第3作戦 同盟関係の暴露

(1)

「ここまでが、先週半ばまでにわたしに降りかかったこと。一部推測は入っていますが、ほとんど事実だと思います。そしてここまでなら、わたしが辞めるって宣言しなくたって出来る話です。でも今の話で、何がどうなっているのか、みなさん分かります?」


 俯いたままの白田さんと御影さん。凍ってる社長。首を振って、訳分からんという表情をする黒坂さん。


「もちろん、わたしだって何が何やらさっぱりです。ですから、ベガ女子大への抗議申し入れに合わせて、社長に一日外勤を許可してもらい、木曜日に情報収集しました。その時に入手した新情報を加えて事実関係を見直し、わたしなりに今回のことを解析してみたんです」


 バッグから暗号ノートを出して、みんなから見えるよう頭上に掲げた。


「ただ、それはわたしの単なる推論。ばらばらのピースが一番ぴったりはまるっていうだけ。裏付けは取りようがありません。だってわたしは、探偵でも推理小説の作家でもありませんから。あくまでも、今までの話に出て来なかった追加情報を考え合わせるとこういう筋立てが浮かんでくるよという、わたしなりの推論です」


 下ろしたノートで、自分の胸をぽんと叩く。


「推論ですから、当然そこには論理飛躍や生臭い話も混じります。わたしが社員である限り、どうしても踏み込めない部分があるんです。ですから、こうやって辞めるっていう責任の取り方を最初にお示しした上で、話をしようとしてるんです。それを……どうかご理解ください」


 わたしは、みんなに向かって深く頭を下げた。それから、ノートをバッグに戻して一つ息を吐く。ふうっ。ここまでは前菜だ。ここからメインディッシュになる。手抜きは一切出来ない。気を引き締めて、みんなを見回す。


「まず最初に。ここに社員でない方が一人混じっていますよね?」

「ああ、白田さんが雇ったバイトの子だろ?」


 社長は冷静にそう言って、御影さんの顔を見た。本当に知らないんだね。


「社長。彼女の名前は、御影。御影真佐美さんと言います」

「なっ!」


 社長の顔色が変わった。


「社長。今回のどさくさ。それには大きく分けて、二つの要素が絡んでいます。一つは、社長のお父様が営まれている和菓子屋さんの穂蓉堂と御影不動産との関係。そして、彼女です」


 まだうろたえていた社長に、確かめる。


「ねえ、社長。社長には、だいぶ前から複数縁談が持ち込まれてましたよね?」

「……ああ」


 河野支店長の杉浦さんは、社長の母親が息子に縁談を振ってるって言ってる。だから見合い話はひゃっぱー間違いないと思ってたけど、社長に直接確かめておかないとね。よし! これで、一気にゴーだ!


「それは社長のお母様の誘導。もう三十が目の前に来ているのにまるっきり女っ気がなくて、あの子大丈夫かしら。お母様がそう心配されるのは分かりますし、年頃の息子に見合い話を振るのは珍しくないでしょう。うちなんか、母が度外れた結婚至上主義者で、わたしがまだ十代の頃から馬鹿げた見合い話を持ってきてましたから」


 もう、うんざり。


「でも、社長は設立した会社の切り盛りで手一杯。今はとってもそんなことを考える余裕はない。そうですよね?」

「ああ、そう」

「社長のお母様の手持ち札がごくごく普通の女性だったら、別に何の問題もなかったんですよ。でも、お母様の手札の中に、そこにおられる御影真佐美さんが入っていたんです。そして社長は今、その手の話に全然興味がない。写真や釣り書きを見ないどころか、名前も何も確かめずにお見合いを門前払いした。そうですよね?」

「ああ」

「ところがね。それが変な方向に跳ねちゃったんです。わたしが最初から変だなあと思っていたことと、ごっちゃごちゃに絡まってしまったんですよ」


 黒坂さんがぐいっと身を乗り出した。


「変なこと? なんだい?」

「わたしがどうにも腑に落ちなかったこと。それはこの会社自体です」

「どうして?」


 白田さんが首を傾げた。


「高野森製菓は、最初から妙に順調すぎるんですよ」


 それは。わたし以外の社員には最初から分かっていること。わたしだけが蚊帳の外だったんだ。それがわたしの劣勢の原因になってるの。冗談じゃない!


「社長に他社で働いていた下積み期間があって、経験を積んでいて、それを活かしてというなら分かります。でも、社長は大学を卒業されたあと家に戻られてる。個人経営のお父様のお店を手伝われていますよね?」

「……そう」

「社長には、会社という組織に関わった経験がないんです。当然、経験がなければ失敗は必ずあるはず。起業したばかりの小さな会社なら、その試行錯誤を抜け出すにはもっと時間がかかりますよ。一発大ヤマを当てるっていう博打を打つならともかく、社長の商売の仕方は基本に忠実です。まじめに製品を作り、小売店を回って売り込みに行き、少しずつ扱い店を増やしてますよね?」

「ああ」

「そういう地味でオーソドックスなやり方で、弱小後発メーカーが、山のようにある他のお菓子メーカーと渡り合えるんでしょうか?」


 それは、ぼけ切っていたわたしの大失態。そんなこと、注意深くうちの社を見ればその日のうちに分かったことだったんだ。くそっ!


「でも、この社は二年、たった二年で、大きな波乱もなく商売を軌道に乗せてます。そしてね、社長はご自身でおっしゃってたじゃないですか。そんな経験のない人が会社を起こすなんて、気違い沙汰だって忠告されたと」

「……ああ」

「だから助走距離を短くするために、プロを揃えた。社長はそう言いました」

「言った」

「でも、そんなプロ、揃いっこないですよ」

「どうしてだ?」

「社長。プロを雇うには元手が要るんです。わたしみたいな大学出たてのぺーぺーを採るならともかく、薄給で来てくれる凄腕のプロなんかいませんよ。ボランティアじゃないんですから。プロっていう肩書きの付いた人を招くには、それ相応の原資が必要なんです。そのお金は一体どこから出て来るんですか?」


 社長が黙り込む。


「お菓子とか食品関係は、最初は一坪商売からですよ。ワゴンや屋台売り、そういう自分の身の丈に合ったところから始めて、試行錯誤しながら商売のノウハウを覚え、販路を広げ、徐々に規模を大きくする。それがセオリーでしょう? 社長には食品会社での勤務経験がないんですから、なおさらです。この高野森製菓みたいに、いきなりプロを揃えて、でかい機械入れて、がんがん製品作って売りまくるなんて話は聞いたことがありません」


 わたしは、でかい声ではっきり指摘した。


「つまり高野森製菓の起業にあたっては、社長に最初から大きなスポンサーが付いてたとしか思えないんです!」



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