第13話

波留、麻里矢、礼音が電話でのやり取りをしていた頃、博人は自宅のテレビで事件の報道にかぶりつき、新たな局面を迎えた事件と合わせて、詳細な検討をしていた。


「ふーん、こういう展開になったか……」


神社の御神木付近で発見された謎の男の死体、藁人形と共に五寸釘で打ちつけられた実に意味ありげな紙片……


「面白い」


不謹慎ではあるが、正直な気持ちを言葉にすることにより、胸の高鳴りを覚える博人。


いいねいいね、謎が謎を運んでくる先が読めない展開……グッドよ、ベリーグッド。


紙片に書かれた寧々とケイの名前、さらに蛇誅なる文字。

博人はすぐに天誅の文字を置き換えたものではないかと予想をつけた。

そうなると意味としては、蛇が天に代わって罰を与える……か?


……蛇が寧々とケイに罰を与えた?

そういう解釈がなされるのだが……


男の件はどうつながる?

身許がまるで判明してない謎の男、行方不明事件とどう関連してくる?


まず考えられるのは、男が2人を誘拐なり事故を起こした本人の場合。

これはなかなかいい線いってるんじゃないのか。


……違うか。

それならなぜ変死を遂げたのかがわからない。

仮に自殺だとしても、埋められてることで……


そこで博人は閃く。

共犯!

そう考えれば容易に説明がつくぞ!


誘拐の場合、1人より2人以上で行うのが有利であるのは間違いない。

男は誘拐犯人の片割れで、身代金の分け前で意見が食い違い、カッとなった相棒に殺されてしまったか。


事故の場合は運転席と助手席、2人が乗り合わせていた時に寧々とケイを轢いてしまい、病院へ搬送することなく、何処かへと処分してしまったケースか。


「いいじゃないか、いいぞ博人」


自分の推理に自画自賛の博人であるが、ほどなくして推理の欠点も見つけてしまい、口をつぐむ。


誘拐の線だが、肝心の身代金の要求がない。

推理したように分け前を巡ってのトラブルであるなら、身代金を手にした後のことではあるまいか。

それまでは2人で協力するのが互いに都合がよく思えるのだが。


事故の線はそれなりによさそうだが、これはあくまで同じ車で2人を轢いてしまった場合の話だ。

2人についての報道を冷静に振り返った博人は、事故の線は誘拐よりも薄いと判断する。


最大の理由は2人が消えたタイミングだ。

寧々の場合は娘が学校から帰って来ないという通報、ケイの場合は一度は自宅に帰った娘が、どこからかの電話を受けての外出後に消えたという通報。


博人は足をムズムズさせて悔しがる。

どうも上手く行かない、ゴリ押しすればどうにかなりそうだが、微妙な時間差で2人が消えたように思えてならない。


まるでボタンをかけ違えたまま、気付かずに大勢の前でスピーチする気分だ。

考えれば考えるだけ、誘拐と事故の可能性は低いように思えてくる。


となると、まさかの自殺説?

この線が優位に立つのは、犯人が自分自身であること。

自分で行動出来てどこへでも消えられ、好きな時に好きな死に方が可能であること。

犯人の必要性なし。

全てにおいて説明がつく最有力説浮上!


……の筈であったが、ダメなのだ。

犯人はいない前提の自殺説、それならば男の死体の説明がつかない。


博人は思わず舌打ちする。

新しい事件で解決につながるかと思いきや、どれもこれも中途半端な推理で途切れてしまい、不完全燃焼で終わってしまう。


いくつも突破口は用意されているのだが、どのルートにも通行止めの立て看板が行く手を塞いでいる格好だ。

これでは解決するものも解決に至らない。


「他に考えられる突破口はなかったか……何か見落としているキーワードはないか……」


記憶を辿って思い出したのが、2人が給食の時間に話しかけて来た内容だ。

人は見た目ではわからないようなことを話していたが、肝心な箇所は秘密にされてしまったから、深い知識はない。


あれはクラスの誰かの話をしていたように思えるのだが、今となっては本人達に聞くことも叶わない。


クラス……

このキーワードから思い出したのが、今朝方発覚した教室での悪質なイタズラ騒ぎだ。


あれには博人も驚かされた。

自分自身が第一発見者になったことで、浮足立ってしまった感がある。

発見直後、教室で小躍りしてしまったのは誰にも話せない自分だけの秘密だ。


あれは誰の仕業なのだろうか。

間違いなく人間の仕業であろうが、絞り込むにはこれまた難しい作業だ。


あの犯行は生徒を含んだ学校関係者ならば、容易に実行出来る。

全校生徒だけで何百という数が在籍している。

教師も含めればさらに数は増える……


やはりこの線でも立ち往生させられる。

これではいつまでたっても堂々巡りしているだけで、その場をぐるぐる回っているサルみたいだ。


……ここは割り切って、犯人は同じクラスにいると仮定しよう。

どうせ現時点では自分の頭の中での考えに過ぎないんだ、どんな仮説を立てたところで問題にはならない。


まずは自分と寧々、ケイを除外。

この3人が犯人にはなり得ないと容易に考える。


ここからどこまで絞り込みが可能か。

早速行き詰まりを感じてしまい、またも舌打ちの博人。

犯行時間帯があまりにも広いし、誰にもそれほどの苦労をしないで実行出来てしまう。


方法を変えるか。

2人の机上に置かれていた花瓶から絞り込みは可能か?

