第10話

白岡寧々と蓮田ケイの行方は、以前としてつかめないまま、捜査は暗礁に乗り上げていた。


誘拐と事故の線で引き続き捜査は継続してはいるが、家族の元に身代金を要求する電話もなければ、事故に遭ったという連絡もない。


そんな中、2人が通っている小学校の担任教師からもたらされた情報は、捜査陣に新風を吹き込むかに思えたが、あまり重要視してないことが伝わってくるやり取りだった。


話を聞く限り、2人の行方不明に関わる犯人の犯行とは思えない。

むしろ事件を面白がって騒ぎを大きくしようとしている愉快犯の可能性が高いと、早々に判断を下した。


プロの捜査陣からしたら、この手の類いは子供や暇人のイタズラくらいにしか思われてないのかもしれない。

それを裏打ちするような対応の素っ気なさ、本当に事件を解決する気があるのかと、勘繰りたくなる麻美であった。


そんな捜査陣の元に新たな電話がかかってきたのは、麻美の通報から間も無くのことである。


「もしもし、そちらは白岡寧々さんと蓮田ケイさんの事件を捜査している警察で間違いありませんか」


変にくぐもった聞き取りづらい話し方に、これも先程と似たり寄ったりの内容かと、電話を受けた捜査官はなあなあの体で対応していた。


「どうも捜査の方は頓挫しているようですね、最近の報道はどれも同じ内容ばかりで、実に新鮮味にかける」


捜査官の顔に苦味が走る。

これはもしや捜査が行き詰まっていることへの苦情か。

だとしたら早急に返答してさっさと切ってしまいたいところであるが。


「そんなあなた方に、私から一つプレゼントを差し上げようと思いましてねえ」


「はあ、プレゼントですか」


「ええ、きっと捜査の役に立つと思うのですが」


「なるほど。

それではこちらの捜査本部までお持ち頂けますかね。

難しいようでしたら、こちらの者に取りに行かせますが」


「そうですねえ……では私が指定する場所まで受け取りにおいで頂けますか。

そこにそちらにお渡しするプレゼントを置いておきますから。

場所は蛇丸神社の境内で。

なるべく早く向かわれることをお勧めしますよ、実はすでに置いてあるもので。

先にどなたかに見つけられたら大騒ぎになりますから。

それでは」


「えっ?

もしもし、もしもーし……!

