第12話

「……白岡寧々ちゃん、蓮田ケイちゃんの行方不明事件に関与する、新たな事件発生か。

本日、不可思議な女子生徒行方不明事件の舞台となった○○町にある蛇丸神社境内において、身許不明の成人男性の死体が発見されました。

死体は衣服を着用しておらず、身許を示すような所持品も発見されてなく、正確な死因も判明してないとのことです。

警察では現在、男の身許について、全力で捜査中とのことです。

なお、男が発見された現場近くから、謎の藁人形に五寸釘で打ちつけられた紙片が発見されており、紙片には現在行方不明となっている女子生徒、白岡寧々ちゃんと蓮田ケイちゃん、さらに蛇誅という謎の文字が書かれていたとのことです。

発見された男は事件と何か関係があったのか、捜査の進展が待たれます」


「また変な事件が起きたわね」


テレビのニュース番組を見ていた礼音の背後から声を上げたのは、母の狛江。

パートの仕事を終えて夕食の支度の最中、リビングの娘の様子を見に来たところだ。


「これ、すぐ近くの神社でしょ?

ママが家に帰って来る時も、まだ人だかりがすごくて、自転車運転するのに苦労したわ」


「見つかったの、大人の男の人だって」


「そうらしいわね。

次から次へと事件の連続で、気が滅入っちゃうわ。

こんなこと今までなかったのに……死神にでも取り憑かれちゃったのかしら」


「あ、ママ。

これ、これ見て」


礼音がテレビの画面を指差す。

映し出されていたのは、謎の蛇誅という二文字。

ニュース番組の解説者が、この文字について考えを披露しているところだ。


「これって何て読むの?

こんなのまだ学校で習ってない」


「さあ……じゃちゅう……へびちゅうかしら?

ママもよくわからないけど、嫌な字ね。

見ているだけで背筋が寒くなるわ」


「これってどんな意味なの?」


「意味ねえ……何かしら?

似たような言葉だと、天誅というのがあるけど……」


「天誅って知ってるよ。

天に代わって悪い人を罰することでしょ」


「ええ、そうよ。

ひょっとしてこの言葉、天誅をヒントに……とするなら、意味は……蛇に代わって罰する……何それ、気持ち悪い……」


自分で導き出した答えに自分で気分を害する狛江の姿を、不思議そうに見つめる礼音。


「蛇に、代わって、罰する……?

何、それ?」


「ママに聞かれてもね……もうこの話題はお終い。

いつまでも話してたってキリがないわ。

礼音もテレビばかり見てないで、勉強でもしなさい」


「はあい」


間延びした返事をしてテレビを切り、自分の部屋へ戻ろうとすると、玄関先の電話が唐突に鳴り出す。


「礼音、ママ手が離せないから電話出てちょうだい!」


キッチンから呼びかける狛江の声よりも一瞬早く電話に出る礼音。


「もしもし、礼音ちゃん?

私、波留だけど」


「あ、波留ちゃん。

どうしたの今頃?」


「ニュース、見た?」


「うん。

また大きな事件が起きたみたいだね。

でも、これって寧々ちゃんとケイちゃんの事件に関係あるのかな?」


「もちろんよ、あるに来まってるじゃない。

礼音ちゃん、始めから終わりまでニュース見てた?

2人の名前が書いてあった紙片が見つかってるのよ?

男との関連はまだわからないけど、何も関係ないわけないじゃない」


波留の中では、今夏起きた事件はすでに行方不明事件と関連づけられているらしい。

言葉の節々に見られる力強さが、その考えを裏付けている。


「そうかもしれないけど……あ、そうだ。

2人の名前とは別に、変な文字が書かれていたのは知ってる?」


「もちろん。

今回起きた事件のあらましは全部頭にインプットしたからね」


「蛇誅……これ、何の意味があるんだろ?

波留ちゃん、どう思ってる?」


「見立てよ、もちろん」


「見立て?」


「そう。

これはね、自分を蛇に見立てた殺人劇なのよ、きっと。

なぜ蛇なのかはわからないけど、場所が蛇丸神社なことに何か意味があるのかもね。

とにかくこの犯人は、なぜだか蛇にこだわりを持っていた。

それがいつしか自分を蛇の生まれ変わりだと信じるようになり、自分の考えを否定する男を殺した。

どうよ礼音ちゃん、私の名推理は?」


「うーん……何か筋が通ってるような通ってないような……」


ちょっとご都合主義思考が強いんじゃない?とは言いづらい礼音。


「そう?

