第31話

同日同時刻ー


「はあ、お宅のお子様がいなくなったと。

はいはい、それでいつ頃から……は?

おおよそ1時間前?

……失礼ですが、少しお待ちになられてはいかがでしょうかね。

ひょっとしたら少ししたら戻る可能性が高いと思われるので。

……あのですねお母さん、それくらいのことですぐに動くようなことは非常に難しくですね。

はあ、はあ……では一応こちらで捜索願を作成しますので、簡単な情報をお聞かせ願えますか。

はい、はい、名前は九鬼礼音ちゃん、小学生5年生……」


同日同時刻ー


「波留、あなた本当に礼音ちゃんのことわからないの?」


「しつこいわねえ、友達だからってさ、そう何でもかんでも知っているはずないでしょうが。

何度も同じ話させないでよね、こっちは眠くてたまらないってのにさ」


「そうは言っても見当くらいつきそうなものじゃない?

さっきもまた礼音ちゃんのお母さんから電話があって、何も答えてあげられなくて申し訳なかったわ」


「知っていたらとっくに話しております。

あらかじめ断っておくけど、これで寝不足になって起きれないなんてことになったらグレてやるかんね。

遅刻の常習犯になってやるし、ピーマンだって残してやるし、お母さんのこと、オバンって呼ぶから」


「はいはい、眠いところ起こして悪かったわね。

それにしても礼音ちゃんたら、どこで何をしてるのかしらね。

うちの子の影響なのかしら……」


「…………ったく。

参ったわァ、これじゃ行けなくなっちゃうわ」


同日同時刻ー


「先生、鍵貸して!」


言われるままに、預かっている鍵の束を博人に渡す麻美。


受け取ったはい博人は束の中から目的の鍵を素早く見つけ、出入口の鍵の開ける。


「先生、早く入って!」


麻美の手をつかんで引っ張り込んで、大急ぎで出入口を叩きつけるように閉めて鍵をかけ直す。


直後に追いかけて来た蛇が出入口に身体をぶつける衝撃音が室内を震わせる。


「あいつに入って来られるのも時間の問題です。

その間に武器になるものを調達しなくちゃ」


鍵の束を麻美に返しながら、博人は室内を物色する。


「博人君、あなた……本当にあんなのと対決するつもり?

とても敵う相手ではないわよ?」


「それはどうだか。

先生だっていま見てたでしょ?

ああしてものにぶつかれる以上、実体があるってことです。

となれば、その気になれば退治するのだって可能だという結論になります」


「それはそうかもしれないけど……」


「とにかく先生は早く隠れていて下さい。

後は僕が……」



数十秒後ー


下記のかかった出入口を破られ、蛇が室内に侵入。


コケにした獲物はどこに行ったのか、唸り声を上げて室内を物色する。


その部屋は家庭科室。

授業の一環で、生徒達による調理実習が行なわれる場所である。


部屋には大きな調理台が数個、一個の調達台で実習出来るよう、左右には流し台とガスコンロが設置されている。


突然何かが床に落ちる大きな音に反応し、俊敏な動きで近寄る蛇。


床に落ちていたのは、調達に使用する小型の鍋。

なぜこんなものがこけに落ちているのか。


そして蛇はさらなる異変に気が付く。

近くの調達台に設置されたガスコンロから、青白い炎を上げていた。


シャアアアア……


警戒しながら炎に近寄る。

初めて目にする青白い炎に、戸惑いながら距離を保って見つめている。


「シャアアアア!!!!」


いきなり蛇の絶叫が室内に響き渡る。


炎に気を取られていた蛇の胴体に、博人が調達実習で使用する包丁を突き立てた。


長い胴体を激しくくねらせて暴れる蛇。

室内のそこかしこにムチを振るうように頭や尻尾をぶつけて怒り狂う。


その度に傷口から鮮血がほとばしる。

確実にダメージを与えた手応えに、博人ガッツポーズ。


「シャアアアア!!!!」


「ヤバッ」


博人の姿を捉え、なりふり構わず怒りの雄叫びと共に襲いかかる蛇。

奇襲攻撃は功を奏しており、明らかに動きが遅くなっている。


「シャア!」


暗がりから突然飛んで来たフライパンが蛇の頭に直撃し、周囲に目を配る。


「シャアアアア……」


隠れていた麻美の姿を発見し、目標を変えて襲いかかる。


「キャアアアア……!」


「先生!

……参ったなもう」


逃げるのを止め、蛇に向かって突っ込む博人。

その間にも麻美はフライパンを振り回し、必死の抵抗を試みていた。


博人はタイミングを見て蛇の尻尾を踏んづけ、持っていたもう一本の包丁で切断。


「シャアアアア……!!!!」


切断箇所から噴き出る鮮血、切り離した尻尾の部分が、主を失くしてもなお生きようと暴れ踊る。


「先生、今の内に!」


「バカ言わないの!

