第28話

同日午後11時30分ー


一つの人影が、静まり返った小学校の敷地内へと侵入した。


人影の正体は博人。

ある目的のために危険を承知で、真夜中の学校までやって来た。

一応、大丈夫ではあろうが、周囲に目を配らせ、誰の姿もないのを確かめながら校舎へと向かう。


博人はこの瞬間もまだ、昨夜の電話のやり取りを思い出していた。

その電話で受けた指示に従い、こうして行動を起こしているのだ。


「明日の午前0時、君のクラスが使う教室に来なさい。

そこで全てを話す。

来る勇気があれば、の話だが」


挑戦的な電話の対応に、不安を覚えながらも、博人は燃えた。

ピンチとチャンスは紙一重、危険を恐れて行動していては、何一つ得るものはない。


正面玄関は当然だが固く閉ざされて入れない。

だから学校の中へ入ることなど不可能ではないか。

そう博人が訴えると、電話の相手は意外な返答をした。


「君が来る頃には正面玄関の鍵を開けておく」


半信半疑のままで正面玄関前に立つ博人、意を決して閉ざされているガラスドアに手をかける。


ギギギギ…………


鈍い軋み音と共にドアが開く。

全開にする必要はない。

自分が通れる最低限の隙間だけ開け、閉じぬように近くに置かれた植木鉢を持って来て、ストッパー代わりに使用する。


こうして博人は何なく校舎に侵入。

そのことに喜びは感じなかった。

むしろ相手の強い意思を感じ取り、より一層気持ちが引き締まる。


自宅から失敬して来た懐中電灯をかざし、博人は無人の廊下を小走りに駆け出した。



同日同時刻ー


麻美の見回りは、図書室前に差し掛かろうとしていた。

この場所にやって来ると、必ず学生時代に書かされた読書感想文を思い出す。


大人になった今でこそ苦にはならないが、当時の麻美は活字という媒体に苦手意識を持っており、感想文が億劫でならなかった人間である。


それは今の子供達にも少なからず当てはまるようで、読書感想文はきっちり書いてくる生徒とざっくばらんに書いてくる生徒と大きく分かれる。


麻美は感想文が苦手な生徒に無理強いはしなかった。

無理に押しつけることでより一層敬遠してしまう羽目に陥らせたくないからだ。


大人になってからでも苦手なものが好きになったり克服する事例はたくさんある。

かくいう麻美もそのクチであり、生徒のトラウマになってしまうような教育は避けたいと願っている。


麻美の足が止まる。


今、図書室の中から物音が聞こえて来たようだが……

麻美はどうすべきかその場で逡巡し、室内を確かめることに。


預かっている各部屋の鍵の束から、図書室の鍵を取り出して解錠し、室内へ。


学校内でも一、二を争う静かな空間は、本の香りがほんのりと漂う、独特の雰囲気を醸し出していた。


手前に生徒達が読書をするための長テーブルが数脚置かれ、奥側にたくさんの本が詰め込まれた木製の本棚が並べられている。


麻美は懐中電灯で足元を照らしながら、室内を探索する。

何か物音がしたような原因がわからないか……


奥側の本棚から、数冊の本が床に落ちているのを見つけた。

本棚は上段、中段、下段と分かれていて、上段の本棚から落ちたものと推測。


まだ背丈が小さな生徒からしたら、取りづらく戻しづらい高さだ。

上段に戻した本がきっちりと戻せず、重みで床に落ちてしまったか。


麻美は落ちていた本を全て上段に戻し、ホッと息をついて図書室を後にする。

きっちりと鍵をかけてから麻美が去って間もなく、先ほど戻したばかりの本が飛び跳ねたように宙を舞い、ボトボトと床に落ちた。



同日同時刻ー


狛江はどうすべきか困惑していた。


夕食後の礼音はいつもならば、リビングでテレビを見たり勉強をしたりして時間を過ごすことが多いのだが、今日に限ってはなぜか早々と自分の部屋に籠ってしまい、それきり部屋から姿を見せなくなってしまった。


狛江は心配した。

もしかしたら何か悩みがあって、部屋の片隅で泣いているのではないか。

声をかけるべきか否か、しばらく悩んだ。

難しい年頃である、変に親が首を突っ込んでへそを曲げられてしまっては、それはそれで厄介だ。


狛江は決心して、礼音の部屋の前に立つ。

何かあってからでは手遅れになる、早目の対応を取ることに成果があるのだと言い聞かせて。


「礼音、ちょっといい?」


呼びかけてみるも、返事は返って来ない。

最近の礼音の様子を思い出しても、返事を返さないようなことはない。

狛江の不安が、大きくなる。


「礼音。

ちょっと話したいことがあるの。

中に入っていい?」


やはり返事はない。

どうしよう?

一瞬のためらいはあったが、狛江は部屋のドアを開けて中を覗き込んでみる。


部屋の中に礼音の姿は見えない。

ベッドの布団に膨らみがあるのを見つけ、もしかしたら布団にくるまって泣いているのかと考える。


「礼音、入るわよ。

……何かあったの?

学校で嫌なことでもあった?」


相変わらずのなしのつぶて。

布団の膨らみは微動だにせず、起きているのか寝ているのかの判断もつかない。


「何かあったのなら相談に乗るよ。

ママじゃ頼りないかもしれないけども、山あり谷ありの人生を乗り切って来た大人だから、色々アドバイスも出来るし。

ね、お布団から出て来て話を聞かせてよ」


狛江の言葉にまるっきり無反応。

あまりに静か過ぎることに不審を抱いたのはこの時であった。


「礼音。

返事くらいしなさい。

……礼音?……いるんでしょ?」


部屋に入り、狛江は思い切って布団を引き剥がす。


そこに礼音の姿はなかった。

あったのは縫いぐるみと服を丸めた固まりだけ。

狛江はショックを受けながらも布団に手を押し当て、温もりを感じないことから、ずいぶん前からいなかったことを確認する。


慌てて部屋を出て靴の確認。

ない。

いつも履いている靴が玄関先から消えている。


私に黙って家を出て行った。

こんな時間に?

狛江は動揺し、激しい焦燥に駆られる。

礼音が消えた。

一体どこに?


今、娘に何が起きているのか。

こんなは心当たりの連絡先を、片っ端からかけて回り出した……


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