第27話

同日午後11時20分ー


麻美は一仕事を終え、うーんと腕を伸ばして身体をほぐす。


「はい、どうにかなりましたと。

さて、見回りでもして来ますか」


席を立ち、懐中電灯を手にして職員室を出る。

職員室を出る際、最低限の電灯のみを点けたままにし、省エネに徹することを麻美は忘れない。


目の前に見える、どこまでも続くように思える暗く長い廊下。

初めての宿直でこの光景を目の当たりにした時は、あまりの不気味さから本当にさぼってしまおうかと真剣に考えた。


「いつ見ても足がすくむわ……」


愚痴をこぼしながらも、懐中電灯を点けてライトを照らし、勇気を振り絞って歩き始める。


同日同時刻ー


昨日不思議な噂話の舞台となった2階の女子トイレから、突然便器の水が流れ出す異変が起きた。



同じ頃ー


こちらも不思議な話の舞台となった4年生の教室から、給食袋に異変が生じ始めた。


同日午後11時25分ー


麻美は懐中電灯のわずかな明かりを頼りに、覚束ない足取りで無人の廊下を歩いていた。

気を紛らわすため、楽しいことを考えようとする麻美であったが、こういうときに限って頭に浮かぶのは、幽霊話の類いであった。


小さい頃の麻美は、田舎の祖母から幽霊にまつわる話をたくさん聞かされた記憶がある。

その中にはお誂え向きに、学校の廊下にまつわる話も聞かされていた。


今から数十年前のある学校で、1人の女子生徒が無人の校舎での肝試しを敢行した。

その肝試しは真夜中の女子トイレに向かい、指定された文字を書いてくるという条件付きのもの。


そうすることで、かつて女子トイレで自殺をした女子児童を呼び出せるという。


もちろん、女子生徒は迷信だと信じて疑わず、肝試しに挑んだ。


無人の校舎は暗く寂しく、不気味ではあったが、幽霊など信じてはいなかった女子生徒は、足早に指定の女子トイレへと向かう。


到着してドアを開くと、当たり前だが誰の姿もない、閑散とした光景。

昼と夜の違いだけで、どうしてこんなに違う視点で見られるのか。


一番奥の個室トイレに入り、用意していたマジックペンで、ドアの内側に暗記した文章を書く。

暗い中で書く作業は、なかなか難しいものがあった。


「ハツさん、ハツさん。

もしもいるなら私目がいる場所まで、おいで願えませんでしょうか」


文章を書いてから1分間、目を閉じて文章を呟き、目を開くことになっている。


「ハツさん、ハツさん。

もしもいるなら私目がいる場所まで、おいで願えませんでしょうか。

ハツさん、ハツさん。

もしもいるなら私目がいる場所まで、おいで願えませんでしょうか。

ハツさん、ハツさん。

もしもいるなら……」


呟くこと1分後、閉じた目を開いて異変がないか確認。


……何も変化はない。

女子生徒はそのことにホッとして胸を撫で下ろす。

幽霊など信じてはいなかったものの、こういうシチュエーションに1人身を置かれると、やはり不安が膨らむのは否めない。


さて、戻ろうか。

そう思って個室トイレから出ようとした女子生徒、不意に頭上から注がれる視線を感じ、身体を硬直させる。


ここの女子トイレは、天井部分が開いており、その気になれば隣の個室から隣の個室を覗くことをが可能になっていた。


どうして頭上から視線が?

いいえ、錯覚に来まっているじゃないの。

こんな真夜中に、誰がトイレを使用していると言うの。

自分に言い聞かせながら、女子生徒は恐る恐る、頭上に目を向けて見る。


女子児童が隣の個室から覗き込んでいた。


女子生徒は悲鳴を上げ、大急ぎで女子トイレから逃げ出す。

一刻も早く校舎から脱出するために。


長い廊下を走り抜けながらも、中々目指す出口は近づかない。

どうしてこんなに時間がかかるのか。

悪態をつきながら走っていた女子生徒、背後から何かが近づいて来る気配に、全身が総毛立つ。


チラリと振り返ると女子児童がすごいスピードで追いかけて来る姿が。

女子生徒は追いつかれぬよう、死に物狂いで廊下をひた走る。


走りながら女子生徒は不思議がっていた。

どこまで走っても出口が見えて来ない。

ここは本当に通い慣れた学校の廊下であろうか。

もしかしたらこれは、異界へと通ずる踏み込んではならない領域に踏み込んではいまいか。


大分走ったところで再び振り返ると、あの女子児童の姿はない。

どうにか上手いこと振り切ったか。

そんな解釈に安堵感を覚えた矢先、不意にあの視線を感じる。


女子生徒は怯えた瞳で、正体を確かめる。

自分と肩を並べて、女子児童がじっと見つめて来ながら並走していた。


女子生徒が悲鳴を上げるのと、女子児童が飛びかかって来たのは、ほぼ同時だった……


「ああ、やだやだ。

私ったら、どうしてこんな話をこの状況で思い出しちゃうわけ?」


麻美は首を横にブルブルと振り、怖い話の記憶を振り落とそうとする。


「……でもこの話、最後はどうなったんだっけ?

冥土に引き摺られて行ったのか、頭を噛み砕かれて脳味噌を……バカ!

私ったらまた……」


このような状況下において、想像力が逞しくなる麻美である。


同日同時刻ー


理科室にて、授業で使用されるガラス管が床に落ちて散乱し、アルコールランプから突然炎が燃え上がった。


同じ頃ー


美術室にて、デッサンに使用するレプリカの胸像の目から真っ赤な血の涙が溢れ出し、頬を伝い落ちた。


同日同時刻ー


蛇丸神社境内において、ヌシが目をさました。





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