私的には結構いい線いってるように思えるんだけどなあ……

まあ、まだ判明してないことが多いみたいだし、それなりに健闘したってことにしといてよ。

それじゃまた明日ね、バイバイ」


「えっ……うん、バイバイ……」


礼音が言い終わらぬ間に、電話が切れる音。


受話器を持ったまま苦笑いの礼音。

どうやら今しがた思いついた名推理を、誰かに披露したくて電話してきたらしい。


受話器を戻して間も無く、またも鳴り響く電話のベル。


「もしもし、礼音?

私、麻里矢だけど……」


今度は麻里矢からの電話がかかってきた。


「ああ、マリリンちゃん。

やっぱり今日の事件のことで?」


「……その口振りだと、少し前まで電話してた相手は、やはりハルルね。

2人が仲良くお話している頃に私、電話入れてるのよ」


「あ、そうなんだ。

ちょっと波留ちゃんから、今回の事件の推理を聞かされてたんだ」


「へえ。

ハルルの推理?

面白そうじゃない、どんな話だったか聞かせてくれない?

興味あるわ」


「うん。

波留ちゃんの推理によるとね……」


ひとしきり礼音の話を聞いた麻里矢はしばらく口ごもり、何事かを考えてる様子が受話器越しに伝わってくる。


「どう?

私はちょっと強引に思えたところもあるけど、マリリンちゃんはどう思う?」


「見立て殺人ね……

まだ殺人かどうかははっきりしてないけど、見立てという考えはありかもしれないわね。

自分を何者かに例える人って、結構多いものよ。

新興宗教の教祖なんかは自分を神様の化身だと公言してるし、政治家や実業家には戦国武将の生まれ変わりだと公言してるしね。

この事件の犯人は、自分を蛇と見立てる。

私が思うところ、犯人は神社の言い伝えに出てくる大蛇に見立てているのではないかしら。

なぜ大蛇なのかは謎だけど、そうすることで何かメッセージを伝えているのかも……」


「メッセージ?」


「そう。

犯行声明みたいなものかな。

自分はこれこれこういう考えで、大蛇の名の下に男を粛清したとか。

そういう犯行動機を持つ人間であったなら、かなり厄介ね」


「粛清って……」


「力ずくで相手を排除すること。

褒められた行動ではないわ、自分に自信のない人間が行う最低な行為よ。

大概は政治や軍事関連で使われる言葉だけれど……もしかしたらね、犯人は自分が悪いことをしているとは思ってないかもしれないの。

極端な話、犯人は自分の行為を正義だと信じているのかも。

粛清された側にはひどい話だけど、当然の報いを与えただけだってね」


「そんな……」


「あのね、礼音。

世の中にはいろんな考えやら思想を持つ人間がたくさんいるのよ。

1人1人が違う考えを持っていて、別々の考えを持つ人達とどこかで折り合いを測りながら、日々の暮らしを送っているのよ。

助け合い、協力し合いながら生きる。

それが本来の人間の姿であるけど、中には自分の考えを無理矢理にでも押し通す輩も実は少なくないのよ。

今の社会って競争社会じゃない?

誰かが誰かと競い合って、白黒決着がつく。

負けた方は次は負けないと努力してくれたらよいのだけど、勝った方の人間の足を引っ張ったり、あいつがいなければと危険な考えに誘惑される人間も残念ながらいるものよ。

この犯人もそうした思考に駆られているのではないか、それが私の見方かしら」


「…………」


まくし立てる麻里矢の話に聞き入り、何も言葉が出て来ない礼音。

そんな様子に受話器越しに気が付いたのか、麻里矢の優しい声が話しかける。


「ごめんなさい、話が大分脱線してしまって。

要するに私が言いたかったのは、この犯人は厄介でなかなか捕まらないかもしれないってこと。

最悪、迷宮入りの線もあるかもね……」


「それって、犯人が捕まらないってことだよね……?」


「まあね、もちろんそうなってもらいたくはないけど。

とにかくまだわからないことだらけよ、大人がわからないことを私達が考えるのはさらに難しいわ。

ここは焦らずにじっくりと捜査の進展を見守るのがベストかしら」


「うん、そうだね。

正直、犯人が捕まらずに出歩いてると思うと怖いけど……」


「大丈夫よ、礼音。

そんな時は私が守ってあげるから」


「え……」


「それじゃあそろそろ切るわね。

実はさっきからママが私のこと睨みっぱなしでさ。

また明日ね、礼音」


「うん、バイバイ……」


電話が切れた受話器を手にしたまま、じっと見つめる礼音。


どうしたのだろう?

あんなことを言うタイプではない筈なのだが……


「ちょっと礼音!

いつまで電話しているの?」


こちらでも母の狛江の声が娘に突き刺さり、慌てて受話器を置いて部屋に逃げる礼音だった……

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