコミ電話がかけられてきたらしく、具体的な現場の詳細を説明していたことから重要視し、今回の報道につながったらしい。


話を聞いた捜査官は忌々しげに歯を食いしばり、怒りをおさえた。

自分達が考えることなどお見通しだと言われたみたいで、何とも腹立たしくてならない。


しかしその情報は同時に、事件に関わりがあると口外しているのと同じだ。

警察の発表前からそんな詳細な情報を把握しているのは、犯人以外に考えられないではないか。


それがわかっているのに、追い詰めるための手段が手許にはない。

本当にイライラさせられる事件だ、何か進展すると考えられた思惑は外れ、より多くの謎が増えただけとは。


「……似顔絵の公開でもするか」





「おはよう、礼音ちゃん」


「え……お、おはよう博人君」


いきなり挨拶をされて礼音は面食らった。

博人からこんな挨拶をされた記憶など、同じクラスになってからは初めてであったから。


「え?何、何?何なの?

私もいたのにおはよう、

礼音ちゃん。とか、どしたの?」


そばにいた波留も目を丸くし、自分の席に着く博人の後ろ姿を見つめる。


「ちょっと礼音ちゃん、どういうこと?

ひょっとしたらひょっとすることになってるわけ?

納得のいく説明してもらいますからね」


波留にぐいと詰め寄られても、当人の礼音も何が何だかわからぬ有様。


「どうしたの?

朝から騒がしいわねお2人さん」


麻里矢が登校してきて、波留と礼音のじゃれ合いに目を向ける。


「あ、マリリン聞いてよ。

礼音ちゃんたらひどいのよ、私達にこそこそ隠れて大人の階段上ってたんだからァ〜」


「そんなこと言われても私もわかんない!」


「……お願いだから、私にもわかる説明をしてくれない?」


波留の尾ひれをつけた多少過剰な説明を礼音が否定しながら聞く説明は聞き辛いことこの上ない筈であるが、麻里矢は文句一つ言わずに耳を傾け、大方の話を理解した。


「……早い話が博人君が礼音に朝の挨拶をしたと。

それだけの話じゃないの、何をムキになって騒ぐ必要があるのよ?」


「マリリン、あなたはその瞬間を目撃してないから、そんな口がきけるのよ。

あれは挨拶と同時に、2人にしか解けないアイコンタクトを送り合ってたわ。

もっとお話したいけど、余計な女がいるからまた後でね。

うん、わかってる。

適当にあしらって2人きりの時間を作るから。とか伝えあっちゃって。

悔しいの何のって……」


「私、そんな器用な真似出来ないもん!

勝手に変な話作らないで!」


「……そんなにムキになる話とは思えないけど。

でも、博人君がね。ふうん……」


麻里矢は博人の後ろ姿を静香に見つめる……




狛江は昼時の時間、勤めている職場の食堂を使って食事を摂る。


パート仲間数人と食堂をしながら、時間いっぱいとりとめない話で盛り上がり花を咲かせる。

人によっては仕事よりもこの時間のために勤めているようなものかもしれない。


食事にはテレビがつけられており、昼時のニュースを報道している最中だった。

おなじみとなった女子生徒の事件と神社境内の事件の報道も相変わらず。


しかしその日の報道は少し違っていた。


「……今日昼前、事件を担当している捜査本部が会見を開き、現在も身許が判明していない男の似顔絵を公開致しました」


キャスターの言葉が切れたタイミングを見計らい、似顔絵の画面へと変わる。


「これが公開された男の似顔絵です。

年齢は30代後半から40代後半、中肉中背の体格で身長はおよそ175センチ程度。

髪は短めで比較的目鼻立ちが深いのが印象的です。

男の身許に心当たりのある方は、捜査本部並びにお近くの警察署に……」


「あらァ、似顔絵が公開されたんだわね」


「あらやだ、私、ちょっとタイプかも」


「またそんなこと言って!

この人は本当面食いなんだから」


「いやだわ、私、そんなつもりで言ったわけじゃないのよォ」


「あらァ、そんなつもりってどんなつもりのこと?

私、何も言ってませんけどね」


「もう本当いやだわ、奥さんたら!

人のことからかったりして!

……狛江さん、どうかした?」


じっとテレビを凝視していた狛江、声をかけられても咄嗟に反応が出来ない。


「…………え?呼んだ?」


「狛江さん、大丈夫?

……何か顔色が真っ青だけど?

どこか具合が悪いんじゃないの?」


「いえ……大したことないの。

ちょっとめまいがね……大丈夫よ、本当に。

普段からこんな感じなんだから」


「そう?

でも気を付けてね、この職場って、忙しい時は本当忙しくって人使い荒いから。

あまり根を詰めると身体に毒よ、ほどほどに手を抜いてするのがいいのよ」


「ええ、そうね。

私、ちょっとおトイレ行ってくるから……」


席を立って足早に食堂から出て行く狛江の表情は引きつっていた。


脳裏にしっかりと焼き付いた似顔絵の顔……

別人だろうか?

確かに大分印象が変わっていたがあれはまさか……


不意に吐き気を催し、小走りになってトイレへ向かう狛江だった……






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