……何だこの電話は?」


電話を切った捜査官はどうせまた手の込んだイタズラだと思っていたが、妙に気になる。

こちらを見透かしたような余裕ある話し方……


「蛇丸神社とか言ってたな……」


判断を迷ったあげく、捜査官は一本の電話を派出所の警察官に入れることにした。


「……そんな電話が今しがたかかってきてね。

イタズラの線が高いと思われるのだが、一つ指定された場所まで行って、プレゼントなる代物があるのか見てきてもらえないか。

あくまでも念のためにだ」


「承知致しました。

早急に蛇丸神社まで確認に行って参ります」


派出所の警察官は電話を切ると、すぐに行動に移した。


派出所にはパトカーと自転車をそれぞれ一台ずつ所有している。

話の限りは自転車でもよさそうであり、が、プレゼントなる代物が置かれていた場合を考慮して、パトカーで向かうことにした。


蛇丸神社まではそれほど時間は要しない。

幾度となくパトロールで周回している勝手のわかった町だ、パトカーは何なく蛇丸神社の前まで急行した。


警察官はパトカーから降り、目の前に立つ鳥居を見上げる。

パトロール中に神社前を通るものの、こうして直に訪ねるのはこれが始めてである。


1人鳥居をくぐり、境内へと向かう。

狛犬の代わりに出迎えた蛇の石像に瞬間ギョッとさせられたが、気を取り直して奥へ奥へと歩を進める。


平日の日中であるが、人影はない。

間も無く本格的な夏が始まる季節、そんなには出入りはないのかもわからないが、心細さを感じるのは否めない。


本殿が正面に迫ってくる。

なかなか壮観な造りをした建築物ではあるが、長年風雨にさらされてきた影響からか、所々に傷みが見られて痛々しい限り。


人間でいうなら満身創痍と言ったところか。

この神社の詳しい懐内はわからないが、改築したりはしないのかと考えながら歩く警察官。


本殿を周回しようと回り込んでみる。

裏手に大きな銀杏の木があるのを見つけた。

御神木だろうか、大きな幹には注連縄が巻かれ、本殿を越えた上背は迫力十分。

他の木々とは別格の存在感は、御神木の呼び名に恥じない。


根元に石碑らしきものが見受けられ、近寄って記された内容を読んでみる。


「蛇姫」


それがこの御神木につけられた呼び名であるらしい。

またずいぶんとおどろおどろしい名前をつけられたと思いつつ、続きを読む警察官。


この銀杏は樹齢700年を越える、由緒ある歴史を持つ御神木である。

かつてこの土地を大蛇が暴れていて、人々から怖れられていた言い伝えが残されているが、その大蛇がやがて死に絶え、骸が土に還った場所に芽生えたとされている。

この御神木はいわば、大蛇の生まれ変わりである。


銀杏として長い土地に暮らす人々を見守ってきたこの木には、かつて人々から畏怖された大蛇の血が今もなお受け継がれている。

何人たりともこの御神木を傷つけてはならない。

万が一、そのような不届き者があるならば、その者は大蛇の餌食にされることであろう。


大まかな話の内容はこんなところか。


警察官はこの話を信じはしなかった。

この類いの話は全国各地、必ずと言ってよいほど存在する。

この手の話に興味がないわけではないが、さすがに大蛇が銀杏に生まれ変わったとはいかがなものか。

そんな非現実的な話を、今時まともに受け入れる者があろうか。


さて、そろそろ職務に戻るかと歩き出したところで、何かが視界の端に入り、ピタッと足を止める。


「何だ……」


警察官は御神木に神妙に近寄っていく。

何か御神木の裏側に、おかしな出っ張りが見えた気がしたが……


回り込んで確かめた警察官は息を呑む。

御神木に藁人形が大きな五寸釘で、無残にも打ちつけられていたのだ。


「かあ……ひどい真似するなあ……」


警察官は実際に打ちつけられた藁人形を見るのは初めてであった。

話には何度も聞いてはいたが、こうして実物を目の前にすると、その不気味さがリアルに体感され、肌に鳥肌を浮き立たす。


おっかなびっくり近寄り、まじまじと藁人形を観察。

最近になって打ちつけられたものか、まだ藁の状態は新しい。

藁人形の胸元に打たれた五寸釘も、錆など見受けられないことから、最近のものであろうか。


こうして藁人形が存在するなら、必ず打ちつけた人間も実在する筈。

かつて聞かされた話通りであるなら、藁人形は憎い相手を呪い殺すために用いる、昔ながらの呪術道具に他ならない。


藁人形を打つのは草木も眠る丑三つ時とされる。

その際、その様子を誰かに見られでもすれば、呪いは無効とされる。

地方によっては、呪いが呪いをかけていた当人に戻り、生涯苦しめ続けるのであったか。


人間の隠された醜い一面をもろに見てしまったような胸のムカつきを覚える警察官。

ここまでして人間は同じ人間を憎めるものか。


「ん……」


藁人形を観察していた警察官がふと気が付く。

何やら小さく折り畳まれた紙片が、藁人形と一緒に五寸釘で打ちつけられている。


警察官は興味に駆られた。

こういう行為に及ぶ人間とは、どんなことを書いているものだろうか。


ためしに紙片をつまんで引っ張ってみたものの、しっかりと打ちつけられていて取れない。

だからと言って五寸釘はさらに固く深く御神木に打ちつけられていて、とても素手でどうにかなる代物ではない。


わかってはいたが、警察官は辺りに人がいないのを確認し、一思いに五寸釘から引きちぎる。


一部が破れてしまったが、どうにか中身は確認出来そうなので、一安心。


広げて中身を確認。

各所に千切れた痕が残された紙片には、何やら赤い色のペン等で書かれた文字。

そこには見覚えある文字と、見たことのない文字が書かれている。


「白岡寧々 蓮田ケイ 蛇誅」


二つの名前は警察官にも覚えのあるものであった。

今やすっかり有名となった、この町で行方不明になった2人の女子生徒の名前……


その名前に緊張を覚えた警察官であるが、同時に首を傾げてしまう当惑を感じる。


蛇誅。

これは何なのだろう。

へびちゅうと読むのか、それともじゃちゅうと読むのだろうか。

いや、読み方はこの際いい。

これにはどのような意味が込められているのか。


人生の中で初めて接する文字である。

「蛇」と「誅」の文字は知っているが、この二文字を並べた読み方など、今まで見聞きした記憶はない。


これは何かの当て字だろうか。

天誅という言葉なら知っているのだが……


そこで警察官は思い至る。

この場所は蛇丸神社、名前の中に蛇が入っている。

さらに言うならここは蛇を祀っている土地であるのだ。

これは天の文字を蛇に置き換え、似たような意味を持たせた当て字ではないか。


天誅には、天に代わって罰を下すという意味がある。

それでは蛇誅の意味とは何か。


蛇に代わって罰を下す。


そう受け取れはしないか。

……蛇に代わって罰を下す?

警察官はさらに首を傾げて考え込む。


意味的には何となく理解出来るのだが、今一つピンとくるものがない。


何なのだこれは?

これを、書いた人間は一体何を伝えたいのか。


「……もしかしてこれがそうなのか」


警察官はここにきた目的とこの紙片を結びつけた。

それで強引であっても、何らかの意味を持たそうと。


警察官は大仕事を見つけたように、足早にその場から去ろうとし、御神木の根に足をかけてしまい、バランスを失って転んでしまった。


「イタタタ……」


尻をさすりながら起き上がろうとした警察官であるが、不意に指に触れるものがあり、慌てて腕を引っ込める。


警察官は恐る恐る視線を落とし、指に触れたモノを確かめる。


それが何なのか、しばらく警察官は気が付かなかった。

どこか見覚えある形に思えてならぬが、すぐに思い出せない。

なぜかしょっ中見ている気がしてならないのであるが……


もう少しのところで出て来そうで出て来ない歯がゆさを感じ、首筋をガリガリと掻きながら、ハッと気付いた。

そして、硬直した。


それは見慣れていて当然だった。

毎日、欠かすことなく動かしている自分の指……誰かの指先が、御神木の根元からわずかに飛び出して、そこに何者かが埋められていることを証明していた……


「……た、大変だ……人が埋められてる……」


警察官は腰が抜けそうな自分に鞭打ちながら立ち上がり、パトカー目がけてヨロヨロと走り出す。

自らが発見した大事件を通報するために……



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