活けられていた花からは?


難しい。

あの花瓶は確か市販されている有り触れた商品だ、どれだけの数が世の中に出回っているか。

考えただけで早々と見切りをつける。


花の線も薄い。

記憶違いでなければあの花、校内の花壇で栽培している花を失敬してきたものである筈。

何となく見覚えがあったから、帰り際に花壇に立ち寄り、切り取られた形跡があったから間違いない。


つまり花からも絞り込みは無理と。


黒板に書かれた文字はどうか。

思い出しただけで早くも可能性薄。

恐らくは筆跡を隠すため、わざと利き腕でない方で書いている。

……まあ、左に同じってところだ。


無理だ。

これが限界か。

所詮は子供の頭では手に余る問題なのか。


匙を投げてごろりと寝転がり、天井を見上げる。

1人1人のクラスメートの顔を思い浮かべては問い質してゆく。


君は何か秘密を抱えているのか?


返答がないのはわかり切っている。

そんなものははなから期待してはいないが、何か頭を働かせてなければ落ち着かないのだ。


一巡したところで、今度は一度に全員まとめての登場。

出席番号順に前から並べてゆき、さながらそれは集合写真のようで……


「……集合写真?」


不意に記憶に引っかかりを覚え、半身を起こす博人。


今、記憶の中で何か見つけたものがある。

それは何だ?

あまりにも瞬時で、すぐには何が引っかかったか思い出せない。


「落ち着け、慌てるなよ博人……」


集合写真のキーワードから連想されるもの、クラス全体で行うイベントということか。

入学式に卒業式、運動会に全校集会、後は社会科見学や修学旅行、そして……


「アレか」


起き上がった博人は本棚からアルバムを引っ張り出し、すごい勢いでページをめくり上げる。


「……これだな」


目的のキーワードに当たるページを開き、博人は感慨の呟き。


それは春先に行われた、学年行事として執り行われたオリエンテーリング。

近隣の野山で開催されているイベントに5学年全員が参加して挑んだ、まだ記憶に新しい春の思い出。


自分達のクラスでは各班ごとに分かれて参加した。

どうにか全員がゴールを果たして、みんな喜び合っていたが……


「あれ?」


またも記憶に引っかかりを覚え、冷静に何が気になるのかを模索する。


アルバムの写真を眺めていて思い至る。

そうだ、今と春先では班のメンバー構成が違うのだった。


自分とのクラスでは、学期内に二度席替えが行われる。

その都度新しく班のメンバーを変え、クラス全体のコミュニティを向上する狙いがある(あくまで博人の考えでは)。


オリエンテーリングで撮られた写真は山のようにある。

学年行事ともなれば、専属のカメラマンも同行して、生徒達の写真を撮っている筈。


クラスだけでの写真だって相当な数に上がる。

しかし、今博人の手許にある写真はたかだか十数枚。


これはオリエンテーリングの際に撮られた写真を校内に貼り出して一定期間公開し、気に入った写真があれば申告をして写真を入手出来るようななっている。


そこから選んで入手した写真がこれ。

基本的には自分や友達が写り込んでいる写真ばかりになるのは当然か。


こんなことならもっと入手しておけばよかったとは、もはや後の祭り。

気を取り直して一枚一枚、じっくりと写真に目を落とす。


狙いは寧々とケイが写り込んでいないかどうかだ。

実際、写っているからといって、どうなるものでもないかもしれないのだが、何か突破口になるヒントでもつかめれば……


「…………!」


博人の視線が、一枚の写真に止まった。

それは博人の班のメンバーを中心に写っているものであったが、その自分達の背後を通り過ぎようとしている、寧々とケイの姿が写り込んでいるのを見つけた。


この2人、前の班から一緒だったのか。

まあ、仲のよい友達同士で班を作ることはよくありことだが。


写真には2人だけではなく、もう1人写り込んでいる。

寧々とケイの2人と同じ班であるのは明白だ。

オリエンテーリングでは各班ごとに同じ色のタオルが配られていた。

首にかけたタオルの色から、同じ班のメンバーであることがうかがえる仕組みだ。


寧々とケイと一緒に写り込んでいるもう1人の女子生徒、少し俯き加減にいるのは疲れがあったからか、それとも‥…


九鬼礼音。

君が何か知っているのか。






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