教え子が頑張ってるのに、先生が逃げられるわけないでしょ!」


決意の雄叫びを上げてフライパンを構える麻美。


「……参ったなあ、フライパンを構えたジャンヌダルクですか」


博人は苦笑いを浮かべて包丁を構える。


「それなら僕は、包丁を構えた学級委員かな」


「シャアアアア……」


蛇の攻撃が鈍くなった。

思わぬ反撃を相次いでくらい、明らかに動揺している。


ジリジリと蛇ににじり寄る博人と麻美。


「やっ!」


かけ声と共に仕掛けたのは麻美。

蛇の懐に踏み込んで、手にしたフライパンを振り回す。


その麻美の攻撃に気を取られた蛇の隙を博人は逃さない。

お留守になった切断箇所を思い切り踏みつけ、ザクザクと包丁を突き刺す。


「シャアアアア……!!!!」


「ああ、痛かった?

ゴメンゴメン、今度はしっかり急所を刺してあげるから」


「ヤアッ!」


博人の攻撃に気を取られていた蛇の頭を、麻美の振りかざしたフライパンが直撃。


「シャア……」


脳しんとうでも起こしたのか、持ち上げていた頭が床近くまで下がる。


博人、突進。

蛇の頭を目がけて、包丁を突き立てる。


「…………」


蛇は見る見る生気を失ってゆき、やがてぐったりと胴体を投げ出し、動かなくなった。


「……死んだ?」


「みたいですね」


博人は近寄り、蛇の頭を足で小突いて確かめる。

ピクリとも反応を示さない。

そのことにホウッと長い息を吐き出す二人。


「…‥信じられない。

やっつけたんだ、私達が。

この蛇やがて化け物を」


「ですね。

いやあ、正直倒せるのは五分五分だと思ってましたけど、結構しんどかったですね」


「何をのんきな……

先生は気が気ではありませんでした、正直なところ、1人だけなら絶対に逃げているところです。

それを退治しようなんて言い出すから……」


「あれ、先生。

そうおっしゃいますけど、なかなか様になってましたよ。

勇敢な女の子教師の姿、間近で見させていただきました。

武器がフライパンというのは、ご愛嬌というやつで」


「そんな軽口たたいて……

とにかく、2人共生きていて何よりです。

教え子を見殺しにするなんて、教師として失格ですからね。

博人君もよくやりました。

あなたにあんな一面があったなんて……」


「いやあ、火事場の何とかってやつですよ。

僕だって逃げ出したいって何度も思いましたから……」


「それで?」


「は?」


「とぼけないの。

こんな時間にこんな場所で、君は何をしているの?」


「あー……やっぱりそうなりますよね。

ハハハ……」


「博人君みたいな優秀な子が深夜の学校に忍び込んだりして。

これは立派な規則違反ですよ。

さあ、何をやらかそうとしていたのか、白状なさい」


そう言ってフライパンを構える麻美に、困り顔の博人。


「参ったなあ。

先生ならわかっていただけると思うのですけど、今、そんな悠長な話をしている婆じゃありませんよ?

およそ説明不可能な事態がこの学校で起きているんです。

こういう蛇の化け物とか鏡の化け物とか、おかしいでしょ?

まずはそちらをどうにかしないと」


「いいえ、それはそれ、これはこれです。

私は君の担任として、教え子の規則違反をきっちり罰する立場と責任があります。

まずはそちらの問題を解決するのが、学校関係者としての義務です」


「……参ったなあ」


困り果てた博人、ここは一つ脱兎のごとく逃げ出そうかと、出入口に目をやる視線が止まる。


誰かいる。



あの時と同じ感覚だ。

避難騒ぎの最近、ふと見上げた教室に見えた人影と同じ……


人影がスッと消える。

博人は走り出す。

麻美から逃げるためでなく、人影を追いかけるために。


「コラッ、博人君待ちなさい!

まだ話は終わってませんよ!」


家庭科室から廊下に出て左右を見渡し、人影が見えぬことを確認して階段を上がる。


「博人君っ!

先生、君がそんな態度を取るなんて知りませんでしたよ。

このことは内申書にしっかり……」


博人を追いかけて家庭科室から出ようとした麻美の目前で、いきなり出入口が固く閉ざされてしまう。


「え……?

ちょっと何なのこれ?

……くう、固くて開かない。

……もう!」


麻美はフライパンを投げ出し、腰に手を当てて、閉ざされた出入口を見つめるだけであった……







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