第2話
周囲を山間部に囲まれたその小さな町の名前を知る人間は、ごく限られるに等しかった。
温泉地でもなければ、名物といえる名産品もない。
有名人を排出してもいなければ、映画やドラマのロケ地の舞台というわけではない。
典型的な田舎町。
その言葉が最もこの町を表現するにふさわしい言葉であろうか。
華やかさとは程遠い町に根を下ろし、黙々と慎ましやかな生活を送る町民らに支えられた町……
そんな場所でその事件は起きた。
始まりは一本の通報が警察派出所にもたらされたことだった。
「うちの子が学校から帰ってこないんです」
いなくなったのは地元の小学校に通う、白岡寧々という名前の小学5年生。
通報した母親の話によると、夜遅くなっても帰ってくる気配がなく、学校や近所はもちろん、友達のうちに電話を入れて、道草をくいそうな心当たりを見回ってみたものの、手がかりなし。
こんなことは今まで一度としてなかった我が子を慮り、警察の知るところとなったわけだが、警察の腰は母親が考える以上に重いものであった。
事情をきいた警察は寧々の細かな特徴と写真を入手し、調査を巡回するパトカーに通達してほぼ完了。
致し方のないところであろうか。
毎年何万人という規模で人々が姿を消しているのだ、学校から帰ってこないからといって即何らかの事件と結びつけるのは早計だという考えは、否定できないところか。
もしかすると一晩経てば、ひょっこりと帰ってくるのでは。
いっときの家出に魔が差すということは、少なからずある。
少し様子を見るように伝え、ことを荒立てぬように母親をなだめた警察であったが、寧々のケースにこの目論見は空振りに終わった。
帰ることはなかった。
何の前触れもなく、1人の少女が突然姿をくらましてしまった。
警察が本格的に寧々の捜査にとりかかろうとした時、追い打ちをかけるように通報が飛び込んできた。
「娘がいなくなってしまった」
いなくなったのは蓮田ケイという少女であり、白岡寧々と同じ小学校に通う5年生。
そして寧々と同じクラスメート……
こちらも寧々の件と似通った状況の中での母親からの通報であった。
ケイは一旦は学校から帰ってきたものの、まもなく誰かから電話がかかってきたらしく、電話後何処かに出かけて行ったのを最後に、消息が途絶えてしまったという。
心配した両親が心当たりを探してみたものの、全く手がかりがつかめない。
右往左往する中、時間だけが無駄に経過してゆき、日付けが変わって夜明けを迎える頃、たまりかねた通報となった。
同じ小学校のクラスメートが相次いでの行方不明という事実に、警察にも緊張が走ったのは確かである。
が、まだ完全に家出の件を捨て切れないというのが本音であった。
これほどの短期間に2人の少女が行方不明になる、誘拐か事故に巻き込まれた可能性を考えるのは警察としては当然である。
しかし、誘拐という線があろうか。
2人の少女を誘拐、監禁。
出来ない話ではないが、どうも警察には今ひとつピンとこない。
過去の類似事件においても、2人同時の誘拐事件は起きていない。
別々の人間による誘拐がたまたま重なったか。
あまりにも非現実的であり、可能性は限りなく皆無に等しい。
そうなると事故に巻き込まれたか。
警察は町内はもちろん、周辺の病院に条件に見合う少女が搬送されてないかくまなく調査したが、それらしき患者が搬送された記録は見つからなかった。
一つ一つの可能性を潰してゆく度に、捜査陣の間に暗澹たるものが広がってゆく。
家出、という線もさることながら、それ以上に何らかの犯罪の被害者になったことが濃厚である。
身代金目的の誘拐か、轢き逃げ事故を起こしてしまい、恐怖を覚えた運転手による隠匿なのか。
他にもいたずら目的の変質者による連れ去りなども十分にあり得る。
時間が経てば経つだけ取り返しのつかない結果が高まることがわかっているのに、何も手がかりがつかめない焦燥に、警察も関係者も歯ぎしりした。
どんな小さな情報でもいい。
消えた2人の少女につながる情報を。
警察は公開捜査に踏み切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます