(4)

 食後のコーヒーとデザートが運ばれてきたから、その配膳を待って続きを話す。


「昨日、谷口教授の課題絡みでとんでもない数のクレームをさばいている合間に、尾上教授の爆弾も飛んできたの。敵がダブルになって、すっごいしんどかったんだよね」

「うわ」


 にへえっ。思わず笑顔が出ちゃう。


「でもね。さっき」

「はい!」

「わたしが仕組んだわけじゃなくて、本当に偶然だったんだけど、その二人が激突したの」

「えええええーーっ?」

「谷口教授のところから引き上げる直前に、尾上教授からデータよこせ電話が着弾したっていうのは、さっき言ったでしょ?」

「はい」

「わたしは勤務中で、今大学の先生のところにお邪魔してるから、かけるなら後にしてくれって断ったの。でも、それで引っ込むような尾上教授じゃないよ。非常識の塊だから」

「何か言われたんですか?」

「うひひ。あのセンセ、谷口教授に聞こえる大声で、女子大、経済学、女性教授をこてんぱんにバカにしたの。バカの巣窟、使えん学問と皺だらけの口先ババアってね」


 ざあああっ。水沢さんの顔から血の気が引いた。


「そ、そ、それ……」

「とんでもない爆弾だよ。谷口教授のプライドの高さは、尾上教授以上だと見た」

「間違いなくそうだと思います」

「それを目の前で木っ端微塵にされたら、あのセンセが黙ってるわけないじゃん!」

「ひえー」

「これで、谷口教授から学生さんにかかる圧力は当分下がると見ていいね。尾上教授も、しばらく応戦に手一杯で役立たずになると見た。うけけけけっ!」

「あのー、どっちが勝つんでしょう?」

「おーっと」


 学生って、自分もそうだったけど意外にドライなんだよね。きっと、グロい怪獣同士の戦いって突き放して見てるんだろうなあ。水沢さんも、かわいい顔してけっこうアレやのう。うひひ。


「そうだね。わたしは谷口教授の手腕を知らないけど、わたしに圧力かけたあれくらいの手じゃ、傲慢親父には全く効かないよ」

「ふうん」

「自然科学と社会科学の直接対決は、社系には不利だと思う」

「そうなんですか?」

「データ第一主義の自然科学では、曖昧さ排除が徹底されるの。蓋開けてみないと分からないなんていうのは論外」

「あ、そうなんだあ」

「実証主義のリングに引きずり込まれたが最後、谷口教授はひん剥かれてストリップさせられるよ」

「うえー」

「でもね」

「はい!」

「尾上教授には味方がいない。あれだけ癖の強い人だからね。谷口教授がきちんと軍を組織して集団で尾上教授に対抗すれば、尾上教授には勝ち目がない」

「うーん。そういうものなのかあ」


 どういう戦いになるか想像出来ないんだろなあ。もちろん、わたしにだってどうなるかは分からないよ。分かっているのは……。


「でもさー、水沢さん」

「はい」

「そんなの、ばかばかしいと思わん?」

「思いますー! なんでそんなことでって」

「せっかく学ぶなら。仕事をするなら。楽しくやりたいよね? 今みたいにさ」

「はい! ほんとにー」

「どんぱちやって、お互い疲れて、何も残んない。ばかみたい。そういうのを早く悟ってくれればいいんだけどね」

「ですよね」

「まあ、わたしにとっては二人が直接牽制しあってくれるのは本当にラッキー。これで、ノイズが二つ減るから。残りは二つ、かあ」


 水沢さんが、ふっと身を乗り出してきた。


「何野さんの追い出しを計ってる人って、分かってるんですか?」

「一応ね」

「それは、事務の方……ですか?」

「いや、そうとも言えないんだ。アクションは確かに敵対的なんだけどさ。意図が全く見えないの。わたしを追い出す動機とメリットって、何?」

「あ、そうかあ」

「わたしには何も身に覚えがないの。なぜわたしを敵視するのかが分からないと、有効な対抗策も打てないんだよね」

「もう一人の方は?」

「社長の父親」

「うーん、そっちはお家騒動ですかー」

「単純な話じゃなさそうなんだけどね」

「そうなんですか?」

「親父さんは、電話でわたしに直接、社から出て行けっていう暴言を吐いてるの」

「ええーっ? そんなの、ありなんですか?」

「だよねえ。わたしも頭に来てるんだけどさ。でも、わたしゃ親父さんとは顔合わせたことすらないんだよね」

「……。そっちも。『なぜ』が分かんないんですね?」

「んだ」


 そう。どこかに共通のキーワードがあって、それで全体が動いてる気がするんだ。

そのキーワードがかちっと鍵穴にはまれば、今までばらばらだったパーツがきちんと繋がって何がどうなっているのか、全体像が見えてくる。

 キーワード。それはもうすでに出ているんだと思う。なーんとなく。なーんとなくだけど、そうなんじゃないかなっていうイメージがある。でも、それを裏付ける材料がまだ一つもないんだ。どこかで、裏付けデータさえ出てきてくれれば。今回の訳の分からないごたごたが、一気に整理されてどこかに動き出す。


 でも。もう一つ大きな問題が残る。そう、『どこに』動き出すか、なんだよね。


「敵の敵は味方、かあ」

「は?」


 わたしが突然変なことを言ったから、水沢さんがティースプーンを落とした。

 かちゃん。


「あ、ごめんね。いや、クレーム電話攻撃を仕掛けた谷口教授は、わたしにとって間違いなく敵だった」

「そうですね」

「尾上教授だってそうだよ。学生時代のわたしを酷い目にあわせた張本人。とんでもなく強大な敵。でも、その敵同士がいがみ合うと、二人はわたしの味方になる。ふはは。変なことだけどさー」

「ぷふ」


 水沢さんも、小さく吹き出した。


「そういう意味じゃ」

「はい?」

「敵も味方も分からないうちの社の状況は、とんでもなく異常だって言うことか」


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