(3)

「社長が事前予告なしにテレルームを要塞化し、そこ以外との連絡を遮断した最も大きな理由。それは、白田さんの行為に対する懲罰です」


 白田さんは、がくっと首を折った。


「社長は、行動予定はオープンにしてます。でも何時何分にどこそこなんていう細かい予定は立ててません。それは社長ご自身で決めてますから、白田さんには分かりません。でも白田さんは、外からかかってきた電話を社長に取り次ぐことが出来ます。てか、それは白田さんにしか出来ません」

「ああ、そうだな」


 そんなの当然という風に、黒坂さんがフォローした。


「社長がどこで誰と商談をしているのか、出先で打ち合わせをしているのか、その細いところが分からない以上、社長へのコンタクトには細心の注意が必要なんです。でも、白田さんの取次ぎにはそのデリカシーが欠けていた。社長がそれに腹を立てたんですよ。でもね。それは本来社長が白田さんに直接口頭で注意すべきことです。いきなり白田さんから情報管理権限を取り上げるなんていうのは、あまりに乱暴。だって、白田さんからかかってくる電話にどんな重要な案件があるか、もう考慮しないってことなんだから」

「ああ、なんか変だな」


 黒坂さんが、しきりに首を傾げた。


「つまりね。社長よりも白田さんの権限が大きい。だから、社長は白田さんを思い切った手段で突き放さないと情報統制出来ない。わたしはそう考えたんです」


 社長が、真っ青になった。


「いいんですよ。社長と白田さんの間に何があっても。でも社長は、その後処理をわたしに押し付けた!」


 があん! ドアを右拳で力一杯殴りつけた。拳が裂けて、鮮血がぱっとドアに飛び散った。わたしは、激しい怒りで全身真っ赤になってたと思う。


「突然情報管理権限を取り上げられた白田さんの怒りが、わたしにダイレクトにぶつけられた!」


 ぎろり。わたしの視線は、誰にとっても間違いなく刃だっただろう。


「いいですか? わたしは、社長にも白田さんにも何もしていません! わたしの仕事は、クレーム受付用電話の応対とその情報処理です! それ以外は、わたしには何の仕事も権限もないんです! 社長が白田さんの前に、文句はこちらへって書いたわたしの看板を立てていなくなったら、わたし以外のところに怒りが向きますか? くそったれがあああっ!」


 アドレナリン全開。あのクソハゲ教授のところでは一滴も出すことが出来なかったアドレナリンが、堰を切ったようにどくどくと音を立てて流れ出した。


「白田さんも白田さんです!」


 返す刀で、白田さんをばっさり袈裟斬りにする。


「好人物のふりをして、わたしから社長の情報をちょろまかそうとした。それが物理的に出来なくなった途端に、わたしにあざとい当てつけを始めましたよね? それが、実直で曲がったことの大嫌いな白田さんのすることですかっ! くそったれえええーーっ!!」


 びりびりびりびりびりっ! わたしの絶叫で、部屋中の窓ガラスが激しくびりついた。


「ご、ごめんな……さい」


 謝ったのは、白田さんじゃなく、御影さんだった。まあ、そうだろね。でも、そっちは後にして。


 がん! がん! がん! 血まみれの拳をドアに何度も叩きつける。泣くもんか! 絶対に泣くもんかっ!


 ふうふうふうふうふう……。口からとめどなく吐き出されそうになる『くそったれ』を無理やり噛み潰して、わたしは息を整えた。


「話を続けます。月曜の社長の新指令、白田さんがわたしの腹を探ったこと、出て行けおじさんの登場。それを受けて、社長は前もって計画していたテレルームの要塞化を実行に移しました。でも、社長が要塞化に踏み切った直接の動機は、月曜の夜テレルームに大量の盗聴器が仕掛けられたことです」

「盗聴器ぃ!?」


 黒坂さんが、ぬっと立ち上がった。


「だ、誰が?」

「さあ」


 わたしは首を横に振った。


「想像は付きますが、それは明言出来ません。わたしが仕掛けたのを見たわけじゃないので。でも、盗聴器を仕掛けないとテレルームから情報が得られない。そう考えた人がいたってことでしょう。違いますか? 白田さん!」


 返事はない。


「テレルームの鍵は、わたしが帰宅する時には必ず白田さんに返します。時間外にそれを使えるのは、社長と白田さんしかいないんですよ。社長は盗聴器を見つけて、業者にそれを撤去させてる。自分で仕掛けて、自分で外す。そんなバカなことを社長がします?」


 社長と黒坂さんが、じっと白田さんをねめつける。


「でもね、白田さんのそういうアクションを知っていながら、社長はそれを直接咎めることなく、盗聴器を撤去した後にテレルームを要塞化した。それはおかしくありませんか? ここでも、社長と白田さんとの歪んだ力関係が顔を出します。社長は、なんで白田さんのやりたい放題を止めさせないの? おかしくありません?」


 わたしは、社長にガンを飛ばす。おかしいのは、白田さんだけじゃない、あんたもなのっ!


「わたしが変だなあ、おかしいなあと首を傾げている間に、社長からさっきの禁止事項が言い渡され、正式に指令が発動しました。わたしは、クレーム受付用回線を通じて飛び込んでくる番外編を録音、解析して、報告せよという任務を請けたことになります。でも、月曜と火曜。社長がわたしの前で口にしたのは抽象的なことばかり。その命令の目的も使途も、わたしには何一つ分かりません」


 血まみれの右手を、社長に向かって突き出す。


「社長は、情報遮断に踏み切った理由をこう説明しました。僕がここにいない理由を考えてくれ。まーあ、なんといい加減な! そんなの、どうにでも解釈出来ますよ。仕事が忙しい僕をわずらわさないでくれなのか、逃亡中だから捕まりたくないなのか、めんどくさいからおまえがやれなのか。まるっきり訳が分かりません。一番かちんと来たのは、ノイズを発信するのは誰か、社長が知らないと言ったことです!」


 あほかあっ!


「知らないわけないじゃないですか! 知ってるんですよ! はっきりとではなくても、当たりはついてる! もし社長が本当にノイズの発信者を知らないのなら、うちの業務を妨害する輩をさばくのは、警察の仕事ですよ。なんの権限も能力もないぺーぺーのわたしに、対処なんか出来るはずないんです! ノイズの発信者になりうるのは、うちの関係者しかありえないんですよ!」


 事務室の中。わたしの怒声だけがみっちりと充満して、どんどん重苦しくなっていく空気。でも、わたしはギアを上げた。


「でも社長は、わたしに判断材料を何もくれなかった。情報処理と解析は手伝えない、わたしが自力でこなしてくれ、そう言ったんです! ありえない。絶対にありえない命令ですよ! わたしは社長に関する情報を何も持っていない。社長が誰と関わっていて、誰とのトラブルを抱えているのか何も知りません。そのわたしに自力でこなせ、ですか? ふざけないでくださいっ!」


 がん! ドアに、わたしの血染めの拳の跡が付く。



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