第5話

「トロちゃんてば、思ったよりも落ち着いてたね。

新任の先生だからもっと慌てふためいてるかと思ってたけど」


帰り道がてら、そう口火を切ったのは麻美の受け持つクラスの生徒、川越波留。


「ふりじゃないの。

いい大人が子供の前で狼狽してたらかっこつかないじゃない。

結構上からチクチク言われてると思うよ、新任いびりなんてどこでだってある話だもん」


ちょっとクールな意見を延べているのが、同じクラスの杉戸麻里矢。


「私、知ってる。

トロちゃん職員室で先生達だけの会議してる時に、何か色々聞かれてた。

校長先生とか教頭先生からグチグチ言われて小さくなってた」


最後に答えたのがやはり同じクラスの九鬼礼音(れおん)。


「へえ、そうなんだ。

やっぱり新任って何かと苦労が多いんだァ……でもそんなこと、どうして礼音ちゃんが知ってるの?」


「職員室に用があったから……そしたら会議中で入れなかったから、少し待ってようと思って廊下をウロウロしてると声が聞こえてきて、話の内容が気になって……」


「あまりほめられた行動とは言えないわね」


麻里矢の釘を刺す言葉に礼音、口をつぐんでうつむく。


「仕方ないじゃない、一度気になっちゃったら確かめたくなるものなんだから。

マリリンだってそういう衝動に駆られる時ってあるでしょ?」


「私はそういう時、極力自分を抑えられるから。

ハルルも礼音も、もう5年生なんだし、そういうの覚えた方がいいわよ」


「そりゃご親切に、ご忠告どうも」


3人は問題のクラスで、同じ班のメンバー。

波留はメンバーの中で一番のおしゃべり好き。

班では班長を務めており、何かと頼りにされがちな女子生徒。ニックネームはハルル。


麻里矢はクールなしっかり者タイプ。

どこか大人びた発言がちらほら見られ、周囲からは少し浮いた感あり。

ニックネームはマリリン。


礼音はどちらかといえばおとなしい性格で、自分の殻に閉じこもる傾向のあるタイプ。

周囲からは礼音ちゃんや礼音と呼ばれることが多い。


寧々とケイの行方不明を受け、重たい空気を感じるようになったクラスメートら。

公開捜査に切り替えられ、世間に大きく報道されたのを機に、周囲からたちまち好奇の視線にさらされるようになってしまった。


今日も朝から学校中の生徒らが入れ替わり立ち替わり、無遠慮に教室を覗きにやってきて各自身勝手なヒソヒソ話を展開しては、足早に去る姿が多数。


同じクラスであるだけで、直接関係のない生徒にしたら、甚だいい迷惑だ。

暇人が多い証拠か、今ではクラスメート全員の名前を空で口に出来る生徒も少なくないとか。


「それにしたって本っ当、精神的に疲れた一日だったわ。

学校中、どこへ移動しても他のクラスの連中がこっちをチラチラ見てさ、聞こえるか聞こえないか絶妙な声量でヒソヒソヒソヒソしやがって……」


「暇人が多いの。

こんな地方の田舎町でこんな事件が起こるなんて、初めてのことなんだから。

自分達の身近な場所でセンセーショナルなイベントが勃発したのだから、気になって当然だわ。

それがたまたま私達のクラスで起きただけのこと……これはこれで貴重な経験じゃないかしら?

実際のところあまりいい気分にはならないけれどね」


「クールな意見ねえ、相変わらず。

……にしてもさ、寧々ちゃんとおケイちゃん、どうしちゃったんだろ。

やっぱり報道されてるみたいに誘拐なのかな、それとも事故?

2人はどう考えてるの?」


3人の中でも最も好奇心旺盛な波留が、

麻里矢と礼音にそれぞれの意見を求めてくる。


「私は誘拐とは、少し違うと思うの。

一部の報道でも推理されてたけれど、2人同時にしろ別々にしろ、誘拐の被害者になるなんてすごく低い確率よきっと。

あるとするなら事故の方が可能性は高いわ。

でもねえ……これも少し違うように思えるのよね」


「何で?」


「確か警察が事故の可能性も考慮して、かなり大規模に調べまくった筈なの。

どこかに事故が起きた痕跡が残ってないか、大きな急ブレーキの音とか聞いてる住人がいないかとか……でもそんな事故を思わせる証拠が見つかったなんて、どこも報道してない。

いくら田舎の町での事故だとしても、それなりの規模で暮らしてる人がいるのよ?

そんな事故があったのなら1人や2人、何かしら異変に気づいてると思うけどな」


なあなあでなく、筋の通っている麻里矢の意見に、しばし圧倒されてしまう波留と礼音。


「そりゃまたしっかりした考えをお持ちで……礼音ちゃんはどう?」


「どうって……マリリンちゃんの後だと大したものじゃ……」


礼音、口ごもってしまい、顔を逸らしてやんわりとした拒否権使用。


「やーね、簡単な意見で構わないの。

マリリンはね、ちょっと特別みたいなとこあるから……ね?」


「うん……私は……よくわかんないの。

可能性としたら誘拐も事故もあるけど、家出の線もありだと思うし……それに突拍子もない考えだけど、その……自殺の可能性もあると思うんだ」


「自殺?」


礼音の思わぬ意見に、波留と麻里矢は顔を見合わせる。


「何が原因かはわかんないけど、とっても悩んでることがあって、それを苦にして自殺する……あ、もっと掘り下げれば、仮に寧々ちゃんが自殺したことをどうにかして知ったケイちゃんが、それを苦にして後追いして……あの2人って、結構一緒に行動していたみたいだし、そんなことだってある……かな……?」


「ある」


最後は消え入りそうな礼音の意見に、真っ先に賛同の声を上げたのは波留。


「それ、全然ありだと思うよ。

私はあまり話したりはしなかったんだけど、ちょいちょい一緒に行動するの見てるし……そっか、自殺かァ……それは盲点になってたな」


「自殺なら誘拐やら事故の可能性よりも高いかもわからないわね。

自ら消えて命を絶つ、身代金の要求も事故の痕跡も関係ないし、現在の状況からして最も可能性はあると思う。

すごいわ礼音」


「そうだよ、礼音ちゃん。

自身ないとか言っちゃって、マリリンに負けず劣らずの意見じゃないの。

ひょっとしたら警察だって自殺の線は考えてないかもしれないわよ」


「まさか。

捜査にあたるプロがそれくらいの頭、働かせてくれなくちゃ困るわ」


2人にほめられ、顔を赤くして礼音はうつむく。


「でも、もしも自殺としたらよ。

……そう簡単には見つからないよね」


「そうね……どんな場所でどんな方法を選ぶかにもよるけど。

まだしばらくはこの騒ぎの渦中にいるのは確実かしらね」


「あーあ……それ、考えただけで憂鬱……」


波留の言葉に、互いに口を閉ざしてしまう3人であった。










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