第6話
波留達3人が話をしていた頃、小学校では麻美が生徒達に書かせた紙片の内容を読んでいるところであった。
職員室では他の教師らの目も気になることもあり、誰もいない視聴覚室を借りての孤独な作業となった。
まだ読み始めて数枚であるが、様々な意見が書かれていることに麻美は感心していた。
「寧々さんとケイさんは、報道の通り、誘拐された可能性が高いと考えます。
正直なところ、無事に戻ってくるかわかりませんが、先生のいうように、神様にお祈りしたいと思います」
「轢き逃げ、かな。
轢いた運転手にどこかに連れてかれて、そして……でも、2人ともってのはやっぱり変かな。
すみません、よくわかんないや」
「あの2人は結構仲がよく、一緒に行動していました。
いなくなった理由は、いなくならなければならなかった理由があったから。
……ただの当てずっぽうなので、気にしないで下さい」
「誘拐や事故の可能性が高いとの報道があるけど、どうもピンとこないんだなあ。
思い切って書くけど、殺人てありだと思いません?
これも思い切って書いちゃうけど、あの2人ってちょいと陰険な一面があるからさ。
そんなんで誰かからよく思われてないっての、ありじゃね?」
「神隠し。
世の中、科学で説明つく話ばかりじゃないですって」
麻美は紙片に目を通しては、書かれた意見のイメージを思い浮かべて見る。
そうすることで、生徒達の考えを少しでも理解するように。
ついこの前まではこれといった問題もなく、手探りしながらも上手く生徒達を指導していたと思っていたら、いきなり後頭部を鈍器で殴られたような手ひどい難問に出くわした気分の麻美である。
自分の人生の中でも最大の逆風にさらされている、と麻美は思う。
何をどうしたらよいのか、最善の選択は何なのか。
何が正しくて間違っているのか、私は正解にたどり着けるのか。
それ以前に、正解が存在するのか。
こうして生徒達に意見を書いてもらったのも、大人の視点では見逃してしまっている情報に出くわせないかという、ある種の期待が込められた麻美の作戦だった。
さらに読み続けてゆく麻美であったが、いよいよ予想された言葉にぶつかるときがきた。
「ぶっちゃけ、あの2人って誰かいじめていたんじゃないかな。
具体的に誰かと聞かれると困るけど、怒らせるとちょっと怖いんだよね。
どちらかの怒りに便乗してきてさ、複数でまくし立ててくる時とか負かされちゃうし。
快く思ってないの結構いると思うんだな。
ただ、同年代の人間が引き起こした事件とは考えにくいし……」
いじめ……麻美は考える。
あのクラスでいじめがあったかどうか。
答えはNO、麻美が知る限り、そんなものとは縁遠い生徒ばかりだと思う。
ただし、あくまで麻美が目に見える範囲でだ。
教師が目の前にいる時に、いじめるような輩はいないだろう。
わざわざ厄介な敵を作ることになりかねないリスクを取ってまでいじめに走るヘマはしない筈だ。
いじめとは大多数が陰険である。
極力目立たぬよう、常に大人達の視線を警戒しながら実行される悪しき代物だ。
学習能力が成長具合に合わせて発達してくる子供であれば、人間関係のテリトリーに適応する能力も身につけてくるもの。
その中で各自それぞれのヒエラルキーが形成されてくる。
自分よりも立場が上の人間、刃向かってはならない力を持った人間、逆に自分より立場が下に当たり、気に入らない人間も生まれてくる。
……これはいじめが関係する事件なのか?
いくら自分に問い質したところで明確な答えは期待出来ない。
あったのかなかったのかもはっきりとしないが、もし、もしもあったと仮定して……抑止する役割が果たせたか。
否、果たせる自信があったか。
YES、と答えられない。
そんな頼りない自分の答えに空虚感を覚え、麻美は自己嫌悪する。
「しっかりしなさいよ、それでも教師なの?」
萎縮する自分の心を奮い立たせつつ、紙片に目を通してゆく。
着実に枚数を減らしてゆき、とうとう最後の一枚。
麻美は折り畳まれた紙片を開いて目を落とし、硬直した。
その紙片は今までのものとは異質だった。
ほぼ全員が鉛筆や黒ペンて書かれていたのに対し、この紙片には赤色のペンで書かれていた。
さらにそこに書かれていたものは、今までで最も少ないと瞬時に判断がつく、わずかに3文字。
それもやたらとうねうねと蛇行した下手な文字で。
麻美は始め、そこに書かれていた文字の意味がわからなかった。
読みづらい文字であったのもあるが、その文字を寧々とケイに関係するものだと思って考えていたから。
結果としてはおそらく関係あるのだと思う。
が、文字の意味に見当をつけた麻美は絶句した。
「……何?何なのこれ…………?」
麻美の手から紙片が落ち、ヒラヒラと床に落ちる。
下手な文字が意思を持っているかのように、小さな紙片に踊る。
「ザマァ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます