(2)

 黒坂さんが、わたしを見てにやっと笑った。


「ようちゃん」

「はい?」

「あんた、すごいね」

「そうですか?」

「よく勉強してる。俺も見習わないとな」


 わたしは黒坂さんにぴしっとガンを飛ばして牽制し、それからみんなを見回した。


「じゃあ、社長はなぜそんな大きなスポンサーを見つけられたか。これも普通のセオリーとは違いますよね? 友人や家族とやっていた仕事の規模を大きくするのに、有志を募って起業し、スポンサーを探すっていうのが普通だと思うんです。でも銀行は、信用や実績のない小さな集団には大きなお金を貸してくれません」

「ああ、そうだな」


 黒坂さんが、当然というように頷いた。


「もし社長のご実家の穂蓉堂さんが母体ならば、その規模に見合った融資が受けられたでしょう。でも、社長は家を出て独立している。バックボーンが何もないんです。それなのにどうして融資なんか受けられます? 人もいない。土地も建物もない。カネもない。ノウハウもない。信用も、担保にするものもない。ない。ない。ない。ですよ? それなのに、起業して二年の間にとんとん拍子に実績を伸ばしてる。どんなに社長がやり手だって言っても、現実的じゃない。そんなのありえないですよ」


 わたしは、ぐっと社長を睨んだ。


「つまり、社長にはでかいスポンサーに援助をしてもらえる特別な理由がある。そう考えざるを得ないんです」


 バッグの中からハンカチを出し、それを握っていた右拳に巻いた。ハンカチはすぐに赤く染まった。


「縁談とスポンサー。よくある話ですよね? 縁戚関係を結んで、バックアップしてもらう。それなら分かります。でも、社長は独身です。結婚どころか誰かと付き合っているという話すら聞いたことがないし、その素振りもない。じゃあ、なんでその二つが絡んじゃうの? それは誰かの企みかなあと、最初思ったんですよ」

「どうしてだ?」


 黒坂さんに確かめられる。


「うちの社に御影不動産が関わっているからです。それもあからさまな形で。この社にも、縁談にも、です」

「それは!」


 御影さんが、必死の形相で否定しようとした。


「黙っててっ!」


 彼女が何か言おうとしたのを、速攻で押し潰す。体を起こして背筋を伸ばし、みんなを見回した。それから、次の展開に持って行った。


「わたしは、あまりにごちゃごちゃといろんな要素が入り込んでる話を整理したくて、外に出る前にみなさんの個人情報を調べさせていただきました。興信所に頼んだりとか、そんな大げさなものじゃありません。ネットの検索で、です」

「へえー」


 黒坂さんが、興味深そうに身を乗り出した。


「そんなんで、何か分かるのかい?」

「ネットで入手出来る情報は、基本的に公開情報。ですからここにおられる方が、どれくらい自分の情報をオープンにしているか、積極的に自己アピールをしているか。それが分かるんです」

「ふむ」


 黒坂さんが腕組みして考え込む。


「まず、社長。社長に関しては、高野森製菓の代表取締役をやってるという事実情報しか出てきません」

「だろうな」


 社長が納得したように頷いた。あほたれえっ!


「ねえ、社長。それがそもそもおかしいんですよ。お気付きですか?」

「えっ?」


 やっぱりなー。気付いてないよねー。


「二年で会社を軌道に乗せるようなガッツがある人は、当然自己アピールも積極的に行うはずです。製造業は、売ってなんぼのものなんですから。でも、社長に関しては、過去も、現在も、素っ気ない事実情報しかヒットしない。地味過ぎ」

「う」

「わたしが、社長に大きなスポンサーが付いてると確信したのは、そこからです」

「うーん、なるほどなあ」


 黒坂さんがうなった。


「そして、社長と、いやもっと正確に言えば社長の実家である穂蓉堂と御影不動産との繋がりも、偶然なんですが検索で分かったんです」


 ざあっ。社長の顔から血の気が引いた。


「そ……」

「黙っててくださいっ!」


 わたしは血塗れの拳をまたドアに叩きつけそうになって、辛うじてそれを堪えた。


「わたしが検索したのは穂蓉堂じゃありません。出て行けおじさん、すなわち社長のお父様です」


 白田さんが、社長の顔を見て絶句してる。まさか、まさかそんな……ってね。白田さんにとって、正体不明の出て行けおじさんはずうっと恐怖だったんだ。高野森製菓の社屋を施錠して最後に帰るのは白田さんだもの。そりゃあ不安だよね。


「社長のお父様は昔気質の人で、偏屈。自己発信なんか論外。当然、検索には何もヒットしません。お店である穂蓉堂が引っかかるだけ。でも、その穂蓉堂のある街区をマップで見てて、すぐに気付いたんですよ」

「何に?」

「穂蓉堂の背後に大きなマンション群が建ってる。完成したのは最近です。しかも、そのマンションに繋がる動線が、不自然にひん曲がっている。ひん曲げているのは、穂蓉堂です」


 誰も隠してたわけじゃない。秘密にしてたわけじゃない。でも、その事実には誰も触れたくなかったんだろう。事務室が無音になる。


「わたしが現地に行かなくても、今はネットでストリートビューという機能を使うことが出来ます。自宅に居ながら、穂蓉堂の周辺環境を目視出来ちゃうんですよ」


 わたしは、ゆっくりとみんなを見回した。


「穂蓉堂のある鈴庫町三丁目っていうところは、昔は市営団地がびっしり建っていたところでした。市が老朽化した団地群を廃止して跡地を競売にかけ、それを御影不動産が落札してマンションを建設したんです。それが今の御影テラス鈴庫町ですね。とてもおしゃれなマンションです」


 マンション分譲開始時のパンフ。そのPDFファイルをネットで探し当てて、印刷してきた。それをみんなに向けてかざす。


「当たり前ですが、古い街区にお住まいの方は、そんなどでかいマンションなんか建てられちゃ困るって反対運動をしてます。今でもマンション建設反対ののぼりが、ぱらぱら立ってます。で、マンションにとっても穂蓉堂さんにとっても、互いに不自然な位置関係でそれぞれが、もうすでに、ある。実物見れば、すぐに分かっちゃいますよ。見たのがわたしでなくたってね」

「そうだよな」


 黒坂さんが、深い溜息をついた。


「御影不動産が、穂蓉堂の立ち退きを迫っているってことを。そして、穂蓉堂がその圧力に頑強に抵抗してるってことを」


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