(2)

「社長は、どこかのタイミングで情報管理権限を白田さんから取り上げることにしていた。それが先週の火曜日。社長は、行動予定はこれまで通りにオープンにしてる。でも、社長の携帯に繋がらないことがぐんと多くなった。白田さん、違います?」


 しばらく黙っていた白田さんは、渋々頷いた。


「そう」

「そうしたら、社長に何か言いたい、伝えたいと思っても、その手段が無くなる。社長が確実な連絡回路として唯一確保したのが、テレルームのクレーム受付用回線だったんです。そしてね、白田さん」

「なに?」

「白田さんがものすごーく誤解してるのは、そこなんです」

「誤解?」

「そう。社長は、わたしにだけはスケジュールを知らせる、わたしからの連絡を受け付ける。わたしを秘書代わりにしてる。そう思っていませんでした?」

「違うの?」

「違いますよ。社長はわたしにこう言ったんです」

「緊急事態があった時は、クレーム受付用回線を使って指令を出すかもってね。社長からわたしへの一方通行なんです」

「ええーっ?」


 ぱっくり大口を開けて、白田さんが絶句した。


「社長の居場所は、わたし『しか』分からない、じゃない。わたし『も』分からない、なんですよ!」

「知らなかった……」

「でしょ? くそったれがあっ!」


 がああん! 右拳でドアを力一杯どやしつけた。びきいっ! 鈍い音とともに、痛みが走った。わたしが突如ぶち切れたことに、みんながのけぞって驚いてる。


 ふうふうふうふうふうっ! 頭にがんがん血が上る。落ち着け! 落ち着けっ! 二回、大きな深呼吸をして。息を整えて。それから、話を続けた。


「そして、月曜日には社長の新指令の他に、二つ出来事がありました。一つは、発信者不明の脅迫電話が着弾したこと」

「きょうはくぅ?」


 身を乗り出した黒坂さんが、目をぎょろっと剥き出した。


「どこかの知らないおっさんが、ただ一言、出て行けって」

「なんじゃそりゃ」

「ようちゃん。それ誰か分かったの?」


 不安顔の白田さん。


「その時点では、わたしにはおっさんが誰なのか全く見当がつきませんでした。でもね」


 ぎろっ! わたしは、思い切り社長を睨みつけた。


「社長はわたしの報告を聞いた時に、始まったかって言ったんですよ」

「!!」


 白田さんと黒坂さんが揃って絶句した。でしょ? 呆れるわ。


「つまり社長は、そんなろくでもない電話をクレーム受付用回線に突っ込んでくるやつがいるってことを、すでにご存じだったんです」

「……誰?」

「後にしてください」


 わたしは一度話を中断して、みんなを見回した。


「月曜日。社長が訳の分かんない指令をわたしに出した時、社長は軋んでるって言ったんですよ。社員間の意思疎通が必ずしもうまく行ってないのに、業績が上がってる。それはおかしい。軋んでるはずなのにその音が聞こえて来ない。わたしはその音を聞き逃すな。わたしたちの間の見えない意図、感情、その交点が……」


 わたしは事務室の電話を指差した。


「クレーム受付用の電話になるって」


 白田さんも黒坂さんも、じっと考え込んだ。意味がちっとも分からないでしょ? わたしの気持ちが分かるでしょ?


「でも、社長の話はちっともぴんとこなかったんですよ。今みたいにみんなが集まる機会はあるんだし、その時に直に話すりゃいいじゃんかって」

「ああ、そうだな」

「でも、社長にはそうするつもりが最初からなかった。なぜ? おかしいじゃないですか。五人しかいないところで、なぜコミュニケーションを深めないで、逆に情報統制を敷くの? 意思疎通が途絶えかけてるのに、それをひどくしてどうするの?」


 わたしは、激しく首を左右に振って吐き捨てた。


「わたしには、ちっとも理解出来ませんっ! そして、不自然な意思疎通を象徴するような出来事がもう一つ。月曜日にありました」


 じろっ! 今度は、白田さんと御影さんを全力で睨みつける。


「白田さんから外ランチのお誘いがあって、昼休みにそこのアルバイトさんと三人でお出かけしたんです」

「へー」


 黒坂さんが、白田さんと御影さんをしげしげと見比べた。


「白田さんは、お弁当派です。外でご飯を食べようっていうのは、何か特別の目的がある。わたしはそう考えました。つまり白田さんは、わたしと社長との間で何か密約が行われたんじゃないかと勘ぐって、それが何かを『わたしから』聞き出そうとした」


 でかい声で、白田さんをどやした。


「順番が違うじゃないですか! 聞くなら、社長に直接でしょう? なんで、何も知らないぺーぺーのわたしに聞くわけ?」


 白田さんも御影さんも無言。そりゃそうだよね。ここで白田さんが何か言えるようなら、もっと早くに片が付いてたと思う。


「社長の命令や白田さんのアクションの意味が全然分からなくて、うんうん考え込んでいる間に火曜日になって。火曜の朝に、さっき言ったみたいにテレルームがいきなり要塞になりました。社長以外に部屋に出入り出来るのはわたしだけ。そしてその時に、社長からの一連の指令で初めて、はっきりした禁止事項が、わたしにだけ申し渡されたんです」


 ぐいっと右腕を前に突き出して、社長を指差す。


「テレルームにはわたし以外誰も入れるな。そして、社長の情報を誰にも漏らすな」


 スーツの胸ポケットからカードキーを出して、みんなに向かってかざす。


「オートロックになったあと、部屋への出入り両方にカードキーが要るようになりました。そして、テレルームの鍵を持ってるのはわたしだけです。不用意な入室で閉じ込め事故が起こるのは困る。だから一番目の命令はまだ分かりやすいんです。でも二番目は……」


 黒坂さんがぽんと手を打った。


「そうだよな。さっきの話だと、ようちゃんすら社長のことは知らない」

「ナンセンスですよ。社長に関する情報。わたしの持っているそれが、白田さんのを上回ることは決してない」

「ああ」

「つまり、二番目の禁止事項は、わたしだけに言ってることじゃないんです」

「あ!!」

「みなさんに宣言してるんですよ。僕のことを外で漏らすんじゃないってね」


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