第32話

同日午後11時55分ー


「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」


小学校前の校門に、息を激しく切らした礼音の姿があった。


暗く静まり返った真夜中の学校。

人影もなく物音もない静寂の闇の中にそびえる校舎は、想像以上に不気味だ。


意を決して敷地内に入る。

学校で始めての規則違反行為、やってしまえばどうということはない。


正面玄関前までやって来ると、わずかにドアが開いているのに礼音は気が付く。

やっぱり博人君来てるんだ。

自分の考えに間違いでなかったことに自信を抱き、開いた隙間から身体を滑り込ませ、侵入成功。


これで二つ目の規則違反。

今宵は規則違反のオンパレードになりそうだと、妙な考えにクスッと笑う。


持って来た懐中電灯で廊下を照らす。

普段通り慣れた廊下である筈なのに、まるで初めて通るかのような不安に心が乱れる。


博人君はこんなに暗く不気味な廊下を通って行ったのか。

自分なら迷わず引き返してしまうところだ。


「……よし、行こう」


自分を激昂して気持ちを奮い立たせ、礼音は進み始める。


同日同時刻ー


博人は謎の人影を追いかけ、階段を駆け上がって三階へと姿を現した。


「どこへ消えた……」


懐中電灯で辺りを無作為に照らし出してみるも、それらしき姿は見当たらない。

見間違いか?

すぐに打ち消す。

そうでないことは自分がよくわかっている。

正体ははっきりとはしてない。

が、それはいる。

この校舎の三階のどこかに。


いや、どこかなどと曖昧な表現はいらない。

ここまで来たなら、もう潜んでいる場所は限られたようなもの。


博人は自らが学ぶ教室へと足を向ける。


まるで異界への入口が開かれてしまったように、次々と異様な事態が起きている、自分達の小学校。

そんな不条理な現実を見下ろしたくないからか、この地方の夏の夜としては珍しく、月も星も厚い雲に覆われてしまい、下界から見上げることは出来ない。


教室が近づく。

博人が近寄ると、出入口の引戸がガラガラと音を立てて開いた。


いらっしゃい、ってところかな。


博人は教室に入ると、引戸はピシャリと閉まり、退路を絶たれる。


通い慣れた無人の教室。

一見すると何事も起きてないように思えるが、明らかに目につくものがある。


現在も行方のわからない2人ね生徒、白岡寧々と蓮田ケイ。

その2人の席の机上に置かれた花の活けられた花瓶。


「その意味がわかる?」


どこからか聞こえて来る声に、周囲を見回す。


「どこを見ているの、こっちよ」


声のした方向に見当をつけて振り向くと、教壇に立つ人影の姿。


「君は……」


博人は人影のあらわになった素顔を見て、言葉が途切れる。


「どうしたの?

私がここにいるのがそんなに信じられない?」


今まで夜空一面に広がっていた厚い雲が嘘のように取り払われ、今宵は恥ずかしがり屋の月が姿を現す。


月明かりが教室に射し込み、暗く視界の悪い室内をほんのりと照らしてゆく。


博人にも、教壇に立つ人影にも月明かりは注ぎ、お互いの顔を見つめ合えるまで明るくなった。


「…………麻里矢さん」


「ようこそ、博人君。

異界の歪みへ」


麻里矢の冷たい眼差しが、呆然と見つめるだけの博人を見据える……



同日同時刻ー


廊下を駆ける礼音の足が不意に止まる。


廊下の暗がりから突如現れる一匹の蛇。

長い胴体をズルリ、ズルリと這いずり、礼音の前で止まってじっと見つめて来る。


「私の言葉、わかる?

悪いけど、私急いでいるの。

そこ、どいてくれない?」


「シャアアアア……」


蛇は微動だにせず、ただじっと礼音を見つめるばかり。


「……通らせてもらうね」


「シャアアアア!!!!」


やや強引に脇をすり抜けようとすると、

物凄いスピードで進路を阻まれてしまう。

礼音はたじろぐ。

なぜなのかはわからないが、蛇には好かれる体質であり、威嚇されたりした経験は皆無であった。


その自分が今、蛇から怒気を含んだ威嚇を受けて行く手を阻まれている。


何か普通の蛇とは違う。

礼音は生まれて初めて、蛇に対する警戒心を抱く。


「……お願い、蛇さん。

そこを通して!」


「シャアアアア!!!!」


蛇は威嚇の声を高らかに上げ、礼音目がけて攻撃を仕掛けにかかる……





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