第33話

同日同時刻ー


教室では博人と麻里矢がお互いの顔を見つめ合っていた。

博人はここに麻里矢がいることが信じられない表情で、麻里矢は考えが読めぬポーカーフェイスを浮かべて。


「……異界?

麻里矢さん、今、異界と言ったの?」


「正確には異界の歪み。

この学校全体が今、異界の影響が発生しやすい環境下にあるの。

理由は色々あるのだけれど、一番の理由は私達が同じ学校に集まってしまったからかしら」


「私達?

……それはつまり、麻里矢さんと僕ということ?」


「それとあと1人……礼音ちゃん。

3人がこんな形でそろわなければ、歪みは発生しなくて済んだかもしれない。

けど、きっと必然だったのよ。

遅かれ早かれ、こうなる運命だった……」


「礼音ちゃんも……?」


「そ。

私達3人は、生まれついて『怨』を背負わされた者同士。

私も礼音ちゃんも、そのことで苦労しているのに、なぜかあなたにはその兆候が見られない。

そのことが羨ましくもあり、妬ましくもあり、何より憎たらしい。

何も知らずに無知のままで、のうのうと暮らしているあなたが私は許せない」


「……君は一体何の話を」


「そう思わない?

寧々さん、ケイさん」


え?

麻里矢の言葉に驚いて、博人は度肝を抜かれる。


いつからいたのか、行方不明となっている筈の白岡寧々と蓮田ケイが、それぞれの席に座って驚く博人をじっと見つめていた。


「寧々さん、ケイさん……君達、今まで一体どこに……」


博人の言葉にまるで反応を示さぬ寧々とケイ。

感情が消えてしまったかのような虚な眼差し、凍りついてしまったかのような表情。

博人はたじろぐ。

この2人、大丈夫なのか?


「何を言っても無駄よ。

その2人はもう、抜け殻みたいなものだから」


「抜け殻……それはどういう意味だ」


「どうも何も、もう見当がついてるのではなくて?

この2人、もう現世の人間ではないから」


博人は改めて2人に目を向ける。

一見、正常な人間と変わらぬ姿ではあるが、生きてる人間を感じさせる要素が感じられない。


「……それは2人が死んでいる、そういうことかい?」


「まあね。

この2人はね、私の大切なお友達を傷つけた性悪だから、私が蛇誅を下してあげたの」


聞き覚えある言葉が麻里矢の口から出たことに博人は素早く反応。


「今、蛇誅って言ったね?

その言葉……確か神社の事件で……」


「ええ。

あれもまぎれもない、私が下した蛇誅。

あの男こそ、死んで当然のろくでなしだった……」


「麻里矢さん、君は……あの男が誰だか知っているんだね?」


「当然でしょ。

私の父親だもの」


麻里矢の衝撃の告白に、博人は絶句するばかり……



同日同時刻ー


「シャアアアア!!!!」


廊下では本能のまま執拗に攻撃を加える蛇と礼音の攻防が続けられていた。


何とかして切り抜けたい礼音だったが、蛇の動きが素早く、とても先を進める状況ではなかった。


「どうしよう、時間ばかりが過ぎて足止めされちゃう……きゃっ」


ひっきりなしに仕掛けられる攻撃に気を取られ、思わず足がもつれて体勢をくずし、転んでしまった礼音。


「シャアアアア!!!!」


この期を逃すような相手ではない。

俊敏な動きで瞬く間に距離を詰め、一気にケリをつけにかかって来る。


ダメかー


ギュッと両目を閉じて頭を伏せる礼音。


「シャアアアア……!」


…………あれ?

突如、頭上で響く蛇の絶叫。

礼音はゆっくりと頭を上げ、何が起きているのかを確かめる。


一匹の蛇が、蛇の喉元に食らいついていた。

礼音はその蛇に覚えがあった。

いつも神社の境内で親身になっている顔馴染みの蛇……


「ヌシさん……!」


噛まれた蛇は暴れ回り、どうにかしてヌシを振りほどこうともがき足掻くも、しっかりと牙を突き立てられていてどうにもならない。

それに加えてヌシは胴体を巧みに巻きつけ、全身を使って蛇の締め上げにかかる。


蛇が蛇を締め上げる異様な光景に、礼音は声を出すのも忘れて見入っていた。

予想だにしてなかったヌシの登場に、すっかり感慨を受けてその場から動けずに死闘の行方を見守る。


「シャア……アアァ………」


見る見る力を失い、ぐったりとなって廊下に崩れ落ちる蛇。

勝利を確信したヌシは喉元から牙を抜き、巻きつけていた胴体を離してゆく。


ゆっくりと起き上がって蛇に近づく。

礼音が顔を近づけても、蛇はまるで無反応。


「シャアアアア……」


ヌシが礼音に近寄り、頭を頬に摺り寄せる。


「大丈夫、私は何ともないから。

……ありがとう、ヌシさん。

まさかこんな場所で会うなんて思わなかった」


「シャアアアア……」


「……そう。

この場所に変な気配を感じてヌシさんも……やっぱり何かが起きてるんだ、この学校で。

急がなくちゃ、もしかしたらもう、博人君の身にも何かが起きているのかも……」


「シャアアアア……」


「それはわかっているわよ、行くことが危険だってことくらい。

でも……じっとしてられないの。

このまま知らんぷりするのがすごく悪いように思えて……

ヌシさんの意見も最もだけれど、私は行く」


「………シャアァ」


「一緒に来てくれるの?

ごめんなさい、わがまま言ったりして。

博人君を見つけたらすぐに連れ出して逃げ出すから……ついて来て!」


礼音とヌシは闇夜の廊下を走り出す……




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