第4話
教室はしんと静まり返っていた。
教壇に立って緊張した面持ちの麻美、そんな彼女を息をつめて見つめる28人の生徒の姿。
この場にいる全員が理解していた。
今、自分達が好奇と猜疑に満ちた幾重もの視線にさらされていることに。
事件を知る誰もが知りたがっているのだ、このクラスで何があったか、2人の生徒が消えるような事態になる忌まわしい何かを期待して……
「……もうみんなも知ってるでしょうけど、同じクラスメートである白岡寧々さんと蓮田ケイさんが相次いで姿を消してしまい、行方不明となっています」
口火を切った麻美に生徒の視線が集中する。
麻美の一見一句を聞き逃すまいと、一挙手一投足を見逃すまいと。
「現在、警察が全力で行方を捜査していますが、残念ながらまだ発見には至っておりません。
こうしている間にも、2人の身に危険が差し迫っているかと思うと、本当に歯がゆく、悔しくてなりません」
麻美の視線がポッカリと空いた二つの席をとらえる。
本来そこにいるべき生徒の姿はない。
果たして再びその席に2人が着席することがあるだろうか……脳裏をよぎる暗い疑念を慌てて振り払い、邪推は避けるよう、麻美は自分に言い聞かせる。
「そこで……先生はみんなに聞きたいの。
この中に寧々さんとケイさんがこんなことになってしまった理由に心当たりがある人がいたら、どうか先生に教えてほしいの。
もしかしたら直接関係のない話かもわからないけど、それはそれで一向に構いません。
何か悩んでいたようだとか、2人がケンカしていたようだとか、誰か知ってる人はいないかしら?」
ぐるりと生徒達に目を向ける麻美であったが、誰も口を開く生徒はなし。
ある生徒はじっと麻美を見返し、ある生徒は黙ったまま机に視線を落とし、またある生徒は前髪をいじって関係ない素振りを見せる。
「誰も心当たりはないかしら?
……わかりました、では先生から別の提案を出します」
そう言って麻美は手元にあった紙束を持ち、最前列の席に座る生徒に、後列の席に着く人数分にわけて配ってゆく。
「今、先生が回している紙を順次、後ろに回していって下さい。
……全員、回りましたか?」
「先生。
この紙、何も書かれてませんけど」
生徒の1人が手を挙げ、不思議げに質問する。
「はい、その通り。
今、先生が回したのはプリントではなく、何も書かれてないただの紙です。
これからその紙に、寧々さんとケイさんのことについて、みんなが知ってることや意見を書いてほしいの。
自分の名前や出席番号を書く必要はありません、必要事項だけ書いて見えないように折り畳み、先生に提出して下さい。
難しく考える必要はありません、今のみんなの素直な意見や気持ちを書いてくれればそれでいいから。
では、始めて」
麻美に促され、生徒それぞれが戸惑いを見せながらもペンを走らせ、各々の意見を書いてゆく。
スラスラと書く生徒もいれば、何を書いたらよいか悩んでいる様子の生徒もあり、麻美の提案に生徒達は様々な反応を示す。
やがて1人、また1人と席を立ち、折り畳んだ紙を次々と麻美へと渡してゆく。
麻美は頷きながら紙を受け取り、クラスで使う貴重品袋の中に入れてゆく。
全員分の紙を受け取ったことを確認し、麻美は生徒達に顔を向ける。
「今、みんなに書いてもらった意見や気持ちが込められた紙片、大切に読ませてもらいます。
この中から2人の捜査につながるお話があれば、警察の方に先生からお伝えしたいと思います。
みんなも寧々さんとケイさんのことが心配でしょうけど、一日でも早くこの教室に帰ってくることを祈ってあげて下さい。
それでは今日はこれまで。
日直さん」
「起立!礼!……先生、さようなら」
「先生、さようなら!」
日直の号令に合わせ生徒が帰りのあいさつ。
普段ならば一斉におしゃべりが始まるところだが、みんな口を閉ざして帰りの支度をして、そそくさと教室を出てゆく。
麻美は手にした貴重品袋に目を向ける。
果たしてこの中に、2人の行方につながる何かがあるだろうか。
麻美は考えに気を取られて気づいてなかった。
誰にも気づかれぬよう、そうっと視線を向ける生徒の姿があることに……
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